2011年6月 9日 (木)

読み切れない人生がおもしろい02

① いつでも今がスタート地点

今まで恵まれた人生を歩んできた人も、
不遇に泣いてきた人も、
柩の蓋が閉ざされるまで、
何が起こるか予測できません。
「こんなものだ」と、思い込んだら、
そこから先は開かれないのです。
今の自分を守るにも、
日々チャレンジの精神が必要です。

② 人間の評価は時価で決まる

過去にどれだけの実績を誇っても、
今の時点で必要とされない力なら、
残念ながら無用の長物と割り切ることです。
たくさんの本を読んだことが評価されるのではなく、
そこから得た知識を
現実に活かせるから認められるのです。
蔵書に潰されないことです。

③ 知識は単に道具に過ぎない

古今東西の博識を身に付けて、
得意満面に蘊蓄を傾けても、
その場で気持ちよくなるだけです。
新しい情報は次々と発信され、
時代状況は刻々と変わっていくのですから、
求められる知識も同じであるわけがわりません。
使えない知識なら、しまっておきましょう。

④ 三日会わないと人は変わる

人を見抜いたつもりでいても、
次に会うときには、変わっているかも知れません。
とくに若い人ほど、成長は著しいのです。
そのときは正しい洞察でも、
固定して考えないほうが賢明です。
フレキシブルに、新しい価値を認めましょう。

裏から表から読み尽くしたつもりでも、
読み切れないのが人生の奥深さです。
それでもなお読もうとする意欲を湧かせ、
理解しようとするのが人間の値打ちです。

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2011年6月 8日 (水)

読み切れない人生がおもしろい01

伊能忠敬が日本地図の測量を志したのは、
50歳で隠居して、
19歳年下の高橋至時に師事して天文学を学んでから。
それまでの忠敬は、婿養子先の造り酒屋を再興し、
米の仲買で財を成した商人でした。
私たちの知る忠敬は、50歳からの忠敬なのです。

本願寺中興の祖として知られる蓮如も、
43歳で8代法主になるまでは、
暗く貧しい部屋住み生活を強いられてきました。
越前吉崎に道場を開き、
本格的な活動を始めたのは、
実に蓮如が57歳になるまで
待たなければならなかったのです。

彼らが20代や30代のときに、
自分の人生に見切りをつけていたら、
私たちの知る伊能忠敬や蓮如は存在していません。
可能性を追い求め、チャレンジを繰り返したから、
道が開けてきたのでしょう。
私自身、定年まで会社に勤めするはずでした。

そうかと思えば、
順風満帆で出世コースを昇り詰め、
政財界での評価も高く、
地位も名誉も財産も手に入れた人が、
贈収賄事件で逮捕され、
晩節を汚したという話もあります。
人間万事塞翁が馬といわれますが、
何が起きても不思議でないのが人生です。

平坦な道で転ばない杖として、
読む技術を身に付けることは賢明ですが、
読み切れないことも多いから、
生きている値打ちがあるのです。
何もかもスケジューリングしたつもりでいても、
急にキャンセルが告げられたり、
新しいチャンスが飛び込んできます。

読む技術を本物の力にするには、
自分自身を疑い続け、
蓄積した知的財産を検証し続けることが必要です。
今の状況で求められる力を発揮できなければ、
正確に読み切れたとしても
自己満足に過ぎないのです。
厳しく自分を鍛える覚悟を決めることです。

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2011年6月 7日 (火)

時代そのものに溺れてみよう02

① どんな流行にも飛びつこう

美味しいと評判のラーメン屋があれば、
駆けつけて行列の最後に並びましょう。
人気のミュージシャンのコンサートなら、
徹夜してチケットを手に入れましょう。
わかったような顔をして通り過ぎるより、
バカになったほうが時代を体感できます。

② 新しいものに興味を持とう

CFや新聞広告で盛んに売り込んでいる最新商品は、
横目でチラリと眺めているだけでなく、
ショールームに足を向けたり、
カタログを取り寄せましょう。
買うのか、買わないのか、
懐具合もありますから、二の次の問題です。
興味を示すことが肝心です。

③ 誘われたら乗ってしまおう

新しい経験ができるチャンスは、
決して見逃さないことです。
話題になっているレストランに誘われたら、
フランス料理は苦手などと、
尻込みしてはいけません。
ワインがブームになっているなら、
日本酒が好きでも、
断る理由にはなりません。

④ 頭で考えるのは最後で良い

時代を読むために一番大事なことは、
身体で感じ取ることです。
明らかに非合法なことや、
不利益をもたらすことは、
常識で判断できるでしょう。
それ以外のことならば、
とにかく行動することです。
リクツを言うのは、その後からにしましょう。

時代というものは、
私たちの外にあるのではなく、
私たちが関わって創っていくものです。
当事者として行動しなければ、
時代の感性は読めないと考えましょう。

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2011年6月 6日 (月)

時代そのものに溺れてみよう01

人間を活かしてくれるのは、
時代という多面体の器です。
さまざまな時代を経て、
自分が生まれてきたのです。
今いる時代に全身をどっぷり浸け、
おもしろいことを探しましょう。
新しい現象が起きたら、
野次馬精神を発揮して、
首を突っ込みましょう。

同時代を生きていなければ、
感じられないものも多く、
触れるチャンスが訪れたなら、
シッカリ握って放さないことです。
自分に向かないと判断したら、
その時点で切り捨てても間に合います。
色メガネを外して、
フラットな視線で見つめましょう。

他人に迷惑さえかけなければ、
何をやっても許される時代です。
共同体のモラルという呪縛から、
これほど解き放たれるとは、
先人の誰も予測し得なかったでしょう。
それだけに、
頼りない現実感に悩んでいる人も増えています。
規範が失われているのです。

ツールやシステムの急速な進化に、
人間が追いつけない時代なのかも知れません。
インターネットなど、
メディアがバーチャル世界で拡散されていくと、
顔が見えなくとも声が聞こえるようになります。
隣の人が何をやっているのか、
わからなくても良いのです。

そうした諸々の現象を、
すべて受け入れてみましょう。
大きく深呼吸して、
きれいな空気も汚れた空気も、
胸いっぱいに吸い込めば、
身体中で時代を感じられます。
悲しければ悲しい現実を、
楽しければ楽しい現実を、
真正面から受けとめましょう。

価値観というフィルターを通せば、
不要なものは濾過されて、
必要なものだけが抽出されます。
こうしたプロセスを経なければ、
時代という怪物は、
輪郭を現してくれないのです。
ただ待っているだけでは、
時代の中で勝ち残れないでしょう。

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2011年6月 5日 (日)

人間そのものを好きになろう02

① 同質の人を好きになろう

読んでいて共感を覚えたり、
心が穏やかになる著者は、
自分と同じ価値観を持っています。
悩んだときや疲れたときに、
やさしく癒してくれる相手です。
昔からの友人と同じように、
掛け替えのない財産です。
読書計画の中心に据える著者と考えましょう。

② 異質の人を好きになろう

意見が真っ向から対立したり、
感情を逆撫でされるような印象を受けたら、
人間としての器を
大きくしてくれる著者と思いましょう。
著者と自分との距離感を確かめながら、
謙虚に学ぶ態度が求められます。
自分自身に執着せず、
フラットな視線で読みましょう。

③ 過去の人を好きになろう

人類の知的財産は膨大であり、
汲んでも涸れない泉のようです。
1,000年の風雪に堪えた言葉が、
柔らかな感性に染み渡っていきます。
孔子や老子の人生の英知は、
今なお新鮮に響きます。
あえて襟を正さなくとも、
自然に頭を垂れる珠玉の文章です。

④ 未来の人を好きになろう

人間がこれからも繁栄することを願い、
辛口のコメントを書き続ける著者は、
心の温かい人です。
人生という舞台から退いたら、
後は野となれ山となれでは、
淋しい話だと思いませんか。
少しでも人の役に立つ文章は、
力強く励まされるものです。

世の中には、いろいろな人がいるから、
おもしろく過ごせるのです。
食わず嫌いしないで、
さまざまな著者と出会いましょう。
確実にキャパシティが大きくなります。

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2011年6月 4日 (土)

人間そのものを好きになろう01

読むという作業は、
理解することを目的とします。
関わっている世界の全体像を知ることで、
自分自身を主役にした人生を送りたいから、
人間はさまざまなものを読むのです。
書き表された言葉だけでなく、
その奥に秘められたメッセージを探ります。

どれだけ深く読み込めるかは、
どれだけ対象に打ち込めるかで決まります。
知識を得るにも、人物から学ぶにも、
読む人の情熱が強ければ強いほど、
たくさんのメッセージが伝えられるのです。
読書量を誇るより、
真剣に向かい合うことが大切です。

集中力を高めて深く関わるためには、
興味を持たなければなりません。
誰かに強制されたり、義務感で読もうとせず、
読書を楽しむことです。
人間そのものに関心を抱き、
もっと距離を縮めようと願えば、
さまざまな情報が向こうから寄ってきます。

どんな本を読むときにも、
著者の主張を素直に受け入れることです。
最終的に批判したり、否定するのは、
読む人の判断で良いのですが、
最初から斜に構えて読むくらいなら、
時間潰しになるだけですから、
他のことをやったほうが生産的でしょう。

初対面の人と会うときは、
いろいろな評判を耳にしていても、
先入観を持たずに話を聞くでしょう。
そのうえで話の内容を判断し、
人物に対する評価を下すものです。
本を読むときも、
まったく同じように考えれば良いのです。
心を開いて接しましょう。

人間関係のポイントが、
相手を好きになることであるように、
読み方を上達させるには、
人間を好きになることが一番大事です。
正統派の知識人を崇拝するだけでなく、
異端の系譜に連なる人も含めて、
人間という存在に興味を持ちましょう。

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2011年6月 3日 (金)

エロティシズムを読むヒント02

① 文学からアプローチする

エロティシズムは文学の主要なテーマですから、
読まなければならない本は無尽蔵です。
G・バタイユの『エロティシズム』や、
ボーボアールの『第三の性』は、
すでに古典と考えても良いでしょう。
近松門左衛門などは、
情念の世界を知る手がかりになります。

② 芸術からアプローチする

彫刻や絵画など、ルネッサンス期の作品を中心に、
エロティシズムの美学は追求されています。
一番わかりやすいのは、やはり映画でしょう。
マリリン・モンローが20世紀の衝撃であったように、
エロティシズムを五感でイメージさせる表現手段です。

③ 歴史からアプローチする

キリスト教の歴史は、
エロティシズムに彩られています。
魔女裁判などの異端糾問は、
個人の精神の深部を白昼にさらけ出すことで、
大衆心理を操ろうとする意図が表れています。
百年戦争を駆け抜けたジャンヌ・ダルクも、
エロティックではないでしょうか。

④ 社会からアプローチする

エロティシズムは、
社会規範の中で位置付けられます。
『古事記』や『日本書紀』の神話世界から、
性の社会的役割は明らかにされています。
個人のエネルギーが、
いかに集散されていくのか、
そのシステムを知ることで、
エロティシズムの本質に迫りましょう。

エロティシズムの擬態は、
夕暮れの街の灯りにも表れます。
そうした現象も含めて、
人間という存在を理解しましょう。
薄っぺらに捉えないほうが賢明です。

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2011年6月 2日 (木)

エロティシズムを読むヒント01

性欲は、食欲や睡眠欲と並ぶ
人間の基本的欲求ですが、
生殖以外の目的で性行為を営めるのは、
地球上のあらゆる生物の中で、
ただ人間だけといわれています。
実際の性行為に及ばなくとも、
イメージをふくらませることで、
エロティックな気分に浸れます。

個人の領域に置かれているはずのエロティシズムが、
古来から大きなテーマに成り得ていたのは、
人間が生きる強いモチベーションであり、
最も親和的なコミュニケーションだからです。
社会秩序をコントロールするには、
制度化する必要があったのです。

『聖書』の中でも、
近親相姦や同性愛が禁じられていますが、
それはモラルというよりも、
種の存続を実現するために
子孫を産み増やさなければ、
人類の歴史が途絶えてしまうからです。
タブーとされていることは、
逸脱した現実が存在したという証明です。

知識と経験が蓄積されて、
人間の意識が広がりを持つに連れて、
性のタブーもさまざまに演出されます。
個人を共同体の支配下に治めるためには、
性的なイメージを抑圧することが
効果的だったからでしょう。
権力者は性意識を規範の内側に閉ざしました。

個人の内的エネルギーの発露は、
文学や芸術として表現され、
人々の意識の中の性に対するタブーも、
しだいに緩やかになっていきます。
共同体と個人の確執は、
法廷の場で争われ、
長い時間をかけながら、
性に対するイメージは自由になっていったのです。

日本でも、伊藤整が翻訳した『チャタレー夫人の恋人』、
渋澤龍彦が翻訳した『悪徳の栄え』を巡り、
エロティシズムについての論議が尽くされました。
開放されるに連れて魅力が薄れていくことも、
エロティシズムの謎が深いことを示しています。

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2011年6月 1日 (水)

大衆文化と風俗を読むヒント02

① お金を何に使うのか

食べるのに精一杯な国民は、
文化どころではありません。
余剰価値が生まれてこそ、
文化の恩恵にあずかれるのです。
生活費を払い終わった後に、
お金をどう使うのかで、
文化レベルが推し量れます。
きれい事だけでは、
文化レベルは高められません。

② 明日はどうなるのか

文化とは、未来に繋げようとする向上心です。
今日よりも明日を充実させたい意欲が、
新しい価値を具体的に創り出していきます。
生活を便利にしようと道具を改善するのも、
立派な文化であることに着目しましょう。
文化は大仰なものではありません。

③ 健やかに暮らしたい

心身ともに安全を保障され、
病気に悩まされることもなく、
天寿をまっとうしたいのは、
普通の人間なら誰もが望む願いです。
秦の始皇帝の時代から、
不老不死の秘薬を求めて、
人々は長い旅を続けてきました。
こうしたベーシックな欲求を理解しましょう。

④ 安楽な人生が桃源郷

現代の大衆文化のコンセプトは、
快適で頑張らない生活です。
ラクして儲ける方法を、
虎視眈々と狙っている人が、
あちらこちらで群がっています。
旧来の価値観が音を立て崩れて、
新しい大衆文化が生まれる予兆です。
安楽な人生を、他人は与えてくれません。

大衆文化の担い手は、
マスメディアではなく、
私たち一人ひとりです。
高い次元で文化を享受したいなら、
私たち自身が研鑽を怠らないことです。

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2011年5月31日 (火)

大衆文化と風俗を読むヒント01

大衆文化はマスカルチャーとも呼ばれますが、
不特定多数の人を対象に生産され、
次から次へと消費されていく文化です。
大衆文化を普及する媒体は、
TVや新聞などのマスメディアであり、
受け入れられた形が風俗として具現化します。

大衆文化が成立する前提として、
国民全体が教育水準が高く、
メッセージを理解できることが必要です。
さらに、メッセージを伝える媒体が整備され、
具体的な行動に移る環境が
準備されていなければなりません。
経済的な豊かさが大衆文化を発展させます。

現代では、大衆文化と企業戦略には、
密接な繋がりがあります。
流行の兆しが見えた情報を、
マスメディアが短期間に拡散させて、
消費者ニーズを一挙に煽ります。
企業は情報を形にした商品を開発し、
溢れんばかりに市場に放出します。
ヒットセラーの誕生です。

こうしたプロセスを経て、
満たされていくのは、
実は物質的な豊かさではなく、
精神の飢餓感なのです。
流行の服を身にまとい、
最新のツールを使うことで、
穏やかに心が癒されます。
企業戦略が大衆文化と結びつく背景が、
こうしたところにも垣間見えます。

マスメディアに映し出される風俗が、
猫の目のようにクルクル変わるのは、
消費そのものを目的にしたい企業戦略と、
心の渇きがエスカレートしていく大衆の欲求が、
危ういバランスを保ちながら合致しているからです。
トラディショナルは敬遠されます。

そうは言っても、日常的な価値観は、
保守的な思考でガードされています。
一人ひとりが自由な発想で生きるのではなく、
大きな力に守られたいと願っているうちは、
大衆文化の本質は革新されないでしょう。
このままでは、
風俗を超える文化は生まれません。

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