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2011年11月 5日 (土)

自分を発見するときの障害(1)

他人の行動プロセスを観察していると、目的へのムリ・ムダ・ムラを発見できる。
複雑なルートや時間のロス、コストパフォーマンスも芳しくない。
自分にはそのようなことはない、もっとうまくやれると考えていないか。

人は他を注意深く観察するには慣れているが、自分自身を継続的に観察していない。
そのくせ自分のことは、自分が一番よくわかっていると思い込む。
他人からの批判や攻撃に対し、率直に認めることは少ない。間違っていると考える。

自分自身の履歴と真正面から向き合い、等身大の自分像を的確に把握しているか。
自分がどのように形づくられてきたか、いつ何が起きて、どう考えて行動したか。
何を喜び、何に怒り、何に哀しみ、何を楽しみ、誰にどのような影響を受けたか。

一つひとつをノートに書き記してみると、自分という存在が不確かになってくる。
絶対的な確信を得られなくなってくる。人は誰でもさまざまな矛盾を内包する。
そこで無理矢理に結論を求めなくて良い。曖昧なところは曖昧なままに今の自分。

そのうえで、自分自身を観察するために、他人の眼を借りることが大事
一方的に観察を依頼しても適わないが、相互に観察し合うパートナーの存在が必要。
お世辞を言われても困るし、辛口の批判ばかりでも落ち込むだけ。

事実を事実として伝えてくれるパートナーは、あなたの周囲にいるだろうか。
パートナーの言葉を、あなたは素直に受け容れられるだろうか。

自分が把握している自分像に対して、違うと感じると口を挟みたくなるのが、
そこを我慢して沈黙を守り、耳を傾けられるだろうか。良薬は口に苦し。

言われたことに対して異論があっても、そのままノートに書き記して時間を置き、
冷静な状態で読み直すのが最適のトレーニング。自分自身を客観視できる。

他人から自分への指摘が正しいほど、否定したくなるのが人情、言い訳も増える。
理性的に振る舞おうと思っても、攻撃に対する防御の感情が前面に出る。
煙たいと感じる人ほど、自分の成長の糧になることを認められるかどうか。

攻撃が鋭いと、すべてを受け容れて開き直りたくなる。そのほうが楽。
それが変化の契機になるなら、ある種の意味を帯びるケースもあるが、
ほとんどは二重構造を形成し、本当の自分を包み隠して逃れようとする。

人は誰でも褒められると有頂天になり、貶されると奈落の底へ。
自分を大切に思うなら、自分自身と距離を置き、冷静に観察せねばならない。

そうした覚悟を決めないと、誰をパートナーに選んでもうまくいかない。
厳しい言葉を糧にできるか、辛い感情に溺れないか、人間力を試される。

相互に観察する目的は成長と確かめ、時間を掛けて信頼関係を築くのが前提。
複数の組み合わせが可能なら、客観性はさらに高まる。
適切な距離を保てるパートナーを見つけ、お互いを育てる姿勢が大事。

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