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2011年7月24日 (日)

『手記』(ダ・ヴィンチ)

数年前にパリのルーブル美術館で見た「モナリザ」は、思っているより小品だったが、
圧倒的な存在感に吸い寄せられた。
この絵が「モナリザ」と知らない人でも、間違いなく立ち止まらせるほどの力がある。

同時代の画風と同じように、色彩も暗く沈んでいるのだが、
他の絵にない不思議な雰囲気が、周囲の世界を遮断して迫ってきたのを覚えている。

同じ旅行のときにイタリアで、
ダ・ヴィンチのもうひとつの代表作である「最後の晩餐」も見たが、
上手な絵であることを認めながらも、打ちのめされるほどの印象はなかった。

天才と呼ばれるレオナルド・ダ・ヴィンチが生まれたのは、
1452年のフィレンツェ郊外である。
私生児として生まれたダ・ヴィンチは、14歳からの6年間を徒弟として修行し、
画家組合の一員として認められた。華々しい青春時代を過ごしたわけではない。

30歳の頃に仕えたミラノ公の下で、彼の才能は一挙に開花した。
音楽家、都市計画者、軍事技師、水利工事監督、人体解剖研究者、光と影の研究者、
多彩な役割を充分にまっとうし、自らの能力を最大限に引き出している。
科学者であり、芸術家である土壌が耕された。

イタリア国内の政変に応じて、さまざまな主君に仕えたダ・ヴィンチが、
最後に行き着いたのがフランスであり、
アンボアーズ郊外のクルー城でフランソア一世に仕え、1519年5月に客死している。

ダ・ヴィンチの手記は約5千枚がイタリア・フランス・イギリスに現存しているが、
生涯に書き記した全体の1/3は消失したと伝えられている。

「科学を知らずに実践に囚われてしまう人は、
ちょうど舵も羅針盤もなしに船に乗り込む水先案内人のようなもので、
どこへ行くやら絶対に確かではない。
常に、実践は正しい理論の上に構築されねばならない」

「人間の天才はさまざまな発明をし、さまざまな道具で同じ目的を得たとはいえ、
それは自然よりも美しく容易かつ簡単な発明をすることは絶対にないであろう。
なぜなら、自然の発明の中には何一つ過不足がないからだ」

自然に対する畏敬と合理的な科学主義が、ダ・ヴィンチの信条であるが、
これは同時にヨーロッパの近代を支えた精神である。そこから次の言葉が導かれる。

「鉄が使わずに錆び、水が澱んで腐り、または寒中に凍るように、才能も用いねば損なわれる」

一方でダ・ヴィンチは、人生を辛らつに批評する。
貧困や悔恨、苦痛が、常にダ・ヴィンチを悩ましていたことが、手記の随所に垣間見られる。

泥臭く哀愁に満ちた一面があるからこそ、
ダ・ヴィンチの魅力は時間と空間を超えて迫ってくる。

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