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2011年7月 4日 (月)

『言志四録』(佐藤一斎)

『言志四録』は幕末の儒学者、佐藤一斎が42歳で著した『言志録』を基にして、
その後に書き継がれた『言志後録』『言志晩録』『言志耄録』を合わせて呼ばれている。
『言志録』は、孔子が弟子の顔淵や子路と共に、それぞれの志を述べた故事に由来している。

佐藤一斎は美濃の人で、巌邑藩家老の家に生まれている。
幼い頃から四書五経を学び、後に大学頭、林述斎となる藩主の第三子と机を並べていた。
林述斎は後に一斎の師となる。

21歳で士籍を離れた一斎は、
上方で学んだ1年後に江戸の林家の門を叩き、儒学者として生涯を捧げる決意を固める。
34歳で林家の塾長となり、55歳のときには老臣として巌邑藩から迎えられ、
70歳で師を嗣ぎ幕府の儒官となる。

横井小楠や佐久間象山らが一斎に学び、
吉田松陰や勝海舟らに影響を及ぼし、時代を突き動かす原動力に育っていった。

一斎の言葉は、寸鉄人を刺す。
それは一斎が世の中の表層的な権威に捕らわれず、
常に人間や社会の本質と向かい合っていたからである。

存命中に高い評価を得ていたが、
そうでなくとも一斎の言動は変わらなかったに違いない。
そうした強さが、一斎の魅力である。

「人から信頼を得ることは難しい。人は言葉を信じずに、行動を信じようとする。
いや本当は行動を信ぜずに、心を信じようとする。
しかし自分の心を他人に示すことは難しく、
それを理解できるなら、信頼を得ることがどれだけ難しいかがわかるだろう」

「理路整然とした言葉には、誰もが納得せざるを得ない。
しかしその言葉が激情的なら人は服せず、強制的に感じられたら人は服さない。
私心を差し挟んでも人は服せず、自分に便宜を図ろうという気持ちが表れても人は服さない。
筋が通っている言葉に人が納得しない場合は、自分自身を反省しなければならない。
自分が心から言葉に従って、はじめて他の人も従える」

一斎の心の中がどれだけ熱く吹き荒れていても、冷静沈着な態度を崩さなかった。
他人を責めるより先に自らを省みるのは、口で言うほど簡単にできることではない。
ついつい自分を甘やかし、うまくいかない原因を他に求めようとする。

「植えられた樹木は、一生懸命に育とうとする。
その助けになる雨や露は、もとよりいきいきとした自然なものである。
根が傾いている植物は、朽ちて大地に戻る。霜や雪でさらに早く倒されるが、
これもまた雨や露と同じいきいきとした自然なものである」

周囲の状況が変化していても、本質は同じであることは多い。
真っ直ぐ伸びようとするときは雨や露になる水が、
どこかでボタンを掛け違えると霜や雪となって襲う。

「心が憂鬱で塞がれていると、考えていることのすべてが誤ってしまう」

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