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2011年7月19日 (火)

『風土』(和辻哲郎)

和辻哲郎は、1889年に兵庫県神崎郡に生まれた。

同郷の柳田国男より一回り年下である。
17歳で姫路中学校を卒業し、第一高等学校に首席で入学する。
先輩に勧められ哲学を志望した和辻だが、夏目漱石の影響を強く受ける文学青年でもあった。

学生時代に谷崎潤一郎らと共に、小山内薫が編集する第二次「新思潮」の同人になり、
卒業後に『ニイチェ研究』で論壇の地歩を築く。
和辻の仕事が、常に叙情性と切り離せないのは、論理と叙情の何れもが本質だからである。

ニーチェからキルケゴールの系譜を追うことで、
日本での実存主義哲学の第一人者となった和辻だが、
29歳のとき祖先の暮らしを見つめ直そうとする動機から、
大和の古寺を巡訪する日々を重ね、『古寺巡礼』の名著として結晶化させた。

『日本古代文化』『日本精神史研究』『日本倫理思想史』と連なる日本文化の研究は、
仏教思想を軸として日本人の芸術観、宗教観を掘り下げることで、
日本人の固有性を明らかにした金字塔である。
西洋と東洋が、和辻の内部でひとつに統合されていく。

近代的知識人の典型として、和辻は戦前戦後を貫き、日本の文化財保護活動に尽力した。
戦後の49年に東京大学を退官してからも、
終生文化の守り手として貢献し、1960年師走に心筋梗塞で他界する。
71年の生涯は、日本文化への視座を確立するために捧げられた。

1935年に刊行された『風土』は、こうした和辻の特質を余すところなく伝える名著。

「我々はすべて、いずれかの土地に住んでいる。
したがってその土地の自然環境が、我々の欲すると否とに関わらず、我々を取り巻いている。
この事実は常識的に極めて確実である」

自然風土から人間を考察する問題意識が、すでに鮮明に打ち出されているだけでなく、
この後の展開で和辻の視野が世界に向けられていることに驚かされる。

和辻は風土をモンスーン、砂漠、牧場と、大胆に三分割する。
モンスーンの特徴は湿潤であり、さまざまな生命が溢れている。
これに対して砂漠は乾燥した死の世界であり、対立的、戦闘的な関係を招く土壌を含む。
牧場は人間生活の内部に自然を包み込み、穏やかで従順だが苦悶を与える要素を孕む。
和辻の筆力は非合理を合理へ転換させる。

和辻によれば中国人が感情を表さないのは、悠久なる揚子江や黄河が影響を及ぼし、
時間軸が静かにゆっくりと流れているからだ。
その間に近代的な工場群が生まれることで、中国人は強く主張することを覚えたのだろうか。
想像力を働かせると、さらにおもしろい。

「甚だしく活発であり敏感であり」「疲れやすく持久性を持たない」日本人のひとりとして、
『風土』は自らのアイデンティティを掘り下げるツールである。

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