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2011年7月29日 (金)

『諸国民の富』(アダム・スミス)

「あらゆる国民の年々の労働は、
国民が年々消費する生活の必需品と便益品のすべてを供給する源であって、
この必需品と便益品は常に労働者の直接の生産物であるか、
またはその生産物で他の国民から購入したものである」

今では常識と思える記述だが、王侯貴族に捧げる行為を労働と見なしていた時代に、
労働者が主役であると明らかにしたことで、私たちは経済の新しい時代を迎えた。

『諸国民の富』を著したスミスは、
1723年にスコットランドのカコーディで生まれている。

14歳でグラスゴー大学に入り、17歳でオックスフォード大学へ進む。
その後グラスゴー大学の教授に任用され、しばらくは平穏な日々を暮らした。

スミスを一躍有名にしたのは、1759年に刊行された『道徳情操論』である。
経済学者の前に倫理学者として評価され、
それが経済学に人間性を吹き込む結果をもたらしている。
豊かな収入を保証され、『諸国民の富』を書き上げるのに10年の歳月を費やせた。

「人それぞれの才能の違いは、
私たちが気づいているよりも、実際はずっと小さいのである。
さまざまな職業に携わる人たちが、成熟の域に達したとき、
一見その人たちを区分するように見える天分の差異は、
多くの場合、分業の原因というより、むしろその結果なのである」

ピン製造をモデルとして、分業の効果を説くエピソードも含め、
スミスは人間を等質なものとして捉えている。
システムをきちんと整備すれば、成果を導けるとする組織論は、今でもまったく古びない。
スミスの発想の延長線上に、私たちは組織と個人を理解している。

「労働の豊かな報酬は、その増殖を刺激するように、同じく庶民の勤勉さをも増進させる。
勤勉というものは、人間のすべての資質と同様に、それが受ける刺激に比例して向上する」

「自由に放任して、人々の産業を彼らの状況にできるだけ適応させ、
何らかの利益のあるような仕事を見つけさせたほうが、社会にとっても最も有利なのである」

これが資本主義の原則であり、大まかな枠組みは今も変わらない。
国家の保護および干渉が当たり前だった時代に、
スミスの描いた世界は根源的で本質に迫っていた。

国家を繁栄させるには、富を蓄積しなければならない。
そのためには国民を規制するより、自由な経済行為に任せ、
一人ひとりの国民を豊かにしたほうが効果的であり、最もスピーディだ。
その結果、国民は幸福になり、国家を富ませるサイクルが完結する。

『諸国民の富』に説得力があるのは、スミスが人間をよく知っているからだ。
経済学に興味がない人でも、驚かされる警句がちりばめられている。
経済学の視点がなぜ重要なのか、いつの間にか納得させられている。

誰でも一度は向かい合うべき古典である。

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