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2011年7月25日 (月)

『孤独な散歩者の夢想』(ルソー)

フランス革命の思想的基盤を築いたJ・J・ルソーは、
1712年にフランス系スイス人の時計職人を父として生まれ、
母はルソーを産み落とすと同時に亡くなっている。
家庭的にはあまり恵まれなかったようで、16歳で出奔してから漂白の日々を重ねる。

ルソーが注目されたのは38歳のときに『学問芸術論』が、
アカデミーの懸賞論文に入選してからである。

ディドロらが中心になって推し進めていた『百科全書』でも、
ルソーが担当していたのは音楽についてである。
『むすんで開いて』の作者としてのほうが、当時は知られていたということになる。
実際に自然科学、教育、詩、音楽、演劇などに足跡を残している。

33歳のときから同棲し、13年後には結婚したT・ルバスールとの間に、
ルソーは5人の子どもをつくるのだが、すべてを孤児院へ送っている。
当時は珍しくない風習だったらしいが、
『エミール』の作者は、後年になって良心の呵責に苦しめられる。

『学問芸術論』の5年後に出された『人間不平等起源論』は、
百科全書派との訣別を明らかにすると共に、
人間の進歩そのものに根本的な懐疑の目を向けた。

ルソーは自らの生き方も問い直さざるを得ず、
隠棲生活の中で『新エロイーズ』『社会契約論』『エミール』などを執筆する。

とりわけ『社会契約論』は、人間の平等を基盤とした社会のひな形を描き、
フランス革命に大きな影響を及ぼすことになる。

そのような内容の書物の著者として、ルソーは政府から追われることになるが、
『告白録』などで改悛を訴えるものの芳しい反応は得られない。
失意のうちにフランス革命の前年の1778年に生涯を閉じる。

『孤独な散歩者の夢想』は、ルソーの絶筆である。
過去の幸福な日々を懐かしみ、現状を嘆いている。
痛ましいまでの印象を受ける。

「要するに、僕は地上でただの一人きりになってしまった。
もはや兄弟もなければ隣人もなく、友人もなければ社会もなく、ただ自分一個があるのみだ。
およそ人間の内で最も社交的であり、最も人なつこい男が、全員一致で仲間外れにされた」

「僕は同じ人間であったし、今でもそのつもりでいるのに、
その僕がいつの間にか人非人、毒殺者、暗殺者扱いされ、人類の嫌われ者となり、
賤民の玩弄物になろうとは、常識では考えられないではないか。
通行人が僕にする挨拶といえば唾を吐きかけることであり、
時代全体がよってたかって僕を生き埋めにしようなどとは、僕に想像できるものか」

ルソーは自らの言葉が誰に向けられ、誰を敵として誰を味方にしたのか無自覚だった。
言葉は知識の集積としての道具ではない。

そこに秘められた魂に思いが至れば、ルソーがなすべきは悔やむことでなく、
闘い抜くことだったような気がする。

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