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2011年7月26日 (火)

『死に至る病』(キルケゴール)

キルケゴールは1813年に、デンマークのコペンハーゲンに生まれた。

父は一代で富を築いた毛織物商で、
母が45歳のときに7人兄弟の末っ子として生まれている。
17歳でコペンハーゲン大学に入学し、神学と哲学を学び、41年に学位を得ている。

24歳のとき、すでに婚約者がいた10歳年下の女性と出会い、
彼女の心を捕らえて婚約に至るのだが、
内面の罪悪感との葛藤で翌年に婚約を破棄し、その後は生涯独身を貫いている。

このときの「単身者」としての自己規定が、キルケゴールの思想の土壌を形づくる。

自然を精神の表象として理解したシェリングの講義、モーツアルトのオペラ、
ゲーテの劇作などに影響を受けながら、
30歳で『あれか、これか』を発表し論壇にデビューする。

『不安の概念』『反復』『哲学の断片』など次々と著したが、
同時に著作活動の虚しさを感じる。

キルケゴールは田舎に引っ込み、牧師として世を送りたいと願ったが、
今までの著作に対する批判が展開され、
それに応えるために筆を折るわけにはいかなかった。

世俗にまみれたキリスト教を攻撃し、
独自な神との関わりを求めるプロセスで『死に至る病』は生み出された。

1855年、コペンハーゲンの路上で倒れたキルケゴールは、
そのまま帰らぬ人となった。
まだ42歳の若さだったが、内面に閉ざされた単独者の人生としては充分だった。

キルケゴールの思想は、
ドストエフスキーやカフカらの実存的な文学作品に受け継がれている。

『死に至る病』とは、絶望のことである。

『ヨハネの福音書』の中で、
キリストが死に至らない病として希望を暗示していたのに対し、
反語的に用いられている。
キリスト教文化圏では、すぐに理解されるアイロニーである。

「自分とは、自分自身に関係するところの総体であり、
自分自身になろうとする必然的な可能性」であり、
「自分が自分であることは、人間に許された最大のことであり、
永遠が人間に対して要求すること」である。

キルケゴールは、そのような前提で人間を位置付ける。

しかし自分という存在は、どんなに安全で平和と思い込んでいても、
実は不安定な要素に満ちている。

だから人が漠然とした不安を抱くのは当たり前であり、
それだけに外的環境に惑わされずに自己を確立することが重要と、
キルケゴールの論理は展開されていく。

「自分自身を失うという一番危険なことが、
世間ではまるで何でもないかのように、極めて静かに行われていく」
「自分自身であろうなどとは大それたことで、
他人と同じであるほうがずっと楽で安全だという気持ちになる」

「自分の弱さを強調することが、実に傲慢に他ならないことに人は気づこうとしない」
「人は困難な状況が続いている間は、自分自身であろうと欲しない」

キルケゴールの鋭い指摘は、今の時代でも少しも色褪せていない。

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