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2011年7月27日 (水)

『ユートピア』(トマス・モア)

ユートピア」は理想郷であり、果てしない夢だが、
人それぞれにユートピアは違うから、そこに争いも生まれてくる。

モアの『ユートピア』も、諸手を挙げて絶賛する人と、
興味を示さない人に分かれるのは仕方ない。
どちらにしても問題提起を受けたことは間違いない。

モアが生まれたのは1478年、イギリスの首都ロンドンである。
祖父も父も法律家で、
モアもオックスフォード大学を卒業し、法律家の道を歩み始めた。

21歳のときに出会ったエラスムスは、
そのときに風刺文学として有名な『痴愚神礼賛』を書き上げたのだが、
生涯にわたってモアに強い影響を及ぼした。
とりわけ聖職者に対するモアのシニカルな視座は、9歳年長の友人の影響である。

32歳でロンドンの法律顧問になったモアは、
国王ヘンリ8世の相談役を務め、大法官の重責を担うことになる。

『ユートピア』が刊行されたのは1515年だから、
モアは向かうところ敵なしの時代である。
順風満帆のモアに、挫折が忍び寄るとは想像もできなかった。

ヘンリ8世の離婚問題が契機となり、国王とローマ教皇が対立するようになり、
カソリックの熱心な信者であったモアは、信仰よりも国王への忠誠を選ぶように迫られた。
首をタテに振らなかったモアはロンドン塔に幽閉され、ギロチンで処刑される。
1535年の夏である。

『ユートピア』の中で、モアは宗教についてこう記している。

「誰でも自分の好きな宗教を信奉することも、
他人を自分の宗教に改宗させようと努力することも合法的だが、
その際にあくまで平和的で冷静な態度をもってすることが必要であって、
いやしくも他の宗教をみだりに非難攻撃することは許されない」

モアが基本に据えるのは個人の自立であり、権力からの支配を極力排除しようとする。

「あらゆるものの平等が確立されたら、それこそ一般大衆が幸福になる唯一の道が開かれる」
「我々は戦争についてよりも、もっと多く、千倍も多く、平和について考慮を払うべきだ」

モアが描く理想郷は近代社会に先駆けて、自由と平等と博愛の精神を説く。

「すべての物資が豊富にあって、しかも誰も必要以上に貪る心配はないから、
欲しいものを欲しいだけ渡して何の不都合もない」
「そこには酒場も女郎屋もない。悪徳に耽る機会もなければ、
いかがわしい潜伏場所もない。陰謀と不法集会の隠れ家もない」

モアの『ユートピア』は清らかであり、後世に語り継がれ、
多くの思想家や革命家が実践しようと試みた。
しかし現実の人間たちは邪であり、欲望の誘惑から逃げられない。

モアの『ユートピア』を乗り越えたとき、私たちは新しい時代を迎えられる。

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コメント

私は、トマス・モアを尊敬しております。
まさに彼こそ、Man of Integrityですね。
トマス・モアの半生を描いた映画が、
A Man for All Seasons(我が命つきるとも)です。ご存知ですか?
http://en.wikipedia.org/wiki/A_Man_for_All_Seasons

投稿: Peter(ピーター) | 2011年7月27日 (水) 07時34分

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