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2011年7月23日 (土)

『君主論』(マキャベリ)

マキャベリは1469年に、イタリアのフィレンツェに生まれる。

ルネッサンスのイタリア半島は政治的激動期であり、
1494年にメディチ家を追放したフィレンツェは共和制に復帰し、
マキャベリは軍事と外交を担当する第2書記局長に就任する。

当時の同盟国であるフランスや神聖ローマ帝国へ足を運び、
『君主論』のモデルとされているチェーザレ・ポルジアとも親交を結ぶ。

フィレンツェの有力者ピエロ・ソデリーニの支持を得て、
傭兵に頼らない軍隊を組織したマキャベリは、
ピサの反乱を鎮圧することでその名声を確かなものにした。
しかし16世紀に入ると、再びメディチ家の勢力がフィレンツェを覆い尽くした。

共和制が崩壊した後に、反メディチ派の烙印を押されたマキャベリは、
失意の中で『君主論』や『ローマ史論』、喜劇『マンドラゴラ』を著す。
その一方でメディチ家への接近を図り、文筆家として認められ、
『フィレンツェ史』の執筆を依頼されるまでになる。

ところが神聖ローマ帝国を支配するハプスブルク家が領土を拡大し、
イタリア全土が飲み込まれるような事態を迎える中で、
フィレンツェはメディチ家に反乱する新生共和国が生まれる。

マキャベリは今度はメディチ派として、新政権から敵視され、
その1ヶ月後に生涯を閉じた。

常に政権の中枢に絡みながらも、
時代状況に翻弄されたマキャベリは、
権謀術数を画した策士として伝えられている。

しかし今の私たちが『君主論』を読む限りでは、
マキャベリは祖国フィレンツェを存続させるために、
現実的な解決策を提示した愛国者とわかる。

「人は些細な侮辱に対しては復讐しようとするが、大きな侮辱に対しては復讐し得ない」
「人に危害を加えるときは、復讐の恐れがないように(徹底的に)行わねばならない」

『君主論』は、ズバリ問題の本質に切り込む。人間に対しても、きれい事で捉えない。

「恩知らずで、むら気で、偽善者で、厚かましく、身の危険は避けようとし、物欲に目がない」
「恐怖心からも憎しみからも危害を加える」
「父親が殺されたのはじきに忘れても、自分の財産の損失はなかなか忘れない」

そればかりではないと思いながら、否定できない一面を鋭く衝いている。
こうした人間観から導かれる君主の理想像も、現実的かつシニカルである。

「いろいろな善い気質を何もかも備えている必要はない。
しかし、備えているように思わせることは必要である。
いや大胆にこう言っておこう。立派な気質を備えていて常に尊重しているのは有害であり、
備えているように思わせることこそが有益である」

「できれば善いことから離れずに、必要やむを得ぬときには悪に踏み込んでいくことが肝要」

一つひとつの言葉が、人間の真実を抉っている。

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