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2011年6月26日 (日)

『葉隠』(山本常朝)

第二次世界大戦中に高く評価され、
憂国の作家である三島由紀夫氏が絶賛したことから、
いつしか『葉隠』は死を賛美していると勘違いされ、
危険な書物と考えている人が多い。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」という有名な言葉がひとり歩きしている。

きちんと『葉隠」を読んでみれば、自分らしく生きることがテーマとわかる。
「死」に対してぼんやり構えるのでなく、心の中で避けるのでもなく、
真正面から向かい合うことで、どのように生きるべきかが鮮明に浮き上がる。
常朝は一度も犬死にを勧めていない。

「武士道の本質は死ぬこととわかった。
生と死と何れかを選ばねばならないとき、早く死ぬことを考えれば良い。
深く考える必要などない。覚悟を決めて行動すれば良いだけだ。
死ぬことで目的が達せなければ犬死になどと言うのは、上方風の打算的な考え方に過ぎない」

上方風の合理的な発想が打算的とは思わないが、
常朝は決して単純に死ぬことがすべてに優先すると言ってない。

生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたとき、
腹を据えて未練を断ち切るように諭しているだけである。
結果を恐れていては、一歩を踏み出す勇気を奮い起こせない。

常朝は、「人間の一生は束の間に過ぎない。好きなことをして暮らしたほうが良い。
夢のように移ろいでいく世の中を、好きなこともせず辛く苦しい思いで暮らすのは、
本当に愚かなこと」と考えていたから、穏やかな日常生活を基に考えた。

穏やかに生きることと、怠惰に生きることは違う。

「名誉にも富にも執着がない人は、たいていはつまらない人間になる。
唯我独尊の高慢な態度を崩さずに他人を批判し、名誉や富を追い求める人より劣ってしまう」
太平の世に馴れた当時の武士階級から、緊張感が失われていることに嘆く常朝の姿が見える。

『葉隠』を読んでいると、まるで今の時代を描写しているような、奇妙な錯覚に襲われる。
大きな組織に守られながら、自分を磨こうとしない人たちは、いざというとき働けない。
常朝が繰り返して説いているのは、いつでも働ける状態に自分を保っておくことだ。

一瞬に生命の火花を散らすことより、長いスタンスで努力を積み重ねる。
本領を発揮するのは「五十歳を過ぎた頃から、ゆっくり仕上げていけば良い。
周囲から出世が遅いと言われるくらいで丁度良い」

大切なのはそれまでの一日一日を、あきらめず弛まず精進することだ。
流されない生き方が、今の時代にこそ切実に求められている。

「逆境にあって疲れ果ててしまう人は、ものの役に立たない」

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