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2011年6月27日 (月)

『養生訓』(貝原益軒)

「健康のためなら死んでも構わない」と本末転倒な言葉が飛び出すほど、
現代人は健康に対して神経質に注意を払う。
食物から摂取すべき栄養素を、サプリメントで補おうとするのが、
いかにもコンビニエンスな風潮である。お金さえ払えば、健康さえ買える。

こうした風潮を怪しむ人に、『養生訓』は興味深い1冊である。
福岡黒田藩に儒学者として仕えた貝原益軒が、84歳で著した書物である。
本人が当時としては希有の長命だから、一つひとつの言葉に強い説得力がある。
心構えだけを説いた本ではない。

「人生は50歳に至らなければ、血気も定まらず、知恵も生まれてこない。
古今の学識にも疎いままで、世の中の移り変わりを理解することもできない。
発言は誤りが多く、行動は後悔することが多い。人生の理屈も楽しみもわからない」

益軒の目で見れば、50の坂を越えたばかりの私など、洟垂れ小僧でしかない。
居眠り運転の車に追突され、暗い気持ちでリハビリに通う私に、94歳の老人が語りかけた。

「あなたのように若ければ、何でもできるから羨ましいよ。私も90までは元気だったが、
この数年でめっきり体力も落ち、思ったことがなかなかできない……」

40年以上の差があるのに、生きる意欲は私より旺盛だ。
同じ歳まで生きられる自信など、不摂生を重ねた私にあるわけがない。
身を慎み勤勉に働き続けてきたから、老人は90を過ぎても矍鑠としていられる。
益軒のライフスタイルも、基本的には変わらない。

「人が世の中を渡るのに、心をゆったりして争い事をせず、筋道に従って行動すれば、
誰からも咎められることなく、世間は広くなる。こうした人が長生きできる」

 だからといって、ほんやりと暮らしていたら、周囲から責められる。
務めるべきことを務め、飲食欲・色欲・睡眠欲を慎まねばならない。
言葉数が多い人は元気を失い、少ない人ほど徳を養う。
やはり私は長生きできないと、益軒から烙印を押されそう。

本草学をベースにして博識の益軒は、
自らの体験を織り交ぜながら、呼吸法から食事、性交に至るまで、
具体的にわかりやすく長生きの秘訣を伝授する。

益軒の名を知らずとも「接して漏らさず」という言葉は、
どこかで耳に入っているだろう。性交も中庸が肝心である。

『養生訓』は修養書でも実用書でもなく、人生の要諦を語っている。
長く生きるのが目的でなく、長く生きることで人間を極め、社会に役立たねば意味がない。

内省的で謙虚な生活態度を養生の大前提にするのも、
益軒が常に周囲との調和を重要視していたからである。

活かされるべきときに活かされるために身を慎んでいる。

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