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2011年6月10日 (金)

『論語』(孔子)

孔子が生まれたのは紀元前552年だから、
『論語』は気が遠くなるほど昔の本である。

それでも読み返すたびに考えさせられるのだから、
人間という生き物はそれほど進化していないと思わざるを得ない。
一つひとつの言葉が、臨場感を持って伝わってくる。

孔子は下級貴族の出身で、若い頃は倉庫番や牛や羊の牧童を務めていた。
師につくこともなく30歳で学者になったが、
故郷の魯を追われたこともあり、表舞台に立つことは少なかった。
それでも多くの弟子に恵まれ、晩年は再び魯から招かれ74年の生涯を閉じている。

孔子の思想の中核にあるのは、仁義と礼節であり、
現実的な社会秩序を認めている。支配階級の存在を踏まえたうえで、
民衆に対する慈愛が必要と諭している。

孔子が理想としたのは堯舜の時代であり、
王が王としての役割を果たしていた世の中である。

それが封建社会の倫理規範となり、
支配階級が奨励する学問として発展したのは、
孔子が多く語ったのは政治ではなく、そこで生きる人々の哲学だったからである。

どのような治世でも、融通無碍に適用できる。
これは『論語』の限界であると同時に、今にも通じる普遍性である。

私たちが『論語』を読んで胸を突かれる一節は、
組織社会の中での人間関係に当てはまるところである。
人事異動の後なら、
「人が自分を評価しないことを憤るより、
自分に能力がないことを嘆かねばならない」
という文章に、思わず頷いてしまう。

若手から突き上げられている中間管理職者なら、
「若い人を恐れるべきだ。彼らが将来にわたり今の自分を追い越さないと、
どうして知ることができるだろうか」という言葉に、
身震いするほどの切迫感を持つ。
三日間会わないだけで、目を見開かなければならない。

孔子が自らに対して、
「私に学問はあるだろうか、いやたいした学問はない。
だから、どんな人からでも真面目な態度で問われたら、
私は隅々まで応えられるように一所懸命に尽くすだけ」と語っているが、
まさしく企業組織で生きる処世術の模範である。

孔子は王に対して、刃を向けようとしない。
孔子という人物に私心はなく、長年の流浪生活で苦労もしているから、
組織社会で生きる人にとって、『論語』は多くのヒントを示唆している。
世間の荒波を渡るには、含蓄に富んだ文章が溢れている。

ときおり読み返すと、その都度異なる表情を見せるのも、
歳月を経た古典の力に違いない。
今の私にとって『論語』は、人間を知るためのテキストであり、
組織社会でのケーススタディである。
しばらくしてから再び手に取れば、また新しい世界を開いてくれる。

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