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2011年5月23日 (月)

記録と資料を裏読みする01

歴史とは、
残された記録の断片に基づく推理です。
残された記録が誤っていたら、
築きあげた論理は崩れ落ちます。
科学的根拠を確かめながら、
多くの学者が史料を研究し、
学会などで認められたものだけが、
史実として評価されているのです。

同じように考えれば、
社内の記録がすべて正しいと裏付けるものは、
ほとんど見あたらないのが実状です。
社史に記された内容は、
どこまで信頼をおけるのか、
経営トップの指示に基づき、
書かれているのが社史なのです。
これは、すべての歴史に共通します。

司馬遷の『史記』でさえ、
父である司馬談の遺言によるものとはいえ、
漢王朝の視点に貫かれていたことは確かです。
それだからこそ、班固の『漢書』や
司馬光の『資治通鑑』に、
受け継がれていったのです。
司馬氏の系譜が名門なのです。

まして他の歴史書は、
なおさら為政者の立場で書かれています。
庶民の存在など、
ハナから勘定に入っていなかったのです。
滅びた者を讃えた文書は焼かれたり、
無視されてきました。
正史をひもとく限りでは、
権力者は常に正しかったのです。

柳田国男らによる民俗学や、
文学などに表れた民間伝承は、
歴史を別角度から照らし出すツールです。
民話や伝説という形を借りて、
もう一つの歴史が語り継がれてきました。
社史の原稿から抹消された事実が、
帳簿に潜んでいることもあります。

資料や記録を調べるときは、
疑うこともなく、頭から信じてしまいがちですが、
資料や記録として保存されるまでのプロセスで、
どのような基準で取捨選択されたのか、
考えてみることが大切なのです
。読むということは、考えることでもあります。

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