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2008年1月 6日 (日)

祖父のこと

 1月5日は亡き祖父の誕生日、私が中学二年生の秋、67歳で他界したとき、痩せ衰えた手を握らされ、逃げ出したかった記憶が鮮明に刻まれてる。私は兄が夭折して一年後に生まれたから、祖父には猫可愛がりされ、姉や妹に隠れて繁華街を連れ回された。

 私が左肘を複雑骨折したのは、祖父の自転車が坂道で転倒し、荷台から砂利道へ放り出されたから。そんなこともあってか、祖父は特別扱いしたのだろうが、長じるに連れて私の心には恨みが芽生えた。祖父が注意してたら、私の左肘は正常に働いてた。

 自分勝手な理屈で殴られたこともあるし、家長というだけで横車を通すし、それが明治の男だったのかな。若い頃は板橋で豆腐屋を営み、羽振りの良い頃には妾も囲ってた。それが突然弟に店を譲って、父は高校進学を断念して、働きながら夜間高校へ。

 貧乏の種を蒔いたのは祖父、それを修復したのが父、私の目にはそうとしか映らなかった。入れ歯を外してうがいするとき、痰を吐くのにも虫酸が走った。中学生の私にとって、祖父は悪しきことの源泉。臨終に立ち会っても涙は流れず、表情を崩さなかった。

 それから40年もすると、祖父の遺伝子は確実に受け継がれ、苦笑いを浮かべざるを得ない。関東大震災や世界大戦、波瀾万丈の人生に、祖父は苦しみ悩んだのかな。左肘は未だに時折痺れるが、祖父の面影を懐かしく思う。先人たちがいたからこそ私が在る。

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