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2007年12月15日 (土)

忠臣蔵だとか

 元禄15年12月14日、本所松坂町の吉良邸に、赤穂の四十七士が討ち入った。日本人なら誰でも知ってるストーリー、歌舞伎や浄瑠璃だけじゃなく、映画やドラマで繰り返し伝えられてる。さまざまな解釈も成り立って、吉良上野介は地元では名君だったらしい。

 幕府の不当な裁定への批判、義士の臥薪嘗胆、忠義と潔さなど、物語を貫くテーマに、日本人は長く理解と共感を示した。今の時代には古臭いところもあるけど、元禄どころか明治、大正、昭和と、大石内蔵助は理想のリーダーのひとり。皆から慕われてた。

 最大の要因は、組織が目的を果たすプロセス。危機に瀕して人心が離れ、新たな目的を掲げひとつにまとめ、艱難辛苦を乗り越え到達する。その間に諸々のドラマがあり、それぞれに説得力がある。栄達で報われないところも、清々しさを与えるのだろう。

 ところが組織と個人の関わり方が大きく変化し、骨を埋める土壌を耕さなくなってから、忠臣蔵は遠い世界の物語のように思われてきた。組織は組織の論理で動き、個人は個人の都合で生きる。お互いに乖離することで、不利益を被っているとは考えない。

 忠臣蔵を成立させたのは、そこに暮らす人と風土の一体感。改めて組織を捉え直し、関わる人を幸せにしてるかを問い直す。その感性が鋭ければ、組織は個人を巻き込み活性化する。個人は組織を活用して成長する。忠臣蔵のおもしろさも復権するかな。

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