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2007年12月 4日 (火)

聖徳太子

 日本人の凄さは、神と仏を共に尊ぶこと。そう言われてもピンと来ないし、民主主義国家では信教の自由は保障されてる。しかしそれは、つい最近のこと。ヨーロッパの歴史は、宗教戦争の側面もあり、異教徒は徹底的に弾圧され、今も尻尾を引きずってる。

 日本でも信長の比叡山焼き討ち、江戸時代にはキリシタン弾圧、明治時代は廃仏毀釈、特定の宗教が権力の攻撃対象になったことはある。それでも日本人の心には、すべてを受け入れる土壌が耕されてた。その源泉は6世紀に仏教が伝来してしばらく経ってから。

 加持祈祷を持ち出すまでもなく、古来の宗教の目的は国家鎮護。唯一の神に身を委ねることで、国の行く末を誤らないように願う。国王などの後ろ盾によって、宗教の指導者は政治の指導者に優るとも劣らない地位を築く。その典型がローマ法皇かな。

 ところが日本では聖徳太子が、誰よりも積極的に仏教を広めながら、日本古来からの神々も同じように尊重した。十七条の憲法や随への書簡など、今の時代にも通じる先見性を表すが、とりわけ仏教に対する姿勢は、日本人の宗教観を決定づけたように考える。

 聖徳太子の実在に疑問を投げかける人もいるが、大事なのは私たちの祖先が柔軟性に富み、あらゆる可能性を肯定的に受け入れてた事実。私たちの遺伝子には、その文化が脈々と流れてる。その誇りを抱いて、どこかの誰かを真似ないで、日本人らしく生きたい。

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