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2007年11月17日 (土)

殺される側の人権

 人権問題を扱う国連総会第3委員会で、死刑執行の停止を求める決議案が賛成99、反対52、棄権33で採択され、年内で総会本会議で正式に採択される見通し。主導したのはEU、反対したのは日本の他にアメリカや中国など。現段階では具体的な拘束力はない。
http://www.asahi.com/international/update/1116/TKY200711160004.html

 欧州諸国では民族や宗教の問題があり、たとえ殺人でも背景が複雑な事情もある。宗教が強い精神的規範になり、一定の倫理観が浸透してることもある。反対する国でも、日本とアメリカと中国とそれぞれに理由は異なる。人が人を裁く限界も理解できる。

 それでも殺される側にすれば、理不尽に生命を奪われるのは同じだから、死刑そのものを廃止すれば、遺族は復讐を本気で考えざるを得ない。法が裁かねば自分自身の手で、生命の代償として生命を求める人が現れる。その人もまた法では死刑を言い渡されない。

 殺人者を矯正教育しても、殺された人の生命は戻らなければ、殺す前に教育することが必要になり、一定の強制力を求められる。しかし誰を対象にして、どのような基準で教えるのか。人が人を殺してはならないことくらい、洋の東西を問わず誰もが知ってる。

 善し悪しは別として、死刑という制度を守ることで、社会への抑制力になるのも事実。人を殺したら社会から殺される。そう思うことで踏みとどまる人もいる。それぞれに違うから裁判があり、情状酌量を与えられることもある。それが私が考える常識だけど。

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