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2007年8月23日 (木)

藪の中かな

 静岡県御殿場市で2001年に起きた婦女暴行未遂事件、静岡地裁に続き東京高裁でも実刑判決。公判中に犯行日が覆され、被害者の証言の信憑性も問われたが、被害を受けた経緯や状況について一貫しており、内容も具体的で自然と判断された。

 被告人らの無実の主張は退けられ、弁護側は最高裁へ上告したけど、不透明なところが多すぎてスッキリしない。デリケートな事件だけに、頭から冤罪とは決めつけられないが、疑わしきは罰せずの法の精神に従えば、被告人を有罪とするだけの根拠も薄い。

 考えたくはないのだが、検察側の面子を保つためなら本末転倒。親告罪だけに、証言と状況証拠が中心になり、見た目の印象など裁判官に与える心証も大きかったような気もする。最高裁でどう結審され、どのような根拠が示されるのか。今のところわからない。

 陪審員制度が導入されると、こうした事件はさらに大変。メディアの報道など、かなり強く影響を及ぼすだろう。刑が確定すれば履歴になるから、それを踏まえての人生を選択せざるを得ない。やったことなら仕方ないけど、無実なら叫び出したくなるに違いない。

 それと同時に思うのは、男と女の関係が軽すぎる。性は命のやり取り、それだからこそ儚くも美しい。一歩踏み込むときに覚悟を迫られ、人生を懸けて背負っていく。それでも別れなければならないときもあるから哀しい。男も女も、お互いに道具じゃない。

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