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2007年8月31日 (金)

叛逆天使

 神の寵愛を受けた大天使ルシファーが、紙に背いて敗れ去り堕天使となる。これが悪魔の祖という説もある。天地創造した神でさえ反旗を翻すのを防げず、信頼厚い大天使さえ秩序を守り抜けなかった。古代から人の心には、邪なものが生まれてしまう。

 アダムとイブの知恵の木の実、パンドラの箱、バベルの塔にノアの箱船。人はいつも試され、平穏な生活を捨て可能性に挑む。何が善で、何が悪なのか、すでに検証された例がいくつもあるのに、それでも心の奥底から湧き起こる思いを断ち切れない。

 「一杯の紅茶のために世界が滅んでも構わない」と、呟いたのはドストエフスキー。絞首台で縄に首をかけられ、そこで死刑中止の伝達。人の心に潜む悪意を抉りだし、世界中の読者が共感して魂を震わせた。文学に潜む毒は、しばしば私たちを酔わせる。

 私の心は清く澄んでない。嫉妬心、猜疑心、慢心、さまざまな煩悩に捕らわれてる。若い頃ほど脂ぎってはいないけど、それでも欲もあれば狡さもある。その事実を素直に認め、どう生きれば自分自身に納得できるのか、常に問い直しながら歳月を重ねてる。

 ときどき思うのは、ルシファーの決断。世界中を敵に回しても、信じる道を行くだけの気概が、私の裡に遺されているだろうか。その必要はないと思うのは、牙を抜かれてしまったからなのか。感傷に過ぎないのかもしれないが、思えば遠くへ来たものだ。

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2007年8月30日 (木)

闇の職業安定所

 バーチャルを活用することで、リアルの可能性は加速度的に広がるけど、一歩間違えると犯罪の温床になるのか。って言うか、バーチャルであっても前提はリアル。自分の立場を明らかにして責任を負うことで、空間を跳び越えるのがバーチャルの掟。

 闇の職業安定所というサイトは閉鎖されてるけど、リアルとバーチャルが逆転してたのではないか。そこで何が起こっても、リアルへ落とし込まれても、現実感は湧かないような気がする。意識だけが独り歩きして、埴谷雄高の『死霊』の世界のような印象。

 批判するのは簡単だけど、どこで線を引くかは難しい。人を殺せば犯罪だけど、殺したいと思う気持ちは罰せられない。それを表すことでガスが抜ければ、平常心に戻るということもある。何よりも困るのは、誰の心にも小さな闇が潜んでること。

 それだからこそ虚構の世界へ迷い込み、自らの悪を昇華させるのだけど、今どきは小説を読む人もいないから、インターネットへ繋げることになり、妙な具合にリアルが巻き込まれるのかな。私のホンネを言えば、こうした自由は認めなくとも良いのでは。

 自分の言動に責任を負う。これが、すべてのコミュニケーションの基本と考える。自分が良くとも、同意を得ずに他人を巻き込むのは違う。自分で納得してなくとも、世の中で決まったルールには従わなきゃ。そこから逸脱すれば、公共の利益に反する。

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2007年8月29日 (水)

ネットカフェ難民

 厚生労働省の実態調査で、ネットカフェ難民が全国で5,400人。そのうち50代が23%と、いささかショック。ファミレス難民もいれば、路上生活者もいるのだから、帰る家がない人はさらに多い。皆が皆、世の中に背を向けてるとは思えない。

 働く意志も意欲もありながら、働ける場所がなかったり、それだけの報酬を得られなかったり、本人の努力が足りないと、簡単に切り捨てられるのか。私にはたまたま家があり、支えてくれる家族がいて、食いつなぐ仕事に恵まれてるだけ。境界線はあいまい。

 何度もやり直そうとしながら、再生の資金を消費者ローンに求めて、多重債務者になった人もいるだろう。仕事と寝場所を与えればそれで片付く問題じゃない。真面目にコツコツ働いた人が、人並みの生活を営めるのかどうか、そこが社会の公正を見定める基本。

 GDPがいくらとか、貿易収支がどうだとか、日本の国力を誇ったところで、幸せな人を減らすようじゃ意味がない。競争社会というのなら、ルールを見直し、不正をチェック。濡れ手で粟が正当化されたら、勤労意欲が失せるのは当たり前。

 難民と呼ばれなくとも、ネットカフェで朝を迎える人は、1日に6万人以上。仕事で遅くなっても、タクシーを利用できず、ビジネスホテルにも泊まれず、ファミレスやネットカフェで仮眠なのか。これじゃ人の心も荒むよね。責任者出てこい(人生幸朗風に)。

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2007年8月28日 (火)

床屋政談

 安倍改造内閣がスタート、党三役は知られた人ばかり、小派閥か無派閥で、幹事長と政調局長は安倍さんに近く、総務局長は政界の寝業師と称された人。安倍さんとしては、ここを橋頭堡にしたいのだろうな。石原さんの敗戦責任は総理と一緒で不問。

 閣僚は派閥の領袖を揃えて、挙党態勢のように見える。目玉は参院の桝添厚生労働大臣かな。年金問題を初めとして問題山積、論客がどこまで官僚と渡り合えるか、メディアをよく知ってる人だけにパフォーマンスに注目。田中真紀子氏の二の舞にならないか。

 もうひとりの目玉は、前岩手県知事の増田さん。地方の首長経験者を抜擢することで、地方切り捨ての批判を免れようと、アピールが見え隠れする人選。現状の構造改革路線を捉え直す意図はあるのかな。内閣としてどれだけバックアップできるのか。

 一歩間違えれば舟が山に登るかも、お友だち内閣の批判に応えたのだろうが、羮に懲りて膾を吹くの印象も。留任が5人いて、新任の7人のうち4人は大物、新鮮じゃないけど手堅そう。昔の自民党のような感じ。この演出がどちらに転ぶか、これからだね。

 これでダメなら解散総選挙、四面楚歌のメッセージ。スキャンダルが出たら一発で終わり、起死回生の可能性も潜んでる。安倍さんの顔をすげ替えないで、国民が納得するか。その辺りも時限爆弾になりそう。民主党は手ぐすね引いて待ち構えてるだろうし。

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2007年8月27日 (月)

選挙は棄権

 埼玉県知事選の投票日だったが、選挙は敢えて棄権した。民主党出身の現職が無所属で出馬、民主党だけでなく、自民党、公明党も推薦し、対抗するのは共産党の公認候補と無所属の元高校教員。投票するまでもなく結果は明らか、それだけなら信任投票する。

 国政と地方とは違うと言うけど、参院選が終わったばかりの首都圏での知事選。国政の主導権を争う民主党と自民党が、呉越同舟で同じ候補を推すのを潔しとしない。他府県でも見られる現象。適任者がいないなら推薦候補を立てず、見送ったほうがわかりやすい。

 候補者にすれば、支持者は多いほうが良い。だからといって民主党公認候補として当選した人が、自民党の推薦を受けるのは無節操じゃないか。出来レースに県民を巻き込む印象。そもそも公費を注ぎ込む選挙として成り立たない。私としては信任もしたくない。

 結論として、棄権することにした。報道によれば千葉県知事選で記録した最低投票率を下回ると予測されているが、白紙投票をする気にもなれない。自民党も民主党も、本気で国民の支持を得ようとしてるのか。こうしたところで馬脚を現していないか。

 そんなことを言うなら、自分から積極的に関われよ。正論が聞こえてきそう。でも、政治家になる気はないんだよね。今の仕事のほうがおもしろいし、ようやく目途も付いてきたし。他人頼みとわかるけど、選択肢を示してくれないと関心は薄れちゃう。

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2007年8月26日 (日)

喋り疲れて

 男4人が喫茶店、仕事も世代も違うけど、あちらこちらに飛びながら、珈琲をお代わりして、3時間半の雑談タイム。目的もテーマもなくて、楽しい時間を過ごした。たまには良いなと思ったけど、お付き合いしてくれた人たちは、お腹が一杯になっちゃったかな。

 今どきの人は、時代が変わったから、そんなの嘘。やっぱり皆が一所懸命で、周囲の人を幸せにしたいし、世の中を良くしたいと考えてる。自分だけ儲けようなんて人たちは、誰かが頭の中で描いたイメージでしょ。私の周りには、ひたむきな人ばかり。

 やる気がない人なんか、どこにもいない。そう見えるのは、どこへ行って良いのかわからなくて迷ってるか、やり方に自信を持てなくて困ってるだけ。自分の活かしどころを見つければ、間違いなくスイッチが入る。今も昔も人間は人間、大筋は同じようなもの。

 話に夢中になってたら、心の中がスッキリ爽快。シャワーを浴びたら身体も元気。言葉が伝わらない人もいるけど、気持ちが伝わる人が多いから、歩いてる道を真っ直ぐに進めば良い。世の中は決して悪い方へ流れていない。山へ登る途中に谷があるだけ。

 若い人たちと話してるのに、タメのような気分になって、古い話も随分と口にしたかな。それでも黙って聞いてくれ、自分の意見を返してくれ、今になって気づいたけど勉強してるよね。頼もしい人たちがたくさんいるし、明るい日が訪れるのは間違いない。

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2007年8月25日 (土)

頭の中が雲丹

 朝から書き仕事、9月と10月で小冊子を8冊仕上げることになりそうで、しばらくこうした作業が続くかも。今日のところは来月の企業内研修の準備、久し振りに名古屋へ行くことになった。味噌煮込み饂飩を食べられる。スケジュールは詰まってるみたいけど。

 お仕事が増えるのは嬉しいけど、当日だけで済むわけじゃないから、諸々と忙しくなるのは当たり前。今回は2日間研修なので、懇親会やらも予定されて、少しは影響を及ぼせるかと期待してる。東京駅に着くまでのほうが、そこから名古屋までより時間が掛かる。

 若い頃から名古屋ではお世話になって、ものの見方考え方のヒントを示唆されることも多く、心躍るのも確かなんだけど、私費で行くわけじゃないから、どこにも立ち寄れないかな。駅前で空気を感じるだけでも、有り難いと感謝しなきゃいけないね。

 夕方になって、いくらか暑さも和らいだと思ったので、近所を歩いてみたけど汗が滲む。そう言えばこの夏は夕立がない。雷さまを聞くことも少ない。ひと雨来ると涼しいのに、軒先の風鈴が頼りなく揺れて、残暑は厳しく長く続きそうな気配。しんどいことだな。

 それでも秋が近づいて、手足が自然に動き始める気分。いろいろな人から声を掛けられるたび、励まされて勇気が湧いてくる。出会いのチャンスが訪れると、新しい可能性を掘り起こされる。まだ若いのだから、背筋を伸ばしてシャンとしなきゃね。

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2007年8月24日 (金)

不祥事の温床

 警視庁立川署の巡査長が、ストーカー行為の果てに、女性を射殺して自殺。退職金が支給されるというから噴飯ものだが、警視庁の人事管理に対しても批判が相次いでる。確かに勤務中の連絡と確認など、杜撰なところが目立つのは事実。

 そうは言っても一署員のプライベートまで、どこまで捕捉できるかという問題はある。私も勤めてた頃に、部下のひとりが借金漬けになり、退職してから諸々と露呈。後始末のために大阪まで出掛けて、頭を下げ続けたことがある。針の筵に座らされた気分。

 取引先の幹部の娘さんと結婚し、入り婿のような状態で同居してたから、ストレスも溜まっていたのだろう。ギャンブルに走って同僚から借りまくり、ついには消費者ローンまで。自己破産の手続きの途中で失踪し、それからの行方は誰にもわからない。

 こまめに声を掛けていたけど、お金に困ってたなどおくびにも出さず、借金を申し込まれたこともなかったから、知らないのは私より上の人ばかり。矢面に立たされて、事後の処理もすべてやらされたけど、私のホンネは、そんなことちっとも知らなかった。

 こうした問題は、実のところ組織内では処理できない。外部から講師を招いて研修を重ねるなど、一人ひとりに自覚を促すのが一番の早道。メンタルケアも含めて、風通しを良くしなきゃ。他人事とは思えない経営者は、時代の感度が優れてるよね。

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2007年8月23日 (木)

藪の中かな

 静岡県御殿場市で2001年に起きた婦女暴行未遂事件、静岡地裁に続き東京高裁でも実刑判決。公判中に犯行日が覆され、被害者の証言の信憑性も問われたが、被害を受けた経緯や状況について一貫しており、内容も具体的で自然と判断された。

 被告人らの無実の主張は退けられ、弁護側は最高裁へ上告したけど、不透明なところが多すぎてスッキリしない。デリケートな事件だけに、頭から冤罪とは決めつけられないが、疑わしきは罰せずの法の精神に従えば、被告人を有罪とするだけの根拠も薄い。

 考えたくはないのだが、検察側の面子を保つためなら本末転倒。親告罪だけに、証言と状況証拠が中心になり、見た目の印象など裁判官に与える心証も大きかったような気もする。最高裁でどう結審され、どのような根拠が示されるのか。今のところわからない。

 陪審員制度が導入されると、こうした事件はさらに大変。メディアの報道など、かなり強く影響を及ぼすだろう。刑が確定すれば履歴になるから、それを踏まえての人生を選択せざるを得ない。やったことなら仕方ないけど、無実なら叫び出したくなるに違いない。

 それと同時に思うのは、男と女の関係が軽すぎる。性は命のやり取り、それだからこそ儚くも美しい。一歩踏み込むときに覚悟を迫られ、人生を懸けて背負っていく。それでも別れなければならないときもあるから哀しい。男も女も、お互いに道具じゃない。

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2007年8月22日 (水)

自分のことは後回し

 山口県で祖父を殺害して逃走した少年が、秋葉原でスナック菓子を万引きして捕まった。いろいろな事情はあるのだろうが、加害者である少年が、この家族の中で一番の被害者と思えてならない。どうして弱い者を、ここまで追い詰めてしまうのか。

 殺された祖父にも、少年を預けた父母にも、悪意はなかっただろうし、それなりに愛情も注いでいただろう。だけど少年には少年の人生があり、自分たちの価値観とは異なると、本当にわかっていたのか疑問。医師になるだけが成功へのルートじゃない。

 明石家さんま師匠の娘さんは、生きてるだけで丸儲けから、いまるちゃんと名付けられてる。生まれてきてくれたことに素直に感謝して、健やかに育ってくれたらそれで充分と、思いが切々と伝わってくる。誰もが子宝に恵まれたとき、そんな思いを胸に抱く。

 それが他の人より幸せになってほしいと、大人の知恵でさまざまに期待する。でも、いくら可愛いわが子だって、わが子は自分自身じゃない。人と人の関係だから、誤解もあれば裏切りもある。それらをすべて引き受け、本人を中心に考えなきゃ育てられない。

 私にも娘がいて孫がいて、もうちょっと何とかしてと思うことはあるけど、それをわかってもらうには時間を掛けて、相手の言い分に耳を傾け、押しつけずに一緒に考えるしか道はない。面倒だし厄介だけど、手塩に掛けなきゃ、思いの一端も伝わらない。

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2007年8月21日 (火)

コンビニ

 コンビニ主要11社の売上高が、13ヶ月連続で前年比を下回ってるというが、7月の前年比は99.9%で6029億円の売上高。来店客数や客単価を見ても、日本の小売店のスタイルのひとつとして、街の風景の中にすっかり溶け込んだというのが正直な感想。

 それでも個々の店舗を眺めてると、新規店も多いけど撤退も多くて、24時間営業というハードな環境を含め、商売としてはどうなのかな。ほとんどがフランチャイズだから、諸々と制約もありそうな気がして、飛び込むにはよほどの覚悟を迫られる業界なのかも。

 利用する側としては、サービスもきめ細かくなってるし、夜中でも灯りが灯ってるとほっとするし、わが家の近くでは健全な雰囲気だし、ちょっと寄るには便利なスペース。郊外へのドライブなど、店舗がまったくない地域でも、コンビニはあるから安心できる。

 善し悪しは別として、24時間営業の先鞭をつけたのもコンビニ、今では大都会に限らず、外食産業などが不夜城になっていて、夜と昼の境界線が消えてる。日本人の働き方が多様化してるのは、ニーズに基づいてるのかな。それとも私たちが巻き込まれてるのかな。

 コンビニで買うのは雑誌と清涼飲料水くらいだけど、これからどのように展開され、日本人のライフスタイルにどう影響を及ぼすのか、目を離せない印象は強い。働く人たちも含めて、どれだけの人を幸せにできるのか、捉え直しも必要なんだろうな。

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2007年8月20日 (月)

それはさておき

 残暑は相変わらず厳しいけど、旧盆の休みも明けて、そろりそろりと世間は動き始める。私もいくつかの準備を進め、それなりに対応できるように。それでもなかなか思うようには、段取りが運ばないことも多くて、自分の目には遅ればせながらの感が強い。

 若い頃と比べると焦らなくなったのか、妙に期待しなくなったのか、流れの中に自然体で身を置けるようになった。ジタバタしたところで、なるようにしかならないと、経験値に刷り込まれてるのかも。だからといって受け身の姿勢になってるわけじゃない。

 欲を掻いて張り切りすぎると、肩透かしということもあって、巡り会う相手とは、思いがけない場所が用意されてたり、あまり計算しないほうがうまくいく。果報は寝て待てというのとは違って、自分のペースで歩み続けるのが大事。だって自分の足だもん。

 近頃では物書きとか、コンサルタントとか、研修講師とか、そうした枠組みにも頓着しない。ご用があって、できそうなら、迷わずチャレンジ。たいていのことは何とかなるもので、頼んだ人が笑顔になればそれで満足。どう呼ばれるかなんて、人が決めれば良い。

 忙しくなさそうだけど、実は忙しくて、やらなきゃいけないことが増えてくる。何でこんなことに頭を悩ますのか、ぼやきながらも喜んでる。それでどれだけ稼げるのか、結果は後から付いてくるから、興味を持てることならのめり込んでいく。それで良いのかな。

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2007年8月19日 (日)

リチウム電池

 松下電器産業系列の松下電池工業が、携帯端末向けに製造したリチウムイオン電池で、発熱などの不具合が発生したという。リチウム電池の世界シェアは、ソニー、三洋電機、松下で6割を占めてるというが、昨年、ソニーが960万個、三洋電機が130万個の回収。

 今回の電池は、フィンランドのノキア・ブランドとして製造されてる。国内の16万個を含めて、世界で4600万個が無償交換を迫られてる。そうは言っても報告されてる事故は、国内で2件、世界中で100件、どの程度の事故なのか詳細は報告されてない。

 このクラスの企業なら、当然ISOは取得してるだろうに、公表までに8ヶ月を要したのは、競争が激化する業界事情なのか。使用条件を明記することで、クレームを回避できなかったのか。ノキアにしても、松下電池にしても、経営に影響を及ぼす費用は必至。

 こうした事件が報道されるたび、疑問を抱くのは企業の製造責任の範囲。使い方に問題はなかったのか、価格と品質のバランスはとれていたのか。世の中に完璧なものなどないと考えてるから、大上段に正論を吐くだけでは問題を解決できないような気もする。

 その一方で技術立国として高く評価されてる日本が、どこかで螺旋が緩んできた印象も強い。コスト削減を急ぐ余り、中小企業の育成を怠り、ドーナツ化現象を引き起こしてきたツケが、さまざまな業界で回ってきたのではないか。初心に戻らないと大変。

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2007年8月18日 (土)

白い恋人

 北海道土産の定番だから、何度も買って帰った懐かしい味。ホワイトチョコが珍しい時代に、ネーミングもパッケージも秀逸で、帯広の六花亭と並び称されるほど注目される。聞くところでは、サッカーのコンサドーレ札幌のスポンサー。年商92億円の中堅企業。

 賞味期限の改竄どころか、バウムクーヘンから黄色ブドウ球菌、アイスキャンデーから大腸菌群を検出。当初は魔が差したと言ってた賞味期限の改竄も、実は10年前から常態化してたらしい。代表取締役社長は引責辞任、後任は北洋銀行常務取締役が就任予定。

 賞味期限を過ぎたところで、健康に及ぼす影響は薄いと、無頓着な食品関係者は意外に多い。消費者は神経質にチェックしてるのだけど、意識の乖離があるような気がする。消費者が求めてるのは安全性以上の安心感。不安な要素はすべて払拭してほしい。

 食品の中に何が含まれてるのか、どこから先が基準値を超えるのか、私たち素人にモノサシがあるわけじゃない。国や公共機関が決めたことでも、どれだけ信頼できるか不透明。それでもすべてを疑い始めたら、財布の中のお金では食材も揃えられない。

 だから信用できる企業なら、安心できると自分に言い聞かせる。一度でも裏切られたら、二度と手を延ばさないのは自己防御。その辺りの感覚がわからなきゃ、食品事業を展開できないのに、売れてる現実に気が緩み、経済原則だけで動くのが落とし穴。

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2007年8月17日 (金)

pureな人

 埼玉県熊谷市と岐阜県多治見市で、74年振りに日本の最高気温の記録を更新。炎天下なのに、今日も都内で人と会う。仕事で日頃からお世話になっていて、妙に気に掛かり好きな人。どうして好きなのか考えたら、生きる姿勢が真っ直ぐでpureだから。

 どうも私は、この手の人に弱いみたい。たまに奥さんの話が出るけど、気性がさっぱりして、竹を割ったような印象。実際に会ったこともないのにそう思うのは、夫婦間のバランスが良いから。奥さんを人として尊敬し、信頼してる心象風景が伝わってくる。

 お世辞も言わないけど、偉そうなことも口にしない。等身大で語り合えるから楽なんだ。嘘もつかないし、できないことはきちんと断るし、話してる内容を疑わなくて済む。当たり前のように思ったら大間違い。たいていの人は自分を飾り立てるのが好き。

 私の周りに集まる人は、どちらかと言えば無器用。計算高い人もたまに来るけど、いつの間にか姿を消してる。私と付き合えるのだから、謙虚で素直で度量もあるのだろう。いくつになってもワガママ小僧、皆が包んでくれるから、何とかなってる気がする。

 正直に言って暑くとも寒くとも、人と会って心が温まれば、それで幸せな気持ちになれる。身体が疲れたって、そんなもの一晩寝れば回復しちゃう。良い出会いは大切にしなきゃね。そのためにも源泉は自分自身、会う人に相応しく自分を磨かなきゃ。

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2007年8月16日 (木)

晴れやか

 ひょんなことから、研修会社を辞めた二人と面談。ひとりは私の本を読んで繋いでくれた役員、ひとりは研修などの担当部長、昨年の秋から冬にかけて退社。私もめっきり縁が遠のいた。いつの間にか新会社を設立し、ようやく半年を経たところ。

 久し振りに会って驚いたのは、二人ともスッキリした表情。勤めていた会社は比較的大手で、今はスタートで苦しいだろうに、明らかに若返ってる。話していても持ち味が前面に出て、何をやりたいのかハッキリわかる。一つひとつの言葉から熱気が伝わってくる。

 挨拶だけのつもりだったが、具体的な提案があって、私も積極的に関わらせて頂くつもり。詳しい事情は口にしないし、私も尋ねないけど、本来の自分に戻って全力投球。元々力のある人たちが、迷うことなく打ち込んでるのだから、これからの成長は間違いなし。

 小さな事務所だけど活気に溢れていて、すぐに手狭になる印象が強く、この時期に立ち会えるのが嬉しくなっちゃう。今までの経歴を踏まえながら、初心に戻ってチャレンジする姿に、モチベーションを刺激される。猛暑の8月なのに、爽やかな風が吹いてくる。

 私も負けずに、自分がやるべきことに力を尽くそう。生きていれば、いろいろなことがある。滑ったり、転んだり、挫けたり、自分の本来の仕事だって、投げ出したくなるときがある。でも、そこで踏ん張ってる人たちがいるから、勇気づけられ励まされる。

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2007年8月15日 (水)

元気で良かった

 お盆なので大宮へ。妻の父に手を合わせ、私の家では祖父母と兄に線香を手向け、嫁いだ妹には頭の中で祈り、久し振りに父母と昼飯。日帰りで仙台の七夕を見てきたという。ゆっくりだけど、二人ともに死線を乗り越え、自分のペースで生きてる。

 その足で妻の母を見舞う。バタバタしていて3ヶ月振り、意識のほどは定かではないけど、頬はふっくら、幸せそうな笑顔。白岡の病院では秒読みと思われたのに、やはり人の命は人智を越えてる。私たちのことがわからずとも、楽しく暮らせるならそれで良い。

 80歳を越えた父母、90歳を越えた義母と会うと、いかにも自分は洟垂れ小僧。父母の足腰もだいぶ弱ってきたが、それでも旅する意欲は旺盛。秋には福島を訪れるらしい。悠々自適と言えば聞こえは良いけど、質素で慎ましく自分の身をいたわって歩いてる。

 私たちは若くはないけど、さりとて老いてるわけでもない。欲張らなければ充分に働けるし、些細なことなら人のために尽くせる。時の流れに棹を差せないのなら、流れに身を任せながら自由に動きたい。ありのままの姿で、無理なく自然にゆったりと生きよう。

 真夏の太陽は相変わらずだけど、少しずつ身体が慣れてきたせいか、頭もスッキリしてきたような気がする。父母の元気な姿に励まされるように、私が熱く語りかければ反応する人もいる。もらった元気を力に換えて、一歩を踏み出すのが私の務めかな。

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2007年8月14日 (火)

ピーターパン

 娘と孫と相模原の麻溝公園へ。出掛ける前にピーターパンごっこで、孫がウェンディ、私がピーターパン。車を海賊船に見立て、船長のフックに追いかけられながら走る。公園に着いてからも、妻ではなく私の手を引き、ネバーランドを駆け巡る設定。

 展望台でもストーリーは続行、娘を人魚にしたり、妻を妖精にしたり、その都度に指示は異なるが、私と孫の役は代わらない。少し休ませてもらったのは、噴水がある水遊び場だけ。何度も同じことを繰り返しながら、爺ちゃんとベッタリ一日を過ごした。

 一緒に遊んでくれる大人はいても、途中で大人の表情を垣間見せるから、役になりきる爺ちゃんが嬉しいのだろう。今さら人の目を気にする歳でもないし、孫が笑顔になるのが最大の願いだから、恥ずかしいなんて思わずにピーターパンはウェンディと付き合う。

 その甲斐あってか、孫は少しずつ落ち着きを取り戻してる。正直に言うとヘトヘトだけど、今の私にできるのは、爺ちゃんと婆ちゃんはいつでもおまえの味方と、メッセージを伝えることだけ。理屈を説いてもしょうがないので、心と身体で目一杯に表す。

 そうは言っても四六時中寄り添ってやれない。せめて一緒にいるときだけでも、この夏休みだけでも、できるだけ時間を割き甘やかしたい。妻は妻で午前3時に起きてお弁当を準備、娘と孫の笑顔に身体は疲れ果てても心は満足。やれるだけのことはやるからね。

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2007年8月13日 (月)

うさぎ美味しい

 童謡『故郷』の歌い出しの聞き間違い。兎など食べたことはないから、幼い頃は「かの山」という場所で、兎が名物料理だと思ってた。『赤い靴』でも、女の子を連れて行ったのは、いい爺さんなのに、どうして悲しい歌なのかわからなかった。よくある話さ。

 日本語の乱れを嘆く人は多いけど、元々は漢字が真名で、ひらがなやカタカナは仮名。江戸時代以前の公式文書は漢字だらけ。坪内逍遙が口語文での評言を提唱し、二葉亭四迷が『浮雲』を発表する頃から、私たちの耳に馴染んだ日本語のスタイルになる。

 今では明治の文豪と称されるけど、二葉亭四迷は「くたばってしめえ」をもじってる。「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」という川柳もあるくらいだから、外来語に至ってはかなり変化。小麦粉をメリケン粉と呼ぶのさえ、今の若い人たちは知らないよね。

 メリケンとはアメリカ合衆国、漢字で書くと米利堅、だから米国になる。略称だけが遺って、今も平気で使われてる。そう考えると私たちの耳には珍妙な言葉も、これから先の時代には馴れてしまうかも。「何気なく」より「何気に」を好む人が増えてるのも事実。

 仕事柄なのか、言葉には神経質なほうだったけど、最近ではあまり気にならない。皆が違和感を覚えなきゃ、それはそれで収まっていく。大事なのは言葉を遣う心、そこに澱みがなく清らかなこと。人を人として思いやる気持ちが失われなきゃ、それで良いかな。

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2007年8月12日 (日)

故郷は遠くにありて

 室生犀星でなくとも、生まれ育った土地は懐かしく、大切な人と繋がる風景が広がる。写真を胸に抱いて、悲しく謳うのも人生だけど、戻れるときに戻りたいのが人情。かくして日本列島は大渋滞、都市で暮らす人たちが、故郷を目指して移動中。

 小賢しげに嗤う人もいるけど、旧盆の季節に故人の魂を迎え、思い出を語り合うのは、日本人に欠かせない行事。今年は和義の新盆で相模原へ、父母が暮らす大宮へも。たまたま近いというだけで、遠くに故郷があれば、間違いなく大渋滞の列の中にいる。

 仕事の都合などで、今じゃなきゃ休めない人も。海外や国内の旅行もピーク。混んでるときに、混んでる場所へ、それでも家族の笑顔を見たいから、お金を掛けて、時間を掛けて、身体は疲れるけれど、心を遊ばせたいから。それはそれで微笑ましい光景。

 今さらながらに思うけど、人は自分のためなんかに生きちゃいない。大切な人のため、身近な人のため、骨身を削って踏ん張る。その気持ちが形になって表れてるうちは、日本人を信じて良いような気がしてる。話せばわかる土壌が耕されてると考える。

 やっとのことで故郷にたどり着き、とんぼ返りで生活の拠点へと戻る。不合理なようだけど、それで活力が満たされる。大切なものを、もっと大切にするために、何を考えどう動けば良いのか、日常の中で一歩踏み込めば、それぞれの明日が変わっていく。

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2007年8月11日 (土)

HP80,000アクセス

 私のホームページ『島田士郎の仕事場』が、8万アクセス突破。
http://www.b-planner.co.jp/
 7万アクセスを突破したのが、今年の3月5日だから、今までに比べると加速度的なペース。手を代え品を代え、訪れてくれる人が増えると励みになって、いろいろと試行錯誤の途中かな。

 ホームページをどう位置付けるか、コンテンツをどこまで提供するか、未だに結論は下せないけど、あまり細かいところに捕らわれないほうが、これからの自分にはプラスになるような気がしてる。差し支えない範囲で講演録や研修原稿もアップしてる。

 諸々の事情で単行本にできなかった原稿も、近々いくつかアップする予定。新たな仕事のオファーがあれば、それはそれで創り出せば良い。すべてをさらけ出し、丸裸になって、涸れるようならそこまでの力。新しい知識や情報を貪欲に吸収していかなきゃ。

 それを噛み砕き腹に落として、自分の言葉に換えるのが勝負。だからといって独り善がりじゃ通用しない。ご苦労なことだけど、選んでしまった道なら仕方ない。どこまで行けるものやら、そんなことは柩の蓋を閉じてからわかること。今は精一杯に生きるだけ。

 元々が素人の手慰み、足りないところを挙げたらキリがない。アドバイスには素直に耳を傾けるけど、やれること、やれないことがあるのも事実。一歩踏み込んでくれる人がいれば、いくらでもパートナーシップを発揮する。いなくても、信じる道を歩むだけ。

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2007年8月10日 (金)

夏、真っ盛りだね

 一番町に用事があったので、池袋から有楽町線で麹町へ。そのつもりだったけど、車内アナウンスが新大塚、うっかり丸ノ内線に飛び乗ったみたい。大学も立教で、会社も千早町から音羽だから、この路線で間違えることなど有り得ない。いささかショック。

 大手町で半蔵門線に乗り換えれば、難の問題もないわけだし、約束の時刻に遅れたわけじゃなし、誰も知らないことなのに、やはり心は揺れてる。人生の道は迷っても、都内の路線には自信があったのに、こうした日は空回り。暑さのせいではないと思うけど。

 案の定、初対面の協会の代表理事は要領を得ず、紹介してくれた人の意図も測れない。昼飯にお蕎麦をご馳走になったが、ビジネスに繋がる雰囲気ではない。敢えて言ってしまえばメールで済む話、それでも人と会うのが種蒔き、いつかどこかで実を結ぶかも。

 クールビズの時代なのに、私は真夏でもスーツにネクタイ。自宅での作業はラフなスタイルだから、そのギャップでさらに暑いのかも。自宅に戻ったとたんにシャワー、汗を流すだけで生き返る。射抜かれるような陽射しだけど、ようやく夏を実感するのも嬉しい。

 無駄なことも、無駄じゃないことも、積み重ねられて形になる。先行きが見えないときは、疲れたような気分だけど、それが意外に大事だったりする。声を掛けてもらえるうちが華、じりじりと焼き焦げるような季節だからこそ、生きてる事実を喜ばなきゃ。

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2007年8月 9日 (木)

讀賣新聞から取材

 『小学生の子どもに教える営業という仕事』の刊行が切っ掛けになり、讀賣新聞から取材依頼。ていねいな担当記者で、狭山まで足を運んでくれるとの申し出。来られても個人宅の一室が事務所、こちらの事情を説明して、大手町の讀賣新聞東京本社へ。

 高田馬場から東西線で大手町。この駅の構内は広くて、ときおり迷路のよう。地上に出てもビルの谷間、喫茶店を探すのも大変。噴き出る汗を鎮めるにも、どこかでひと休みしたいところ。当てもなく歩きたいほど涼しくもなく、サンケイ会館のティルームへ。

 流石に一流紙の記者だけあって、約束の5分前にはロビーに出迎え。下調べも充分で、水を向けられると機関銃。営業に対する私の思いを、改めて確かめられた。およそ2時間、まとまりなく話した内容を、どのように仕上げてくれるのか興味津々。

 讀賣新聞の別刷り「y&yしごと」の「トレンドランナー」として紹介される。掲載は9月になるというから、まだ先の話だけど、熱心に聴いてくれる人がいると、いつの間にか熱く語ってる。この記事が、新しい出会いを呼び込んでくれるような気もする。

 本については、「IMpress」「郵政研究」での書評も決まり、たくさんの人からコメントも頂戴し、またひとつ扉を開いた感じ。ゆっくりだけど、着実に前へ進んでる。やはり初心に戻って、やるべきことをやり尽くすのが肝心。まだまだこれから。

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2007年8月 8日 (水)

大人の責任

 大相撲の横綱、朝青龍関の二場所出場停止と謹慎問題、本人は精神的に不安定な状態と報じられてる。優勝した直後の地方巡業を、病気を理由に欠場すると届けながら、母国のモンゴルでサッカーに興じる画像を報道されたのが原因。厳罰は当然との越えもある。

 確かに一点だけを捉えると、公平で妥当な審理に映るけど、大切なのは朝青龍関が、独りで横綱を張っていた期間も、高砂親方や相撲協会は同じ姿勢で臨んでいたか。心技体を前面に打ち出し、勝つより大事なものがあると指導してきたか。疑問は消えない。

 そこへ新横綱の誕生、手の平を返した態度で臨まれたら、朝青龍関に理解できるはずがない。今まで許されてきたことが、どうして突然に責められるのか。横綱の二場所出場停止も前代未聞だけど、それ以上に打ちのめされるのは蟄居にも似た行動の制約。

 母国へ帰して、自分自身を見つめ直すよう勧める越えもあるが、高砂親方は反対の立場を明らかにして、この機会に朝青龍関を押さえ込む構え。最悪の場合には引退に追い込まれるが、朝青龍関はもちろん、高砂親方も相撲協会も大きな痛手になる結末。

 横綱の責任を問う前に、周囲の大人たちがどう接してきたのか、胸に手を当て考えてほしい。それは決して他人事でなく、私たち一人ひとりに問われること。ルールを教えないから、ルールを守れない。ルールそのものの意味がわからないのだから仕方ない。

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2007年8月 7日 (火)

日本の一番熱く長い夏

 1945年8月6日、広島市に原爆が投下され、9日には長崎市が被爆。私たち日本人には、決して忘れてならない日。被害者たちの魂に祈りを捧げると共に、平和への誓いを新たにする。国際政治の解決手法として、戦争を選択肢に含めてはならない。

 ダイナマイトを発明したノーベルは、すべてを破壊する爆薬があれば、どの国も戦争を仕掛けないと考えた。しかしダイナマイトは現実に、大量殺戮兵器として使用される。ノーベルは巨額の富を得たが、悔やんで遺産を基にノーベル賞を設立したと伝えられる。

 今ではダイナマイトは土木事業に利用されてるが、同じことが原子力についても言えそう。発電事業を筆頭に、原子力の平和利用も進められてる。問題になるのは科学でなく、それを使う人の意識。そう考えると核爆弾も地雷も、同じように許してはいけない。

 私たちは非合法のテロで、多くの同胞を失った国民。それを踏まえれば、原爆だけを責めるのでなく、すべての戦争を責めなければおかしい。それぞれの国家、民族には、それぞれの正義があるけれど、貫く手法としての殺人を認めてはならない。

 どんなに遠回りでも、効率が悪くとも、ときには経済的な打撃を被っても、戦争以外の手法で問題解決を図るのが、広島や長崎で尊い命を奪われた同胞への思い。世界中の国々や人々が、日本のそうした発言を受け入れる。それが、私たちが手にした貴重な遺産。

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2007年8月 6日 (月)

狭山の七夕

 妻と娘と孫と、狭山の七夕へ。規模は小さいし、派手じゃないけど、平塚、茂原と並んで関東三大七夕祭り。仙台の七夕祭りに次ぐ歴史らしい。商店街や地域の小中学校が手作りで竹飾り、そこがまた地味でご愛敬。家族連れが圧倒的に多いのも頷ける。

 交通規制のために、車でなくバスで狭山市駅へ。孫はそれだけではしゃいでるが、公共ルールを守らせるのに一苦労。それでも大好きなお婆ちゃんの言葉は素直に聞いて、娘の差し出す手を振り払い妻の手を握り歩き始める。時刻は正午、炎天下の坂道である。

 やはり最初に目に飛び込んだのは、七夕の竹飾りより先にかき氷で、これには誰も異を唱えず、汗を拭きながら一瞬の涼を味わう。聞けば昨夜は相模原で夏祭り、スーパーボールすくいなどはやってる。買い物はひとつだけと釘を刺し、露店を覗くのも楽しみかな。

 プリキュア5のビニールヨーヨーを買い与え、広場に差し掛かると太鼓の音がする。実は孫のお気に入り。地元の有志が競ってるのだけど、目の当たりにするとかなりハード。日頃の稽古の賜物なのか、迫力がビンビン伝わって、小一時間ほど動けなくなる。

 再び狭山市駅へ戻り、バスで帰路に就いたわけだが、孫はすっかり興奮して、家に着くと新聞紙でバチを作り、空箱を太鼓に見立て打ち始める。私たちも参加させられ、「そーらん、そーらん、どっこいしょ」と掛け声。孫の笑顔が、私たちへの最高の贈り物。

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2007年8月 5日 (日)

余計なお世話

 漫画家の楳図かずおさんが、新居の外壁を赤と白で塗ろうとしたら、近隣の住民が美観を損ねるとして、裁判所に建築差し止めの仮処分を申し立て。自分の趣味に合わないからと、私有地の個人住宅にまでケチをつけるとは、いったい何様のつもりなのだろうか。

 色やデザインは理屈じゃないから、好きもあれば嫌いもあるのは当たり前。楳図さんの漫画にしても、熱狂的なファンもいるけど、虫酸が走る人もいるだろう。赤と白のストライブがお気に召さないのなら、お祝い事の垂れ幕にもクレームをつけてるのかな。

 個人の意見を主張するのは自由だし、イヤなことはイヤと口に出すのは構わない。だけど根拠のない感情論を振りかざし、権力の手を借りて個人の自由を侵すのは如何なものか。自分が逆の立場で強制的に壁を塗り替えるよう命じられたら、どんな気持ちなのか。

 テレビ画面に登場したのは、私より人生の先輩に見える。ものの道理がわからない年代ではなかろうに、今まで周囲にどれだけ甘やかされてきたのか。ガマンすることを覚えずに、年齢だけが大人になってしまった。イヤなら見なきゃ良い。単にそれだけのこと。

 社会というものは、個人を基盤として形づくられるけど、それは声が大きい人の傍若無人を許すということじゃない。人の塀の色にまで難癖をつけて、それが罷り通ると思い込む無神経、楳図さんがお気の毒。この手の人が増えてるように思うのは気のせいかな。

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2007年8月 4日 (土)

ばたんきゅー

 久し振りに松井健一先生に誘われ、丸ノ内のoazoで食事。私が編集部長を務めてた頃だから、すでに15年以上の歳月を経てる。独立してから教えられることが多く、何かと面倒を見てもらって、昨年の岡山での講演も松井先生からの紹介。飾らない人である。

 お互いに近況を報告し、仕事の話もちらほら。ご子息も研修講師として活躍とのこと。方針が急変したセミナー会社の幹部が、独立して新しい組織を立ち上げたことも聞き、この世界では大先輩と実感させられる。こうした人との縁に恵まれたことに感謝。

 それから神保帳で、『あなたの意見はなぜ通らないのか』を創ってくれた編集者と会う。この人とも久し振りで、今は歴史のテーマを追い続けてるらしい。早々と『小学生の子どもに教える営業という仕事』を読んでくれて、編集者の視点からの意見を聞く。

 出版という共通項があるから、話は汲めども尽きない。業界事情はもとより、これからの時代のこと、今の人が何を求めてるか、スタイルはどう変わるか、気づくと3時間が過ぎてる。私の企画を考えてくれるように頼み、楽しみをひとつ遺して笑顔で別れる。

 狭山市の駅に着くと、翌日からの七夕の準備、一挙に夏が訪れたよう。心躍る一日だったので、疲れてなんかないと思ったが、シャワーを浴びて夕食を済ませると、急激な睡魔に襲われた。時計の針はようやく10時を回った頃、それでも抗うことはできなかった。

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2007年8月 3日 (金)

とうもろこし

 生まれた家には小さな畑があって、夏には玉蜀黍が実ってた。いつの間にか両親は手放したようで、幼い頃の思い出は一つひとつ消えていく。どのような理由なのか、私が稼いだものじゃないから、一度も尋ねたことはないが、薄々は気づいていて当たり前。

 大学まで卒業させてもらったのだから、それ以上は親に甘えられないと考えてたけど、自分が親になってみると、いつまで経ってもわが子は可愛い。頼られると無理しても、手を差し延べたくなる。だからといって老いた親に、今さら何もねだれないけどね。

 昼に素麺を食べた後に、茹で上がった玉蜀黍。素麺の薬味は茗荷に生姜、長葱、さらに妻が育てた朝摘みの胡瓜。一つひとつをゆっくりと味わう。それぞれの命が、私の中で再び生きてくる。有り難いことだな、たくさんの人が私を活かしてくれている。

 こうした感覚は、若いときにはわからなかった。お金を払えば何でも食べられるし、手に入れたら自分のもの、平然と口にして疑おうともしなかった。肉でも野菜でも、工場で自動的に生産されてるかのように、感謝することがなかったのは若気の至りかな。

 目に見えない人や知らなかった人が、どこかで自分と繋がってるのを、リアルに受けとめられるようになってから、それほど歳月を重ねてないのは事実。そうした意味では、ようやく大人になりかけてる。自分の力を過信しないのも、つい最近のことみたい。

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2007年8月 2日 (木)

梅雨が明けて

 やはり夏の陽射し、風が吹かないと、じっとしてるだけで汗が滲む。今まで涼しく過ごさせてもらったのだから、これからしばらくは暑さに堪えなきゃ。春夏秋冬の巡る有り難さを、皮膚で受けとめよう。それにしても、突然の夏の訪れのような気がする。

 さまざまな原因があるのだろうが、自然災害や天候不順、穏やかに暮らす環境が整わない。柏崎の地震の傷も癒えないのに、また台風が九州か四国を襲うかもしれない。九州は長雨と台風で、かなり打撃を受けてるようなので心配。勢いが削がれますように。

 営業マンだった頃に、沖縄県糸満市から北海道釧路市まで、全国の県庁所在地すべてを含め、くまなく歩いてきたからなのか、日本中どこで何が起きても、ついつい身を乗り出してしまう。テレビ映像に流れる風景は、一度は目にした懐かしい街が多い。

 昨年はご縁があって、全国の農業関係者と懇談し、地産地消を中心に考えさせられた。すぐに行動を起こせないけど、日本という土地に生まれ育って、これからも暮らす一人として、真剣に向き合わなきゃいけないよね。炎天下の田畑で、厳しい農作業が続く。

 私としては、公私ともに踏ん張りどころと心得て、この夏は苦しくても乗り切るつもり。暑いとか、疲れたとか、よけいな言葉はなるべく慎み、地味にコツコツと力を蓄えよう。熱波に襲われても出掛けて、人の話に耳を傾けよう。それが明日の私の土台を築く。

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