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2007年7月31日 (火)

出処進退

 参院選は予想以上に民主党の圧勝、自民党も公明党も惨敗したけど、共産党や社民党、国民新党も伸びてない。大きな流れとしては二大政党を望んでるのかも。参議院の役割というより、政治のリーダーシップを誰に託すか、国民の投票行動に表れたのか。

 自民党にしても、逆風は意識してただろうが、ここまでとは考えてなかったに違いない。幹事長や参議院会長など要職が辞任を表明する中、安倍総理は開票が終了しない段階で続投を宣言。閣僚の失言や不祥事、過去の年金が敗因で、政策は支持されてると判断。

 年金の問題は、確かに今に始まったことではないし、自民党だけが一貫して政権を担ってきたわけでもない。しかしほとんどが自民党政権で、数年前に国民に負担を押しつけたうえで、これで安心と言い切った責任は重い。庶民の生活を自分の痛みとしてない。

 閣僚の不祥事や失言に、国民は呆れるけど、それで選択を判断しない。数に任せた強行採決、米軍に追従した右傾化、国民は自らの生活を脅かされる不安から、実績のない民主党にすがるしかなかった。選挙結果は明らかに、安倍内閣の責任を問うている。

 安倍総理の選択肢は、辞任して後継者に委ねるか、衆議院を解散して再び国民に信を問うか、二つに一つしかないのは常識。朱書身体を誤ると、政治生命を断たれるばかりか、後世に汚名を刻み込みかねない。事実を直視して、賢明な決断を下さないと。

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2007年7月30日 (月)

脳内メーカー

 昼間のテレビを眺めてたら、脳内メーカーというサイトが人気。
http://maker.usoko.net/nounai/
 さっそく試したら、脳の3割程度のスペースに、悩と道のオンパレードで、間に1行だけ欲の文字。テレビで紹介してたのは、脳内のスペースをすべて産めてたから、私の場合は未熟ということなのかな。

 自分では、もっと欲張りと思ってるが、意外に少ないのは、向上心を高めなさいとの示唆か。そんな風に受けとめるのが、悩みを増殖させるのか。道が溢れ出してるのは堅苦しいのか。説明がまったくないので、解釈は自由だが、月間3千万アクセスという。

 それだけ自分のことは、わかってるようでわからないし、少しでも正しいところを知りたい。サイトの管理人も賢くて、遊びと断るだけじゃなく、よけいな言葉を慎んでる。アクセスした人は「ふーん、そうなのか」と、物足りなさを覚えても、それでオシマイ。

 メインページは別にあるから、導入の役割は果たしてる。人を集めるには、やはり創意工夫が必要。中身が濃くても、通り過ぎては意味がない。私のホームページも、アクセスを増やすために、もっと頭を捻らなきゃ。それとも捻りすぎて、わかりにくいのかな。

 本当のことを言うと、雑誌の原稿を書いてる途中の気晴らし。ひと休みしてるときに思い出し、ちょっと覗いてみたしだい。やらなきゃいけないことは山盛りだが、そこにばかり集中しすぎると、頭の柔らかさを失っちゃう。遊びすぎると本末転倒なんだけどね。

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2007年7月29日 (日)

参議院の選挙

 いよいよ投票日、不在者投票の投票率は伸びてるらしいが、全体の結果はどうなるのか。一票の重さに格差があって、投票した人が選ばれるとも限らず、まどろっこしい気もするけど、それでも私たちが国政に影響を及ぼす大切な一票。無駄にしたらもったいない。

 普通選挙が始まったのは1925年。当時から二院制だったけど、貴族院議員は皇族や華族、帝国学士院会員、多額納税者などから勅任、衆議院議員だけが国民の投票というものの、納税額に制限があるから、貧乏人には縁のない雲の上の話だった。

 それと比べたら今の日本は、20歳以上の全国民に投票権がある。立候補したい人にも道は開かれ、どのような流れを望むのか、どんな立場で関わるのか、自らの意志で決められる。当たり前のように感じてるが、民主主義を標榜して初めて得られた国民の権利。

 参議院議員の改選は半数で、議決の優先権も衆議院に与えられてるから、国政に及ぼす影響は弱いと思う人もいる。ひと頃は良識の府と呼ばれ、無所属議員が活躍できたけど、今では政党政治が主流になったと惜しむ人もいる。選びたい人が見当たらない人もいる。

 それでも棄権せずに、自分の思いを託すのが大事。数年前の衆議院議員選挙の結果が、今の日本の枠組みを形づくってる。これからどうなるのか、どうしたいのか、自分と距離があっても、その中で一番近い人を選ぶ。日本で生まれ育ち暮らしてるから責任がある。

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2007年7月28日 (土)

言葉に酔ったら

 私はお酒を飲めないし、飲めばすぐ眠くなるので、酩酊状態に陥らないと思ってた。でも、お酒を飲んで酔うのは、誰の目にもわかりやすいし、事前にブレーキを利かせられる。私の場合はお酒じゃなくて、言葉に酔っちゃうみたい。これは、根深く始末が悪い。

 とりわけ酔いやすいのは故事成句、本が好きなこともあるけど、故事成句を遣うと文章をまとめやすく、奥深い意味を包括できる気になる。業界用語や専門用語と同じで、共通の理解を前提とすれば効果的だけど、わからない人には何を言いたいのやら。

 文字遣いでも微妙なニュアンス、送りにもこだわってしまう。それぞれ講釈はあるけど、読む人は気にも留めない。出版社に勤めてた頃は、文字の統一やら詠みやすさやら、重箱の隅を突くような作業。校正ミスがあってもなくても、売れる本は売れるのに。

 編集者とやり合うときも、自説を主張してきたけど、どうでも良いことなら先方は譲る。大事なのは魂が伝わるか、大意を理解されるか。わかっていても、ついつい心地よさを優先。辞書が必ずしも正しいとは限らないから、自分のルールで言葉を積み重ねる。

 最近になってようやく、こうした傾向も薄らいできた。いろいろな人と交わるプロセスで、捻った言い回しが個性でないと、今さらながら気づいたしだい。言葉に酔ってると自覚したら、できるだけ人と会うのが良い。自分の思いが伝わってるか検証できる。

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2007年7月27日 (金)

充実してますよ

 本の売れ行きも気になるが、それを切っ掛けとして、新しい出会いがあったり、旧交を温められたり、新刊の話題から違う一面を発見したり、ここのところ刺激されることが多い。やはり無駄になっても、一歩踏み込む勇気、それが一番大切と実感。

 人と会うのも同じで、後で悔やむくらいなら、歯に衣を着せないのが私流。本当のことを口にすると、勝負がつくのも速いけど、すぐに親密になることも多い。全方面外交など柄じゃないから、この辺りはこれから先も変わらないんだろうな。

 来る人拒まず、去る人追わず。未練がないとは言わないけど、相手の気持ちが冷めたら空回り。しばらく疎遠になった人でも、必要ならば間違いなく再び巡り会う。何事にもタイミングがあるから、自分の気持ちだけで動かないようにしてる。

 そうは言っても根がワガママだから、自分が思ってないことは口に出せず、不本意ながら従うこともない。いつも一所懸命なのは、真面目だからじゃなく、本気で打ち込めないものはスルー。筋を通して道理をわきまえ、それも自分が気持ち良く生きられるから。

 それでも仕事が舞い込んだり、会いたい人が現れたり、運には恵まれているのかな。忙しければ、人から求められてると喜び、閑なら、新しいことを知るチャンスと楽しむ。極楽蜻蛉みたいなところもあって、人生の可能性は未だ大きく潜んでると信じてる。

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2007年7月26日 (木)

それほどでも

 南武線の谷保駅で待ち合わせ、狭山市から東村山を経て国分寺、中央線に乗り換え立川、そこから南武線になるから、遠いと覚悟してたけど、それほどでもなく楽勝。新宿まで出るより、はるかに時間も掛からず、料金も安い。車で行っても良かったかも。

 余裕があったので谷保天満宮へ。延喜三年に道真の三男が祀ったというから、流石に東日本最古の貫禄がある。蜀山人の詠んだ狂歌から、野暮天の語源という説もあって、一度は参拝したかったのだが、忘れられたように訪れる人も少なく、期待したほどでは。

 空が晴れると夏の陽射し、スーツを着てると汗ばんで、厳しい一日になると思ったが、午後四時を過ぎると風も涼やか、のんびりと電車に揺られると、酷暑というほどでもないと、少しばかり安心した。そうは言っても夏本番は、これから先の話。

 紹介してくれる人が居て、ある会社の経営者と会ったのだが、ここでは充実した時間を共有できた。私が話してる間も、真っ直ぐにこちらを見つめる人。本気でない人は疲れるけど、逆の場合はしだいに熱くなる。それほどでもない一日を瞬時で輝かせてくれた。

 これからどのような関わりになるか、提案してくれるとのことだけど、幅広い人脈の中から私を選んで、引き合わせてくれた人に心から感謝。捨てる神も在れば、拾う神も在るのが世の常。捨てる神は気にしないで、私を拾ってくれる神を大切にしよう。

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2007年7月25日 (水)

あけぼの公園

 娘と孫が狭山へ。本当は夏休みに入って、すぐに来たかったらしいが、孫が熱を出して数日遅れた。明後日には帰り、次は8月の初め。幼稚園があるので、何かと忙しいとのこと。こちらとしては、会う日々が娘と孫にとって、心安らかならそれが一番。

 私が翌日に外出することもあり、昼飯を食べてから飯能のあけぼの公園へ。締め日の前、夏休み、そして快晴、道が混んでるのは仕方ないやね。ムーミンのきのこの家も、子どもたちで溢れてた。直射日光を浴びずに、ドタバタ騒げるのだから、無理もないか。

 孫と追い駆けっこ、最近はアニメの影響で、キュアレモネードを気取ってる。もちろん私は悪人で、孫のビームに倒される。呆気なくやられるとご不満で、いささか抵抗した後で、必殺技で退散するストーリー。何度でも繰り返すと、腰と脹ら脛に堪えてくる。

 飽きてくると、私と妻が子どもになり、自分はちゃっかりお母さん。駄々をこねるように命じられ、その通りにすると叱られるのだが、それからやさしく頭を撫でる。甲斐甲斐しく世話したり、食事を振る舞ったり、育ってると思うのは爺バカなんだろうけど。

 娘も甘やかし、孫も抱きしめて、爺と婆は駆け込み寺だから、少しだけ元気になってくれたら嬉しい。夕食は遅くなったけど、ストレスは発散されたのか、絵本を読み聞かせてる間も穏やか。ぐっすりとお休みなさい。爺と婆は覚悟して受けとめるから。

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2007年7月24日 (火)

朝に道を聞きては

 孔子が夕暮れまでの時間を欲したのは、真実を書き遺すか、口頭で弟子に伝えるか、どちらにしても自分で抱え込んだまま死にたくはなかった。真実というものがあるかどうか、孔子は求めて流離い続けたのだから、そう簡単に手に入れられないとわかってた。

 それでも道を極めようとしてれば、突然にすべての疑問が解けることがある。鬼神に頼らない孔子だから、それは天から降ってくるものでなく、誰かに授けられるものでなく、自分自身の足跡の先に光明のように注がれると、きちんと知ってたに違いない。

 そうは言っても孔子と違って凡俗だから、義には暗くて利益に明るい。目に見える結果を確かめられないと、次の一歩を躊躇ってしまう。本当はひたすら突き進んで、評価は他人に委ねれば良い。孔子は、慎ましく暮らして、失敗する人は少ないとも言ってる。

 久し振りに『論語』を捲ったが、やはり孔子は凄いやね。だけど金持ちになれないのも確か、孔子より頭が下がるのは、子路をはじめとする弟子たち。豊かに暮らせないとわかりながら、それでも生涯を捧げて師事。これだけの覚悟を、私は持てるだろうか。

 もっと謙虚にならなきゃ、一日に三度も反省できないけど、ときどきは自分自身を問い直し、人のために尽くしたかを考えよう。生まれたら死ぬのは、今も昔もまったく同じ。大事なのはその間に、どれだけ贅沢したかより、柩の蓋を閉じるとき満足できるか。

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2007年7月23日 (月)

フレームなんだって

 ホームページの構造が基本的に怪しいと、詳しい人から指摘されたけど、どこがどう間違ってるかわからない。インターネットで調べると、ホームのソースと違うものが現れる。それが長いこと放置してたインデックスのファイルとわかるまで一昼夜。

 どこをどうして良いものか、ホームのファイルをコピーして、インデックスに貼り付けたうえで、今までホームへリンクさせてたところを、すべてインデックスへのリンクに修正。それでまた半日、これで終わったわけじゃない。指摘されたミスは500以上。

 私がホームページを立ち上げた2000年頃は、フレームが流行ってたということもあるが、そもそも頼んだ友人の会社が、それほど詳しくなかったようだ。デザイナー出身の若い人が、参考書を片手に作成し、私の注文もウェブでの見た目だけ。素人仕事だね。

 それからコピペで凌いできたわけだが、確認するのも自分のディスプレイだから、OSやアプリケーションが違ったときに、どう現れるのかなんて知ったこっちゃない。だけど、それじゃ手慰み。情報を発信するには片翼飛行、わかったからには改善しなきゃ。

 そうは言っても、わかることをやるだけでも大変。基本ページだけでも見直して、それから後の作業はゆっくりと。検索ロボットが拾ってくれなきゃ、住所録に載ってないのと同じ。難儀なことだが仕方ない。素人は素人なりに、できる限り精一杯に。

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2007年7月22日 (日)

熱い思い

 今回の営業マンフォーラムは、研修会社の人が3人も参加、その道の専門家も多く、若い人は少なかったので、いささか平均年齢もアップ。いつものように話してたつもりだが、もしかしたら試験を受けてるようで、少し緊張してたかも。それでも語ったけど。

 終わった後に4人で喫茶店へ、雑談に花を咲かせたけど、参院選が近いこともあってか、どんな世の中にしたいのか。個人の力なんて頼りない気もするが、百年単位で考えてみると、一人ひとりのものの見方考え方も、世の中の常識も随分と変わってる。

 正直に言って間尺に合わないことも多いけど、それじゃ戦前の日本へ戻りたいのか、江戸時代にタイムスリップしたいのか。一部の恵まれた人はいざ知らず、ほとんどの人たちは今のほうが幸せ。それはどうなりたいかを望んで、口に出し、動いてきたから。

 自分がやってることで、人にどのような影響を及ぼしたいのか、人とどう繋がっていきたいのか。それを本気で考え、形にしようとすれば、自分の代では成し遂げられなくとも、引き継いでくれる人が必ず現れる。明日は今日より良い日にしたいと皆が考える。

 いつでもそうなんだけど、私はついつい熱く語ってしまう。暑苦しいかもしれないし、ウザイかもしれないけど、こんなバカがいなけりゃ、世の中おもしろくないよ。私の理想は、自分の頭で考え、自分の心で動く人を、ひとりでも増やすこと。できるかな。

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2007年7月21日 (土)

筋違いでしょ

 民主党が鳩山幹事長名で、安倍総理を東京地検に告発。「年金記録問題への対策」というタイトルで、政府公報を新聞の折り込みで配布したのは、公職選挙法違反という論法。でもね、年金をどうするのか、政府に詰め寄ってるのは国民。それを忘れちゃ困る。

 選挙期間中であろうとなかろうと、一刻も早く具体策を示すのは政府の務め。税金を費やすのも合理的、政権与党としての行為でなく、国を預かる内閣の仕事。野党第一党の民主党の立場なら、国民と同じ側に立って、政府の見解を促すのが仕事でしょ。

 確かに自民党は、農林水産大臣は事務諸費問題を有耶無耶にし、外務大臣は昨日も失言したようだ。お金と政治の問題、官僚に甘い体質、戦後の日本を支えてきたのも自民党なら、次々と露呈する欠陥を放置してきたのも自民党。国民はいささかウンザリしてる。

 そうは言っても小沢さんや鳩山さんも、自民党を背負ってきたはず。自分は離党したからって、責任は免れない。国政に携わった全員が、謙虚に反省すべきが道理。それだけに正々堂々、下手な横槍を入れないほうが、民主党への期待感は高まる。

 民主党が政権与党で、同じ立場なら、一刻も早く情報を提供するだろうし、そうでなければ委ねられない。姑息なアピールをされると、受け皿に渡せなくなる。批判ごっこはもう飽きたし、何も問題を解決しないから、いいかげんに目を覚ましてちょうだい。

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2007年7月20日 (金)

なにか嬉しい

 久し振りの新刊ということもあるけど、ありそうでなかった企画なので、随分とたくさんの人にメールで案内。ホームページからもPDFで内容見本をご覧頂けるようにした。すると素早い反応、積極的に関わってくださる人もいて、これは企画した編集者に感謝。

 随分と会ってない人や、忙しく活躍してる人や、告知するだけでもと思って伝えたのに、それぞれが心のこもった返信。読んでくださるという人も多く、さっそくブログで紹介してくれる人も。連載中の『郵政研究』編集長から、来月号の書評に掲載と。

 メールを出したり、返信に返信したり、いつの間にか一日が過ぎちゃったけど、支えられてることを実感。良い仕事をすると、見ていてくれてるんだな。まだ配本してないのに、書いたことにすっかり満足。本当はこれからスタートなのにね。

 でも、ミクシィも含めて、人と言葉を交わすのは心が弾むよね。きちんと応えなきゃならないところもあって、返信するのに時間が掛かるけど、ちっとも気にならないのが不思議。基本的に人が好きで、笑顔に囲まれると幸せ。そんな気持ちで一日を過ごせた。

 そうは言っても期待のエール、これからどう動くのか、皆から見られてる。小学生でも読める本を書いたのだから、歳は重ねたけど小学生に戻ったつもりで、全身全霊を傾け打ち込もう。活かされてるんだな。皆のお陰だな。しみじみと思ってる。

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2007年7月19日 (木)

さぼっちゃった

 朝からやることはあったんだけど、妻に誘われ近くの日帰り温泉へ。ついでに床屋を済ませようとおもったら、そこが意外に混んでいて、1時間も待たされた。でも、要領良いし、若いけど髪のことをよく知ってる。そうすると、任せる気になるから不思議。

 曇り空の温泉は快適、露天でも暑くないし、これで風が吹いたら最高だけど、欲を掻いたら罰が当たる。手足を伸ばして大の字で、湯に浸かるのは久し振り。普通のサウナにスチームサウナ、喉がカラカラに乾くのも懐かしい。しばらくのんびりしてなかったな。

 遅いお昼を食べたら、さて仕事のはずだったけど、案の定お昼寝に。目覚めたら夕方、電話を一本掛けたけど、あいにく相手はお留守番。自分はのんべんだらりで、厚かましいやね。心を入れ替えて作業を始める。ホームページで新刊を紹介しなくちゃ。

 せっかく本が出るのだから、メールでご案内も必要。土曜日は営業マンフォーラム、話すシナリオも書かないと。諸々と片付けるこもあって、本当は忙しいのに、それでも誘惑に負けちゃった。お陰さまで、頭の芯から重いものが溶けて流れていった。

 人と会う予定は、万難排して約束を守るけど、自分で仕切れることだから、たまには良いやね。何か始めると夢中になっちゃうし、中途半端に妥協したくないから、ついつい自分を追い詰めてしまいがち。ちょっと緩めるには、絶妙のタイミングだったかな。

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2007年7月18日 (水)

久し振り

 久し振りの新刊、タイトルは『小学生の子どもに教える営業という仕事』(明日香出版刊 定価1,260円)、同じような本は今までになく、20日の配本なんだけど、今からドキドキハラハラ。新宿の紀伊国屋書店の本店と南店、丸善丸ノ内本店などでは、もう並んでるらしいから、お近くの人は手にとって見てください。
http://www.asuka-f.com/

 『郵政研究』7月号も届いた。今月は連載でなく、「郵便局長に贈る10の視点」、巻頭を飾る特集だ。原稿量も多く大変だったけど、改めて読み直すと自画自賛。地域に根ざした郵便局の持ち味を活かし、周囲の人たちから支持されるポイントを書いてある。
http://www.yukensha.co.jp

 ホームページもリニューアルできた。何をやりたいのか、何ができるのか、わかりやすくなったと思ってる。私のベースはやはり営業なので、そこにこだわって掘り下げたつもり。改善の提案は喜んで聞くけど、ご批判や評価はしばらくしてからお願いします。
http://www.b-planner.co.jp

 これから、やることも増えるけど、それがまた楽しみになってきた。小さな輪が、少しだけ広がるかも。電子出版も23点になって、すべて島田士郎の著者名に統一したし、こちらはこちらで、たくさんの人の目に留まると嬉しいな。欲張ってるかな。
http://www.papy.co.jp

 新刊を読んでくださる人がいたら、ご意見ご感想を寄せてください。来週になれば地元の本屋さんでも、アマゾンでも買えると思うので、ひとりでもたくさんの人に読んで欲しいのがホンネ。新しい可能性を切り開けたら、とてもとても嬉しい。

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2007年7月17日 (火)

もうちょっと

 ホームページを手直し、思ってたより時間が掛かり、リニューアルできるのは明日かな。自分がアクセスするとしたら、そんな風に考えて、ついついあちらもこちらも。何をやるにしてもそうなんだけど、意外に大変なことって多いみたいで。

 正直に言ってしまうと、わかる人にわかれば良いと思ってた。でも、それならホームページなんか開かないこと。仕上がりは別として、わかってもらいたい気持ちがなきゃ、訪問してくれる人にも失礼だよね。本当のことを言うと、この手の分野は苦手意識がある。

 同年代の中では好奇心旺盛だけど、専門家ってわけじゃないし、少し突っ込まれると立ち往生。中途半端にできるから、忙しいと理由をつけて勉強も疎かに。謙虚な気持ちでトライ&エラー、その意欲が薄れたら危険信号。誰も叱ってくれない歳なんだから。

 生涯現役を通すつもりなら、立ち止まってはいられない。やれることはやり切って、積極的にアウトプット。レスポンスを確かめながら、半歩だけでも前へ進む。精一杯にやったのか、怠けてしまったか、誰に言われなくとも自分が一番わかってる。

 一所懸命にやるのは好きだけど、ケチをつけられると青菜に塩。とりわけセンスについては、あまり自信がないから、批判されると右に揺れ左に揺れ。でも、気にしないんだ。良いと言ってくれる人がいれば、その人のために頑張っちゃう。味方を大事にしよう。

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2007年7月16日 (月)

こだわる

 元々は執着心を表してるから、宗教人や知識人はあまり肯定的に用いない。とりわけ仏教の世界では、こだわりを捨てることが悟りへの一歩。家族への愛情も煩悩になるけど、そこで目指すものはこだわりじゃないのか。思想や宗教にはまり込めない理由かな。

 こだわらないほうが、確かに受け口は広くなる。新しいものも吸収しやすい。心が捕らわれず自由になるから、いつでもどこへでも飛び立てる。時代の流れの先端を掴むには、頑固一徹はむしろ邪魔になるかも。ニュートラルの状態なら、スピーディに対応できる。

 だけど不安なんだよね、こだわらなきゃ、どこへ流されるのか。引っ掛かるところがなきゃ、自分が居る場所もわからない。築き上げたものを捨て去るほど、これから強く生きられる自信など持てない。それがたいしたものでなくとも、こだわらざるを得ない。

 強くこだわるほど深入りするから、その道を極める確率は高くなるけど、その反面で視野が狭くなるのも事実。確信を抱きながら疑えるか否か、その辺りが鍵になりそうな気がする。まったくこだわらない人は付き合いやすいけど、魅力が伝わってこないのも実感。

 こだわりを持ちながら、耳を傾けられるか。批判や異論を真摯に受けとめられるか。知性を問われるのだろうな。一所懸命にやってきたことほど、こだわってしまうけど、それを一度は放り出して、客観的に捉え直すのも修行だね。道はまだまだ遠いみたい。

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2007年7月15日 (日)

戦略って

 勝つための最短ルートを設定、本当は具体的なてーまだけど、どうしても抽象的になりがち。ひとつには勝つというイメージが、人それぞれに異なるから。ひとつには置かれた環境が違うから。当たり前の話だけど、資質も能力も同じわけがない。

 できるだけ客観的な視点から、今の力と立場を公正に評価して、一番効率的なルートを提示しても、そのやり方はイヤと言われたらそれまで。そこで抜け落ちてるのは価値観。東京から北海道へ行くにも、飛行機にするか列車にするか、それとも車を運転するか。

 さらに難しくするのはスピード。価値観に基づいて決めたいけれど、それじゃ間に合わないケースもある。どうしてもこだわるならば、目的地の変更も視野に入れなきゃ。ガソリン代なら払えるけれど、飛行機代まで賄えない事情もあったりして。

 素晴らしい戦略と歩き始めたものの、途中で足腰が付いていかないと、絵に描いた餅で終わっちゃうからご用心。先の話だから、できると思い込みたくなるし、幸運が舞い込むと期待もしちゃう。でもね、先の話だからこそ、等身大の自分から始めなきゃ。

 そうは言っても等身大の自分って、これはこれでなかなか判断できない。戦略を練るからには、向上心に燃えてるだろうから、努力すれば何とかなると考えたい。青天井の理想像を掲げ、徒手空拳で歩き出そうとする人もいる。諸々と厄介なもんだね

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2007年7月14日 (土)

政治の季節

 参院選が公示され、各党がそれぞれにアピール。本人たちは必死だし、国民生活とも密接に関わるのに、どこか嘘臭いのはどうしてか。政党の人たちは大上段に構えて、高いところから見下ろして、当事者意識が伝わってこないから。自民も民主も同じ印象。

 行政改革なんて、中曽根内閣からのスローガン。相変わらず天下りは減らないし、庶民感覚では信じられない高給、当時からほとんど前進してない。政治資金の透明度も、どれだけ高まったか疑問。頭の良い人ばかり集まって、屁理屈をこねてるだけかな。

 最大の理由は、誰も発言の責任をとらないから。年金の問題にしても、社保庁の犯罪は明らかなのに、垂れ流された現実を後付で承認し、税金で善後策を練るから、誰が聞いても後味が悪い。納付したお金を横流しした輩は、野放しのまま追求もされない。

 政治家たちには、税金は打ち出の小槌。議論を重ねてるようで、実は既得権をいかに守るか、大義名分をどこに見いだすか、同じ穴の狢にしか見えない。誰かきちんとわかるように、国民の声を吸い上げて、国民に仕える意思を明らかにしてほしい。

 それでも大事な一票、棄権しちゃいけない。たとえ団栗の背比べでも、最もマシな候補の名を記さなきゃ。疑問は口に出し、不祥事は徹底糾弾、自分も政治の当事者として、選挙期間だけでなく関わり続けること。これからますます必要になってくる。

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2007年7月13日 (金)

四十九日

 お寺での法要を終え、仏壇に位牌が収まり、兎にも角にもひとつの節目。読経を読む声は、どうしてあんなに心に響くのか。数珠を握りしめながら、短い人生が脳裏を駆け巡る。私も半ば幻の想いだから、娘たちの家族にとって和義は未だ生きてる。

 儀式は午前中に済んだが、娘たちと一緒に相模原のジャスコへ。雨が降っていて、孫を外で遊ばせられないこともあったが、ここは和義と最期に遊んだ場所。あの日と同じように、お昼はバーミヤンにする。今日はパパがいるけど、和義がいない。

 歩き始めたばかりの和義は、皆が食べ終わるまで待てない。そこで私が連れ出し、手を繋ぎながらお散歩。ヨチヨチ歩きのくせに、私の手を振り払いたがる。いつでも抱え込む距離で自由にさせ、不安定になると私に身体を預ける。疲れたら抱っこをねだる。

 それぞれが胸に秘めながら、穏やかに食事を進めて、孫はパパと婆ちゃんと一緒が楽しくて、いつもより食欲旺盛。私たちは目を細める。孫が遊び疲れて納得しないと、近頃は還らないようにしてるので、狭山へ着いたのは午後8時、妻は心身共に疲れ果て。

 軽く夕食を済ませ、シャワーを浴び、ひと息ついてると孫から電話。「おやすみなさい」を告げる頃、妻の足は動けないほど。しばらくさすって、身体より気持ちにお疲れさま。もうすぐ夏休み、婆ちゃんの出番は増えそうだけど、よろしくお願いします。

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2007年7月12日 (木)

コンセンサス

 人と人がものごとを進めるには、お互いの合意を得るのが必要不可欠。それぞれが納得して、初めて次の段階へ。だけどパワーバランスもあれば、説得力の強い弱いもあるから、合意の内容は客観的に公平とは限らない。それでも決めたら約束、守らないと。

 極端な話はニューヨークのマンハッタン、オランダ人が僅かの品物と引き替えに、ネィティブアメリカンから譲り受けた。契約書に署名捺印すれば、合意の形成が証明される。この手の話は、あちらこちらに転がってる。それでも略奪するより紳士的なのかな。

 お互いに合意したからって、うまくいくとは限らない。平気で約束を破る人にとって、契約書なんて紙切れ同然。お金がないと開き直り、恥じない人たちもいる。相手の義務の履行を迫り、自分は何もしない人もいる。人を見る眼を養わないからいけないのか。

 だからといって合意の形成を、軽く扱うわけにいかない。言葉の重さをわきまえなきゃ、私の仕事など存在しない。どれだけ心の底から納得したのか、次へ進む現実的な裏付けはあるのか、崩れてしまうのは自分にも責任があり、少なくとも力不足は否めない。

 合意を形成するのは大事だけど、それですべてを満たさないと、検証を繰り返すよう求められる。お互いを取り巻く環境も、しだいに変わっていくのだから、確かめないと反故が増えていく。完璧に勝とうとするから、相手が窮屈になることも知らなきゃ。

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2007年7月11日 (水)

親孝行なのね

 赤城農林水産大臣の事務所費問題、岸内閣の農林水産大臣が祖父の宗徳氏、実力者として知られてた。TV画面では立派なお屋敷、ご両親が穏やかに暮らすには、年に1千万円もあれば充分。国政に身を捧げてるのだから、それくらい融通しても良いじゃないか。

 それが二世議員のホンネに違いない。昔ならお殿様のやることに口を挟む人はいなかった。庶民風情がうるさいことを言うから、形だけの法律を数の力で通過させ、これでツベコベ文句を言わせないはずなのに、実のところ領収書なんて出せるわきゃないだろ。

 地盤も看板も譲り受け、地元から支持も取り付け、既得権者の仲間入りをしたのに、両親が暮らすお金も摘めないのか。税金は年貢と同じだったのに、人の懐を詮索する輩ばかり。この国を創ってきたのは官僚と国会議員、下々は黙って従っていれば良い。

 正直に言って、諸先生方のホンネが聞こえたような気がする。安倍総理が必死に庇うのも、同じ穴の狢だからでしょ。小泉前総理のパフォーマンスにはぐらかされてきたが、森内閣の頃から自民党の体質は変わっちゃいない。お金がなきゃ、国民から搾り取れ。

 公私混同は当たり前、税金は私利私欲の財源。あからさまに伝えてるのに、それでもこの人たちを選ぶのか。選挙の前だけ美辞麗句を並べ立てても、やってることは詐欺犯と五十歩百歩。そのうえ消費税引き上げだとか、日本の国民も舐められたものさ。

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2007年7月10日 (火)

基本スキル

 近頃の人は頭が良いから、難しいことをよく知ってるけど、当たり前のことが意外とできない。偏差値教育の影響なのか、アクロバティックな印象さえ受ける。私たちの仕事も同じで、当たり前のことを説いても人が集まらず、常に新しさを追い求めてしまう。

 その結果、蔓延ったのは無数の我流。ベースが一定ならそれも魅力だけど、それぞれの根拠が怪しかったりする。どんなに料理が美味しくとも、挨拶もできないレストランじゃ、通う気になれないのは私だけなのか。口の利き方ひとつで神経を逆撫でされる。

 何が当たり前なのか、わかりにくいのも事実。でも、不祥事を引き起こされると、どこで腹を立てるか、皆の感覚はそれほど遠くない。そりゃそうだよね、百年も二百年も経ってるわけじゃなし、きちんとした道筋は、昔も今もほとんど同じってこと。

 イチローの振り子打法は当たり前じゃないけど、高校を卒業するまで基本を身につけたから、理に適ったスタイルで説明できる。ピカソの抽象画にしたって、修業時代のデッサン力に支えられてる。退屈な反復を繰り返さないと、オリジナルの花は開かない。

 わかってるとバカにしないで、基本を再び問い直そう。当たり前のことができなきゃ、噛み砕いて教えられない。土台に手を抜いたら、高層建築ほど危なっかしい。地に足が着いてるのか、そうでないのか、これからの時代に信頼されるための必要充分条件。

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2007年7月 9日 (月)

持ち味って

 人や組織にはそれぞれに持ち味があって、それを最大限に活かすのが成功の鉄則。そこまでは皆がわかってるけど、肝心要の自分の持ち味については、わかってるようで実はわかってない。自分から見た自分の像と、人から見た自分の像も、微妙に違うのが普通。

 何が得意か問われても、歯切れ良く答えられない。学校の勉強にしたって、好きな学科と得意な学科は違うし、どれもこれも団栗の背比べという人も多い。テストの成績が高くとも、それでヒトを教えられるかといえば別問題。まして人生はさらに複雑だし。

 何をやってるときが一番夢中になれて、他の人よりうまくできるのか。その辺りが自分の持ち味を探るヒント。漫画を読むのが大好きなら、どうしてそんなにおもしろいのか、どこに心を震わせられるのか、そこを掘り起こしていくと、いつの間にか浮かび上がる。

 漫画が好きだからって、すべてのジャンルに惹かれるわけじゃない。テーマによって、ストーリーによって、志向は切り分けられるから、高ぶる気持ちの源泉をたどれば、自分がどうしたいのか明らかになる。それを実現可能なところへスライドさせる。

 大切なのはシンプル・シンキング、あまり複雑に理屈をこねず、素直な気持ちで自然に考える。肉付けしていき無理を感じたら、それは本当の持ち味じゃない。周囲の意見に耳を傾けながら、最後は自分の腹に落ちるか落ちないか、何度でもやってみる。

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2007年7月 8日 (日)

織姫と彦星

 空模様は怪しかったが、それ以上に娘と孫が気懸かりで、相模原へ出掛ける。幼稚園に入ったばかりで、突然に弟を奪われた孫は、現実の重さを受けとめきれず、表す言葉さえ見つけられず、それでも健気に明るく振る舞ってるが、やはりいささか情緒不安定。

 孫を抱きしめるように育てる娘も、わが子を失ったショックから癒えたわけじゃない。何も言わずとも私たちには、娘の弱さも手に取るようにわかるから、一番頼りにしてる妻が寄り添うことで、少しでも穏やかな時間を過ごさせたい。何もできないのだけど。

 あの日までは、相模原へ行っても、夕食までには狭山へ戻ったけど、孫が起きる時刻に到着し、孫が眠る時刻に狭山へ向かう。正直に言って身体には堪えるけど、慕われてるうちが華だから、さり気ない時間を娘と孫と。人から見たらどこにでもある風景。

 帰りの夜空は曇っていて、織姫と彦星どころか天の川さえわからない。きっとどこかで逢瀬、公園で遊んでたときに、「和くんがいたらもっと楽しいのに」と、呟いた孫の言葉が胸を刺す。愛と和義は、もう二度と会えない。大人の言葉で飾っても伝わらない。

 近頃は安っぽいドラマにも、涙もろくなってる。忘れる気はないけど、娘と孫が生きてくれてることに感謝。娘の家族が幸せに近づくことが、和義の冥福と考えるようにしてる。運転手でも荷物持ちでも、私にできることなら尽くしたい。

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2007年7月 7日 (土)

しつこいようだけど

 アメリカ政府の核不拡散問題特使という要職に就くジョセフ氏は「原爆が終戦を導き、何百万人の日本人の命を救った」と発言。新たに防衛大臣に就いた小池氏は「日本の見解と異なる」として、広島市長の秋葉氏は、明らかな不快感を表した。

 外務省の報道官すら、その歴史観に疑問を投げかけてるのに、内閣官房長官の塩崎氏は「個人的な発言なので抗議しない」と。民間人が口にしてることじゃなく、アメリカ政府の中枢からの発言。それを聞かない振りして、ウヤムヤにするのが安倍内閣の結論。

 冗談じゃない。人類史上稀に見る暴挙を正当化するばかりか、殺した同胞の日本人を救ったなど、武力を背景にした傍若無人も極まれり。日本を代表する政府なら、公式にアメリカ政府に苦言を呈して、お互いに理解を深めるべきじゃないか。それが友好だろ。

 長いものに巻かれて泣き寝入り、当たらず触らずその場凌ぎ、それが通用する時代じゃないことくらい、優秀な大学を卒業して日本をリードする自負があるなら、とうの昔にわかっているでしょ。アメリカとの関係は大事だが、闇雲に追従するのが最善策なのか。

 本気で核廃絶を目指すなら、歴史的事実から目を背けず、過ちを認めなければ動き出せない。広島市民も長崎市民も恨み言をぶつけてるわけじゃなく、世界中の人が悲惨な結果を招かないように祈ってる。舌先三寸で誤魔化そうとするのは傲りでしかない。

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2007年7月 6日 (金)

わかりやすさ

 自分のホームページを全面的に改めてから、すでに1年以上経ってるけれど、最近見直して気づいたのは、よくわからないページということ。本を書いてる人とわかるけど、だからって何を言いたいのか。途中で息切れしたのも事実だが、それにしても……。

 さて困った。どこから手を付ければ良いのやら。間口ばかり広くて、何が強いかわからないし、訪問した人に何を期待するのか、どんな期待に応えられるか、その辺りもわかったようでわからないようで、掘り下げと絞り込みが足りないのは明らか。

 言いたくはないけど、私の基本姿勢に関わるのかも。野次馬根性丸出しで、何にでも首を突っ込みたがり、それにしては底が浅すぎる。もっと裃を脱ぎ捨て裸になって、率直に伝えなきゃ伝わらないよね。一方通行のコミュニケーションじゃダメなんだ。

 そういうことで、全面改定を試みる。だからといって時間はないし、知恵もいささか不足気味。それでもチャレンジ、どうなることやらわからない。少し時間が経ったら、また壊したくなるかも。わかりやすさが大切と説いてるのだから、わかりやすくなきゃ。

 コンテンツを入れたり出したり、書き改めたのを捨てたり、途中で仕事もやらなきゃ。出版プロデュースを加えようかな、講演という項目は要らないかな。納得できるまでしばらく、頭の中の整理も求められる。お知恵がある人は、お貸しくださいな。

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2007年7月 5日 (木)

原爆はテロ

 久間防衛大臣が長崎への原爆投下を、ソ連軍の進入を防ぎ戦争を終結させるために、やむを得ない判断と発言したことで、長崎や広島を筆頭に全国民の怒りを招いた。7月末に参院選を控えてることから、辞任で幕を引こうとしてるが、それで済む問題じゃない。

 アルカイダなどのテロ組織が糾弾されるのは、戦闘地域を限定せず一般市民を巻き込むから。たとえ戦争といえども、昔からルールは決められていて、戦闘員および軍事施設への攻撃だけが許されている。無差別の虐殺は、どんな理由を挙げても認められない。

 ナチスのアウシュビッツが非難されるのも、国家権力による民族の根絶が狙いだから。当時の広島では34万人のうち14万人が年内に死亡、長崎では24万人のうち7万人が年内に死亡、老若男女を問わずに殺されてる。目的のために手段は浄化されない。

 大国を中心に核武装を進めながら、日本の被爆以来62年間、ただの一度も原爆が投下されてないのは、それがどれほど悲惨な結果を招くか、国際的に知れ渡ったから。人は間違えるし、歴史としても刻まれる。それを忘れずに、過ちを繰り返さないのが人智。

 国家間の利害や思想の違いはあっても、共存できるのは同じ人類としての認知。皮膚の色が白くても黒くても黄色くても、切れば赤い血が流れ出す。そうした一人ひとりの命を尊重することで、政治を成り立たせてもらわなきゃ、私たちは安心して暮らせない。

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2007年7月 4日 (水)

パラドックス

 組織や個人がどんなポジションに置かれてるか、現状を認識することで次の一歩を踏み出せる。満足できる状態なら、自然に足が前へ進むけど、思惑と違ってれば立ち止まる。今までと同じ繰り返しでは、先行きを見込めないのだから、当たり前だよね。

 やおら周囲を見渡して、うまくいってる成功事例を参照。学ぶ姿勢は必要不可欠、良いところはどんどん採り入れ、強く鍛え上げるのは勝利の方程式。時流を見極め適応しなきゃ、組織や個人の特長を伝えられない。自分の殻の中に引き籠もっていられない。

 足りないところを補うのは良いけど、ここで間違いやすいのは、自分の特長を見失うこと。とりわけ日本人は、明治時代から欧米へのキャッチアップに慣れてるから、新しい手法を提示されて革新を説かれると、チャンス到来とばかりに乗り換えかねない。

 もしかしたら日本人の気質かな。共産党からの転向や全共闘の自己総括など、今までの履歴を全否定。心機一転で巻き返すのが、成功確率が高まると思ってる節がある。やり直すのは良いけど、過去は背負わざるを得ない。良いも悪いも含めて自分なのだから。

 だからといって自分の持ち味にこだわりすぎると、頑迷に陥って二進も三進もいかなくなる。バランス感覚を問われるのは、この辺りかな。自分の足が宙に浮いてないのか、苦しさを乗り越えた後に展望は開けるのか、想像力を働かせなきゃいけないね。

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2007年7月 3日 (火)

mixiで90,000アクセス

 もちろん延べ人数だが、 mixiの足跡が9万人へ到達。たくさんの人が訪問してくださるのは、やはり嬉しい気持ちで一杯。参加してから2年経つが、良いことも悪いことも諸々とあった。リアルとバーチャルの狭間で疑心暗鬼へ陥ったことも。兎にも角にも、皆さん、ありがとう。

 90,000番は、いなちゃんさん。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=776065

 89,999番は、ちゃりーさん。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=5632475

 90,001番は、ゆうきゃんさん。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=273142

 ここのところ、自分の考えをまとめようと、断片的な思索を投げかけてるが、今月の下旬には久し振りの新刊、電子出版も20点を超えて、さまざまな新しいことが始まるような予感。そのために準備したい気持ちが強まる。人と人の繋がりも、積極的に深めていきたいな。

 そのうえでチャレンジ、自分自身を革新。古い酒を新しい皮袋で甦らせて、気力も体力も充実させて、存在感を示したい意欲が高まる。mixiも3年目に突入したから、ポジショニングを捉え直しても良いかな。お互いにお互いを活かせたら素晴らしいな

 簡単に言っちゃえば、若返ろうとしてる。隠居するには早過ぎるから、ジタバタと騒ぎまくりたい。高齢化社会なんだから、まだまだ洟垂れ小僧だよね。人を育てること、教えることに、もっともっと本気になろう。ビジネスに対しても、欲張らなきゃいけないと気づきつつ。

 私の誕生日を迎える10月頃には、10万人の訪問者があるかも。それまでに何らかの形を提示できるよう、この夏は踏ん張ってみるつもり。ご意見、ご批判、ご感想、ご提案、受け入れたいと思うので、さまざまな立場からアプローチしてくださいな。心からお待ちしてます。

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2007年7月 2日 (月)

仕事の設計図

 働かなきゃ食べていけないから、ほとんどの人は何らかの仕事に就くけれど、たいていの場合はすでに枠組みが決まってる。組織に関わるならもちろんだが、独立するにしても業界の掟やら、与えられた環境やら、無地のキャンパスに絵を描けるわけじゃない。

 そこで必要とされるのは、個人の思惑や意識を、既存の価値観とすり合わせること。それはそうなんだけど、根っこのところまで問い直さない。現象を是認して、利益に直結するスタイルを踏襲。それじゃ前を走ってる人に、いつまで経っても追いつけない。

 大事なのは取り組む仕事の本質。どうしてその仕事が成り立つのか、何を世間から求められているのか、自分はどうしたいのか。最初はわからないから、見様見真似で仕方ないけど、一定の修行期間を経たら、自分自身の足場を確かめないとダメだよね。

 やらなきゃならないのは、既に在る設計図の検証。理念と現実のズレはどこで生まれたのか、その時代の必然は今でも通用するか。自分のものの見方考え方と、どこでどれだけの距離があるか。そこが見えてくると、仕事の設計図をカスタマイズできる。

 そうなると闘うために何が足りないのか、何を準備すれば武器になるのか、具体的な行動指針が明らかになる。きちんと身につけたら一歩を踏み出し、通用するかどうか投げ入れてみる。そのうえで微調整、さらに試行錯誤。それからやっと機能する。

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2007年7月 1日 (日)

生煮えのまま

 会期延長した国会で、改正国家公務員法、社会保険庁改革法、年金特例法を強行採決。参院選の投票日を1週間ずらして、多額の税金を費やすのだから、5日間も余すくらいなら、きちんと審議してほしかった。素人の私が見ても抜け穴だらけの法案で成立。

 壊滅状態の自民党を救ったのは、「自民党をぶっ壊す」と発言した小泉前総理。改革を旗頭に掲げ、郵政民営化で民意を問い、圧倒的多数の支持を得て誕生したのが安倍内閣。しかし政治の流れは、明らかに数の横暴。小泉氏が批判した旧態依然の自民党の体質。

 官僚に対しても、国会議員に対しても、既得権を擁護する甘い内容。松岡大臣を自殺へまで追い詰めた反省は、ほとんど窺えないと感じるのは私だけなのか。社会保険庁を民営化することで、年金は保証されるのか。責任を先送りして、国民へ押しつけないか。

 今の政党政治では、選挙をやればどこかが多数派になる。しかし少数党派の国会議員も、国民から選ばれた代表者。安倍内閣の論理に従えば、その人たちを選んだ国民の意見は切り捨てられる。自民党に投票した人だって、専制を許した覚えはないだろう。

 私利私欲に走らず、頑迷に陥らず、虚心坦懐に国政に臨む。それは、ないものねだりなのか。一人ひとりの国会議員は、地元に帰れば信望も厚く、立派な人材に違いない。初心に戻って、国民に尽くすのが、国会議員の役割と思い直してほしい。

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