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2007年6月30日 (土)

職業倫理って

 酷いもんだ。山口県光市での母子殺害事件、最高裁から差し戻され、広島高裁で争われてるが、弁護団の荒唐無稽な茶番劇。七年間の審議を経て、本人自筆の書簡や証人など、明らかに積み重ねてきた事実を全否定。被告人の心の中まで捏造しようと企てる。

 何が狙いなのか。メディアに露出することで、ビジネスチャンスを広げたいのか。死刑廃止のキャンペーンなら逆効果、死者を侮辱して、遺族の心を逆撫でして、お伽話の世界を装っても、天網恢々疎にして漏らさず、真実は被告人の心から消えない。

 何が何でも彼を死刑台へ送りたいわけではないが、延命のためなら形振り構わず、幼い無垢な魂を演じる被告人が、痛ましく哀れにさえ思う。弁護団に教えられた筋書き通り、必死に道化を演じるほど、人々の心は彼から遠く離れていくのに気づかない。

 それより卑劣なのは弁護団。彼らにとって被告人さえ道具。優秀な大学を卒業し、難しい司法試験に合格し、世間から信頼されるべき立場なのに、恥じることなく独善的な主張を貫こうとする。弁護士の資格を有してれば、法廷での与太話まで許されるのか。

 どのような罪を犯しても、被告人は法廷で裁かれる権利を持ち、弁護人は被告人の立場で争える。しかしそれは、鷺を烏と言いくるめることでなく、あくまでも事実に対する解釈。司法に対する信頼を揺るがしたら、私たちは安心して暮らせなくなる。

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