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2007年6月26日 (火)

モラルの根拠

 欧米や中近東では、絶対神への信仰が篤く、聖典に記された規範が、多くの人の心に宿ってるが、日本人は神仏混淆で、特定の教典がスタンダードになってるわけじゃない。だからといって宗教心が薄いということでなく、歴史的にも謙譲の美徳を備えてる。

 それでも自らの人生を、神との契約とは位置付けてない。気にするのは世間の目、自分の言動がどう受けとめられてるか、人の噂や評判に耳を傾け、後ろ指を指されないようにする。江戸時代の石門心学や三方良しの発想が綿々と受け継がれてる。

 こうした社会が成り立つには、個人と社会の結びつきがわかりやすくなきゃ。社会といっても地域であったり、職場であったり、個人が日常生活を営むうえで、具体的に関わってくる空間を踏まえた意識。そこでの規範がルールとして自覚されるのが普通。

 ところが移動距離が長くなり、価値観も多様化してくると、お互いを裸眼で捕捉できない。小さなグループが乱立し、それぞれが独自にルールを定めれば、全体的な整合性は取れない。ましてグループの利益を全体より優先させれば、百家争鳴は当たり前。

 お互いに気持ち良く暮らすために、モラルを必要としてるなら、接点がない人の迷惑など考えずとも、それなりに毎日を楽しく過ごせるというわけ。それが自分で自分の首を絞め、世間を狭くすると気づくには、お互いが繋がってることを、どこかで見つけないと。

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