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2007年4月20日 (金)

辻説法のように

 昨夜は4月というのに氷雨、清話会のセミナーに登壇できたが、予定してたより出足は鈍かった。それでも参加した人は真剣、私の一言一句を聞き漏らさず、緊張感を保ちながら時が過ぎる。どれだけのことを伝えられたか、明日からの日々に何かを変えられるか。

 セミナーそのものは1時間半の講演、でもその後が長かった。担当者を交えて近くの喫茶店へ。熱心な参加者も同席し、しばらくの間は雑談。参加者が帰った後に、担当者と話し込む。正直に言ってその段階では、お互いに素顔を突き合わせていた。

 善し悪しは別として、次の約束がなきゃ、私は人へ入り込んでしまう。相手が熱心なら、なおさらで、いつの間にか10時過ぎ。帰宅すると真夜中、小腹が空いて、なぜか汁粉を食べたくなる。疲れてはいるのだが、妙に頭が冴えて、なかなか寝つけない。

 私が憧れるのは、道元のような修行僧。法然や親鸞、日蓮なども立派だが、道元は骨太で潔さが際立つ。真似すらできないのは承知してるから、せめて演壇に立つときは腹から声を絞り出し、魂を込めて語り尽くす。その思いがどれだけ届けられたのか。

 有り難いことに、こうした機会が舞い込むようになった。5月も6月も舞台は準備されてる。自分自身で創り出す場もあるし、精一杯に勤め上げる覚悟。それ以外にも、自分を掘り起こす作業を求められ、着実に一歩を踏み出す確かさを受けとめてる。

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