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2007年4月30日 (月)

大人倶楽部

 先日、島田倶楽部をやってみたが、テーマがないとわかりにくいし、オフ会にするなら酒や料理が必要。下戸の私にすれば、皆さんとお会いして話すのが目的だから、テーマを決めたほうが楽ということもあり、あれやこれやと考えたが、下手の考え休むに似たり。

 ビジネスの異業種交流会という手もあるが、それには参加者が多くなければ意味がない。名刺交換だけで満足してもらうには、それなりの出会いを演出しなきゃ。起業や経営のヒントになる話も、お土産として欲しいよね。即効性がないと物足りないだろうし。

 それならもう少し視野を広げ、一人ひとりが生きやすくなるために、何を考えてどう行動すれば良いか、私からメッセージを伝え、参加者が皆で話し合う会にしたらどうか。世代を超えた意見交換、それぞれがヒントを持ち寄り持ち帰る。ビジネスへ繋がるも良し。

 タイトルは大人倶楽部。大人としての自覚がある人、大人への成熟を目指す人、自分の足で立って歩きたい人、新しい人生を築こうとしてる人、個人という立場から、それぞれの居場所を求め、さらに活躍するベースになれば嬉しい。迷える人も寄っておいで。

 私を利用したい人、顔を見たいだけでも大歓迎。方向が定まっていれば、惹かれる人が絞り込まれる。そうすると話は具体化して、新しい展開も切り開ける。サロン風な雰囲気で、会を重ねるごとに成熟する。そんなイメージを描いてるが、どんなものだろうか。

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2007年4月29日 (日)

うまくいく人

 お昼過ぎと夕方に相談の電話、それぞれ凄い人なので、私はそっと背中を押すだけ。裏付けのある人が、チャンスを目の前にしてたら、扉を開けるように勧めれば良い。覚悟を決めるときに、承認するのも私の役割。プラスの結果をもたらせれば私も嬉しい。

 うまくいく人に共通するのは、素直で謙虚な気持ちと感謝の心。ちょっとしたアドバイスにも、人の力を借りたことをわきまえる。自分ひとりの力だけでは、自分を活かしきれないと知ってる。それがわかってくると、人間関係の距離感も誤らないようになる。

 少しばかり才長けていても、周囲を見られない人と付き合うと、尽くしたところで骨折り損のくたびれ儲け。そこを見極められるかどうかが、本当のことを言うと人間観察の基本。私の場合は情に流され、理に働き、後から勉強することが多いような気がする。

 それでも歳月を経ると、馬齢でも学習効果が生まれ、いくらかは人を見る目も養われる。若い人が相手だと、無理のない範囲で付き合って、結果を云々しなくてもと思うときもある。たくさんの人にお世話になってるのだから、恩返しのつもりで動いたりもする。

 だからといって厚かましいと、心の芯のほうで拒否反応。人を利用するのは構わないが、それならそれで、可愛らしいところを見せてほしい。でも、実際は逆で、自立できる人ほど人の言葉を受け入れる。根っこで自信があるから、許容範囲が広いんだよね。

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2007年4月28日 (土)

バタン、キュー

 水曜日の朝は4時起床、品川7時の新幹線に乗るには、パスが走らない時刻に徒歩で狭山市まで。今日から3日間の国内ツアー、妻と2人で命の洗濯。最初は岡山の後楽園、随分と訪れてる街なのに初めての見学、ついでに岡山城まで観てきた。

 お昼はバスの中で祭り寿司、総勢16人のツアーだが、私たち以外は60歳を越えてる。これで採算が合うのかな。思ってるうちに倉敷の美観地区。散歩しながら煎餅を囓ったり、みたらし団子を頬張ったり、堀から吹く風が心地良く、歩いてるのが楽しい。

 宿泊は六甲ホテル、夜景がとても美しい。翌日は神戸の異人館巡り、明石大橋を渡り姫路城へ。ここでも歩け、歩け。ハイライトは宿泊する有馬温泉。若い頃に仕事絡みで訪れたときは、銀の湯しか入らなかったが、初めて金の湯を体験し、三名湯は伊達じゃない。

 最終日は京都の世界遺産ばかり、天龍寺から嵯峨野を散策し、清水の舞台から京の街を見下ろして、比叡山の根本中堂まで。修行僧の法話とやらを少し聞いたが、話も下手だし内容も陳腐、途中で抜け出して甘酒を飲んで、そちらのほうが身体には効いてくる。

 朝から晩までよく歩き、よく食べた3日間。自宅に戻れば、日付はすでに土曜日。メールをチェックしただけで、返信もせずに寝てしまった。これだけ遊んだら、しばらくは一所懸命に仕事。人からの相談にも応えなきゃ、バランスがとれないよね。

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2007年4月25日 (水)

打ち合わせ

 午後から打ち合わせが2件、最初は6月の講演、夕方に5月の研修。私の予定が詰まってるので、同じ日に重なってしまった。先方の状況や要望を聞くのは、私にとって勉強になるし、何より語る手応えを得るためのチャンス。有り難いことである。

 そこで感じたのは企業や組織が、本気で人を育てようとしてること。当たり前のようだけど、少し前まではそれほどでもなく、一人ひとりの自助努力に委ねてた。人が足りなくなれば募集し、人材派遣会社を利用するケースも増えていた。要は人の数が大事。

 ところがこのところ、人を育てないと組織の繁栄はないと、気づく企業が目立ってる。とりわけ経営幹部やマネージャー層。団塊の世代が現役を離れることもあるが、コアになる人材を検証し、次世代の人材を育てられるよう、教育に取り組み始めてる。

 どこもかしこも意欲的というわけではないが、こうした意識の差は時間を経るほど、ボディブローのように確実に効いてくる。とりわけ私のように熱く語る講師を求めるのは、企業や組織の温度が高まってるからで、それだけでも成長の兆しがあるということ。

 手前味噌になったが、私もたくさんのエナジーを頂いてる。それをまたフォーラムや交流会へ還元し、少しでも活力を湧かせる人が増えれば、世の中はおもしろくなる。勢いがあるときは全力投球、その積み重ねを財産にして、さらにさらに飛躍しよう。

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2007年4月24日 (火)

生きていれば

 日曜日の朝日新聞の朝刊に、年間3万人を超す自殺者の8割が、誰にも相談せずに死んでいくと報じられてた。これは厚生労働省が遺族や自殺未遂者1,700人に調査した結果。自殺者のうち未遂歴がある人は1割、従来の欧米の研究では2〜5割の未遂歴がある。

 事故や事件で死ぬ人も多いのに、自ら命を断つ人が年間3万人を超えるのは、実に悲しく歯止めを掛けたい。そうした思いから行動を起こして、自殺ゼロキャンペーンを展開するのが、私のマイミクでもあるオキタリュウイチ氏。私もお役に立ちたいと考える。
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=6210

 生きていくのは、一筋縄にいかなくて、五体満足に生まれ、平穏無事に暮らすのは、実のところ並大抵ではない。病気や災害、選択の失敗、信頼する人からの裏切り、躓きの石はあちらこちらに仕掛けられてる。私自身も、何度滑って、転んで、挫けたことか。

 時折メールや電話で相談されると、自分の力のなさを思い知らされ、適切なアドバイスを与えられたか、後になって迷うことも少なくない。圧倒的に不利な状況のとき、闘いながら切り抜けるしかないのだが、その闘いは絶対に攻撃を仕掛けることではない。

 あるがままの事実を受け入れて、自然体で対処すること。甘えられる人がいれば、身を委ねて甘えれば良い。大切なのは生きてること、今日一日を凌ぐこと。張り裂けそうな痛みに、正面から立ち向かえば潰される。堪え忍んでいれば、風が変わることもある。

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2007年4月23日 (月)

多士済々

 島田倶楽部ということで、中野区立商工会館の大会議室、その片隅で雑談会。参加してくださったのは、それぞれに個性豊かで魅力に溢れ、言葉に重みがある人ばかり。出版からセミナー、web、ビジネスと、話題は転がりながら深みを増していく。

 それぞれが専門的な経験に裏付けられながら、私にもわかるように話してくれるから、長い時間を話し合っていても興味津々。これから考えるヒントがたくさん、一つひとつ噛みしめていけば、新しい展開が生まれてくるかもしれない。私としては大喜び。

 ところで参加した人にすれば、少しばかり消化不良だったかも。テーマを設定してないから出口もなく、結論を導くようなこともない。話としてはおもしろかったが、だからどうなの。そこを創意工夫しなきゃ、同窓会の雰囲気で終わってしまう。

 この辺りが課題かな。たとえ30分間でも、基調講演くらいしたほうが良かったかな。島田の顔を観ただけで帰したら申し訳ない。次に繋がる切っ掛けを遺せなかったので、それは私の宿題として解決して、具体的に提示しなきゃケリはつかないよね。

 誰も来なくても仕方ないのに、集まってくださった人たちには感謝、それも凄い人たちばかり。mixiがなきゃ出会わなかったが、今になっては私にとってのキーパーソン。せっかくのご縁を大切にして、小さな芽を育てたい。皆さん、お知恵を貸してくださいな。

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2007年4月22日 (日)

どっと疲れが

 久し振りの営業マンフォーラム、その前に会いたいという人がいて、午前中に新宿で待ち合わせ、2時間くらい話してた。初対面なのに、あれこれとアドバイス。一所懸命になってしまうのは私のクセ。お土産に和菓子をもらって、昼飯代わりに食べちゃった。

 年度初めなのか、冬眠が長かったのか、会場がわかりにくかったのか、フォーラムは出足が鈍く、7名で再スタート。でも少数精鋭の集まりで、いつもより皆が真剣。私もテキストを作成し、1時間をみっちり語り尽くす。気合いが伝わった感触が心地良い。

 その後のディスカッションも、それぞれが具体的なテーマを示して、私が真正面から受けとめる。人数が少ないだけに、密度の濃い時間を過ごし、交流会を予定してたのに、5時まで真剣モード。この辺りでかなりお疲れ、だからといって誘われたら断れない。

 4人で居酒屋へ、私はウーロン茶。しばし雑談が続いたけど、その後に具体的な相談。身を乗り出して考え、細かいところまで修正し、少しはプラスになるヒントを示唆できたかな。気づくと時計の針は9時を過ぎ、そう思ったとたんに足腰がふらついて。

 狭山市駅に着いたら終バス、最近は妻に電話しない。右肩が上がらないのに、駅まで私を送るから、迎えまではさせたくない。ほんのひととき、お茶を飲んでから、パソコンでメールをチェックしてたら真夜中。明日もあるから、今晩はおやすみなさい。

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2007年4月21日 (土)

沖縄の黒砂糖

 郵便物を出さなきゃいけないので、散歩がてらに近くのスーパーへ。沖縄の黒砂糖を3袋、ついでにピスタチオ。妻とギリシアで遊んだとき、地中海の島々を巡ると、そこかしこで売ってた。今となれば、随分と昔のような気がする。暖かいから思い出したのかな。

 沖縄の黒砂糖は、売ってそうで売ってない。欠片になっていて、口に含んでると溶けていく。パソコンの前での作業が続くと、疲労回復になると信じてるが、よく考えるとサーカスの熊みたい。黒砂糖ひとつで芸をして、機嫌良く頑張れるのだから。

 お酒が飲めないからなのか、甘い物が大好物で、チョコレートでもお饅頭でも、食べ始めたら切りがない。それでも流石に黒砂糖は少しだけで満足、過ぎれば喉が渇くし、食欲も失せてしまう。私の祖父が缶から飴を取り出し、こっそり舐めてたのも覚えてる。

 片付けなきゃいけないことが諸々あって、面倒な作業を続けていたからなのか、このところ黒砂糖の消費量が増えていた。それもようやく目途が付き、本来の仕事へ戻れそう。今日と明日はたくさんの人と会える予定、苦あれば楽もあるからね。

 お天気も良くなって、風が吹いても南風。足腰も軽くなってる。どこまで行けるのやら、自分でもわからないけど、歩けるうちに歩いておこう。休みたくなくとも、立ち止まるときだってあるし、引き返すことだってあるかも。でも、疲れたら沖縄の黒砂糖。

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2007年4月20日 (金)

辻説法のように

 昨夜は4月というのに氷雨、清話会のセミナーに登壇できたが、予定してたより出足は鈍かった。それでも参加した人は真剣、私の一言一句を聞き漏らさず、緊張感を保ちながら時が過ぎる。どれだけのことを伝えられたか、明日からの日々に何かを変えられるか。

 セミナーそのものは1時間半の講演、でもその後が長かった。担当者を交えて近くの喫茶店へ。熱心な参加者も同席し、しばらくの間は雑談。参加者が帰った後に、担当者と話し込む。正直に言ってその段階では、お互いに素顔を突き合わせていた。

 善し悪しは別として、次の約束がなきゃ、私は人へ入り込んでしまう。相手が熱心なら、なおさらで、いつの間にか10時過ぎ。帰宅すると真夜中、小腹が空いて、なぜか汁粉を食べたくなる。疲れてはいるのだが、妙に頭が冴えて、なかなか寝つけない。

 私が憧れるのは、道元のような修行僧。法然や親鸞、日蓮なども立派だが、道元は骨太で潔さが際立つ。真似すらできないのは承知してるから、せめて演壇に立つときは腹から声を絞り出し、魂を込めて語り尽くす。その思いがどれだけ届けられたのか。

 有り難いことに、こうした機会が舞い込むようになった。5月も6月も舞台は準備されてる。自分自身で創り出す場もあるし、精一杯に勤め上げる覚悟。それ以外にも、自分を掘り起こす作業を求められ、着実に一歩を踏み出す確かさを受けとめてる。

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2007年4月19日 (木)

声を出し続ける

 海の向こうで大学生が32人を射殺、あげくの果てに自殺したという。銃社会アメリカならではの事件と思ってたら、選挙戦の途中で長崎市長へテロ、犯人は緊急逮捕されたが、市長は手当ての甲斐なく出血多量で死亡。痛ましい事件が相次いでる。

 当たり前の話だが、民主主義は面倒臭い。自分の意見に賛同する人ばかりなら、話は簡単で心地良いのだが、必ず反対する人もいれば、筋違いで誤解する人までいる。その都度に説明を繰り返し、理解と共感を得るのがルール。問答無用を許しちゃいけない。

 しかし人はそれぞれ、同じ立場にいないから、誰もがいつでも議論を仕掛けられるわけでもない。土俵で相撲を取るには、そこまで進むことを求められる。世の中の競争ルールが公平じゃないこともあり、苛立ちを隠せない人がたくさんいるのも事実。

 それでも辛抱強く訴えて、世の中を少しずつでも変えていく。ときには自分が間違ってるかもしれないと、謙虚に反省することも大事。だって自分の理屈だけを押しつけてたら、声の大きい人の天下に従うしかなくて、いつ抹殺されるかわかったものじゃない。

 自分の声が届かなくとも、意見に耳を傾けてもらえずとも、創意工夫を凝らして繰り返し発言、どうすれば伝わるかに徹底的にこだわる。敵を減らし味方を増やすことが、自分の可能性を切り開く。今さらながらに再確認し、すべての暴力を否定したいと考えた。

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2007年4月18日 (水)

それぞれの思惑

 久し振りに国司先生からお電話、要件は些細なことだけど、お互いに状況報告してると、知名度が高ければ高いで、いろいろなご苦労があるらしい。国司先生はご高齢だけど、その人脈は華やかで、今でも一流企業の会長や相談役を務めてる人もいる。

 松下村塾ではないが、自分自身の人生観や価値観、哲学を次世代へ伝えるために、国司先生は月に2回、那須から上京してる。ところがそこへ集まる人たちは、必ずしも先生に師事したいばかりではないらしい。先生の人脈を利用したい人もちらほら。

 それでも仁義を切って、先生に紹介を請うならわかるが、抜け駆けのように経営者を訪問。門前払いに合うばかりでなく、経営者から先生へ問い合わせ。寝耳に水で驚かされるのはお気の毒。他人の褌で勝負するなら、持ち主の顔を潰さない配慮は当たり前。

 国司先生が求めてるのは、ビジネスでも金銭でもなく、自らが歩いてきた証を伝え、関わる一人ひとりにヒントを示唆すること。手弁当でもやらなきゃいけないと、腹を括って人生と向かい合う。私が共に歩まないのは、お互いが築いた哲学の違いかな。

 国司先生には、私塾であると明らかにしたほうが、近寄る人の峻別ができると伝えたが、この手の話は随分と耳に飛び込む。人と人が付き合う距離感は微妙で、悪気がなくとも心証を害したり、虎の威を借る狐になって気づかなかったり。他山の石にしなきゃ。

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2007年4月17日 (火)

雨でも暖かくて

 小糠雨降る日本橋人形町、事業プランの提案を求められ、宿題を与えられた気分で甘酒横丁へ。平日ということもあり賑わいはないけど、江戸の下町の情緒が漂ってる。道行く人たちは傘に隠れてるが、町並みをぼんやり眺められるのがフリーの気楽さ。

 帰宅してメールを開けると、いくつかの案件が届いてる。すでに会社の定時は過ぎてるから、少し落ち着いてから返信しても間に合う。全体のバランスをとりながら、先方が納得できるように。一つひとつが自己責任、人に任せられないのがフリーのしんどさ。

 それでもここのところ、時間が動き出してる。貧すれば鈍すで、うまくいかないときは空回り。クリアすべき課題があるのは、とても有り難いこと。新しいチャレンジも大歓迎、すべてに成果を導けるとは思わないけど、やらなきゃ何にも繋がらないし。

 夕食は筍御飯、今の季節だけ味わえる。湯豆腐、茄子のしぎ焼きとお澄まし、お漬け物。最近はこの種の献立が嬉しい。たまには肉も良いけど、サッパリしてるほうが負担が掛からない。いつものように2時間ドラマを観て、さあさ、これからがシンキングタイム。

 どうすれば自分の言葉を伝えられるか、それはもちろん大事だけど、それ以上に重要なのは、先方にどのような影響を及ぼし、プラスの方向へ寄与できるか。正論を吐いたところで、受けとめてもらえなきゃ、自己満足で終わっちゃうからね。

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2007年4月16日 (月)

男とか女とか

 今どきの時代に、男女の優劣など問われると、何やら不思議な気分。私の目には、男は直線で描かれ、女は曲線で描かれ、お互いに足りないところを補い合う。同じ重さの鉄と綿がぶつかれば、鉄が綿を切り裂くけど、それは単純に性質が違うだけの話。

 言うまでもないことだが、性差の背景にあるのは生殖だが、社会生活の変化が大脳に影響を及ぼし、性行為はさまざまな組み合わせで果たされてる。そうなると性的パートナーの選択さえ、男女差でなく個人差が根拠。異性に惹かれる感性は原初的なもの。

 自分自身を振り返っても、妻との始まりは男と女だったが、一緒に同じ道を歩み続けることで、人と人の関係になったような気がする。台所に立つのは妻だが、それは私が無器用なせい。最近は肩の上がらない妻に代わって、私がフライパンを手にしたり。

 それでも脇で見ている妻がダメ出し、最後の仕上げは妻がやっている。食卓を揃えたり、食器を片付けたり、私の役割はお手伝い。共に暮らしているなら、どちらがやっても構わない。外出するときに私が荷物を持つのも、筋力は私のほうがあるからだけ。

 凄い男もいれば、ダメな男もいる。凄い女もいれば、ダメな女もいる。性についていうなら、つがいの相手を選ぶまで。パートナーが決まれば、男も女も人として付き合うのが自然。今の環境がそうなっているかは別問題、歴史的事実が正しいとは限らない。

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2007年4月15日 (日)

人との出会い

 初対面の人と出会う機会が増えてるが、どうも私の場合は遅咲きのようで、最初から意気投合するより、時間を掛けて熟成したほうが、うまくいくケースが多いみたい。そうは言っても確率の問題だから、スピーディに事が運ぶことだってある。

 そうした点でmixiは、私にとって有り難い存在。リアルでは初対面でも、それまでに日記へのコメントやメールなど、コミュニケーションをとれるから、ある程度はお互いの距離を縮められ、お会いした後のフォローまで。顔の輪郭ぐらいは伝え合えるのかな。

 私くらいの年代になると、賀状の交換だけという関係も多い。自分では同盟を結んだつもりでいても、相手を取り巻く環境が一変して、話が噛み合わなくなった経験も。親密な時代が長いほど、どこか裏切られたような気分。相手が悪いわけじゃないのに。

 mixiに日記を書いてると、毎日レポートを提出してるようで、読む人がそれぞれに受け取ってくれる。コメントを書いてくれなくとも、伝えた言葉が届けばそれだけで充分。足跡が残っていると、私は繋がってると安心する。具体的な話があれば会えば良い。

 実際に行動を起こすには、タイミングが必要不可欠だし、すべてを一気に進められないから、mixiという環境は私にとって最適。自分のペースに合わせながら、スケジュールもコントロール。嬉しい出会いの種を蒔きながら、それが実る日を楽しみに待てる。

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2007年4月14日 (土)

大忙しって!?

 朝一番で入間の丸広へ、折り返して川越の万世。TVドラマでハンバーグを食べるシーンを見て、無性に食べたくなっちゃった。久し振りだったので凄く美味しい。ここまで来たら足を伸ばそうと、義母を見舞うことに決めた。新しい施設に移ってから初訪問。

 今日は意識も鮮明で、妻の顔を見て喜んでくれた。手を握られて驚いたたのは、肉が付いて力強くなり、皺が目立たない。ベッドから半身を起こせるようになり、元の状態には戻らないだろうが、随分と元気になって嬉しい。やはり親子、妻の顔が綻んでる。

 狭山へ戻ると疲れたようで、日帰り温泉で骨休め。ゆっくりしたいとのご要望に応え、夕方までのんびりとくつろぐ。近所の天然温泉は極楽、こんな日が毎日続いたら、身体の芯までとろけちゃう。頭の中も空っぽ、ゆらりゆらりと雲が飛んでいく。

 そうは問屋が卸さなくて、帰宅すると来週の打ち合わせ、6月の講演依頼とその打ち合わせ、それ以外にもいくつか大事なメール。気分を切り換えたとたん、シャキッとさせてくれるから有り難い。コミュニティを立ち上げる約束もあり、これも急がなきゃ。

 ようやくメリハリがついてきて、エンジンも暖まってきた。空吹かしすることもなく、アクセルを踏むたびに力が伝わる。無駄に思えた動きの一つひとつが、小さな芽を伸ばしてきて、私の背中を押してくれる。遊んだら遊んだ分だけ頑張らなきゃ。

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2007年4月13日 (金)

また、やっちゃった

 今日は名古屋の人と打ち合わせ、忙しい人だから、私が絡む予定になってる出版事業の基本をすり合わせたら、そこでお仕舞いにするつもりだった。ところが話が弾んで光陰矢の如し、気づいたら5時間30分、名古屋まで帰らなきゃいけないのに……。

 20代から沈思黙考し、全速力で動き、密度の濃い人生を送ってるから、背景が深くておもしろい。30代を迎えて、世のため、人のため、そして自分のために、事業を立ち上げる。エネルギッシュだから視野も広く、私としては出版への思いを確認したい。

 そうすると地金が表れ、純粋で少年のような魂が伝わって、本気でプロデュースする気になった。本を出したい人のお手伝いをする仕事だが、クオリティにも強い関心を持っていて、単に作れば良いとは思ってない。自分のライフワークとして腰を据えてる。

 自分を成長させた人や組織に恩義を感じ、続く人を育てたい熱意を抱いてる。その夢がすぐに実現できると判断せず、そこへ至るプロセスを地道に設計。決めた後の行動は大胆で、気っ風の良さも魅力のひとつかな。その結果として、人脈も多彩で興味深い。

 私も援護射撃、いくつかのアイデアを提起する。それを行動へ移すつもりだが、最近の出会いの中では、他にものめり込みたい人がいて、そこでの活動にも積極的に絡みたい。周囲が動き始めただけに、私自身の自己コントロールが極めて大事かな。

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2007年4月12日 (木)

爺の哲学

 人は誰でも完璧じゃないから、その気になれば批判するのは簡単だけど、口から吐いた言葉は元に戻らず、同じ強さで自分を斬りつける。そのくらいのことはわきまえ仕掛けないと、言葉が軽く宙に浮いてしまい、誰からも信頼されないことになる。

 そうは言っても自らを省みず、批判せざるを得ないこともある。それは相手が圧倒的に強く、放置したら押し流されてしまうとき。蟷螂の斧かもしれないが、倒されるにしても一太刀浴びせ、自らの思いを明らかにしておきたい。玉砕しても良いじゃないか。

 この辺りのバランスが、いささかおかしくなってる。弱い相手に全力でぶつかり、強い相手には沈黙を守る。挑まれたからといっても、相手と自分の力を測り、勝てる相手なら闘いを回避し、自分の味方になるよう諭すのが賢明な策。味方は多いほうが楽だもん。

 若い人は血気に逸って、自分の正義を貫こうとするが、私たち爺の目で見ると、調整できる余地がいくらでもある。握手できる相手と闘ってたら、自分で世界を狭くするだけ。だからといって意見も主張できないようじゃ、自分の居場所なんて見つけられない。

 志を高く掲げ、それでいて謙虚に素直に歩む。それが、歳月を重ねて私の腹に落ちた流儀。ものごとの本質に近づくには、われ以外皆わが師。孫娘から教えられても、有り難いと受けとめたほうが、間違いなく自分を成長させられる。でも、闘うときは闘うよ。

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2007年4月11日 (水)

美女とランチ

 半年ぶりの再会かな。池袋の静かなレストランで、食事中は雑談だったけど、珈琲が出る頃には近況報告。誰に対し何をどうやるのか、かなり具体的に絞り込まれてる。最後の詰めを誤らなければ、ビジネスとして離陸して成果を導くプロセス。たいしたもんだ。

 初対面は1年ほど前、夢を抱いてるのもわかるし、聡明なのも認めるけど、正直に言って観念の空回り。基本的に主婦だから、一番の関心事は子育て。意欲が旺盛なのは買えた。それから半年後、もしかしたらと思わせるほど、事業構想がまとまってきた。

 それからさらに半年、唸るところがいくつもあり、ビジネスとして関わりたい食指が動くほどに。逞しいな。会う度にキラキラ輝いてくる。これでビジネスが軌道に乗れば、もっと堂々と振る舞えるようになり、アイデンティティを確立できる。

 この人に限ったことではないが、できる女性が備えてるのがリアル感覚。そして素直に人の言葉を聞く姿勢。半年前に言ったことをきちんと採り入れ、プログラムを深め進化させてる。人の繋がり方を見ても、慎重だけどぶれないから信用できる。

 やはりお喋りに夢中になって3時間、私もたくさんの刺激を受ける。いつもよりは短めなので、苺のケーキを買って帰る。家には美女じゃないけど、長年連れ添った片割れが待ってる。二人で紅茶を飲みながら、TVのニュースのことなど語り合う。

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2007年4月10日 (火)

遅々として進まず

 髪が伸びてきたので床屋へ、天然温泉の中だから、当たり前のように朝湯。やはり大きなお風呂は良い。およそ2時間、リラックスしてると、疲れがどんどん溶けていく。のんびりとお湯に浸かるには、絶好の曇り空ということもあって、いつの間にかお昼過ぎ。

 ほんのちょっと作業を進め、ついつい夢を観ていた。途中はわからないけど、追われて塀を飛び降りなきゃ。大丈夫と思ったのに意外と高い。逡巡してる間に目が覚めて、ジャストタイミングで孫娘から電話。土曜日に幼稚園の入園式があったはず。

 今日から通い始め、いささか興奮してる様子。お勉強をしたけれど、うまく答えられなかった。それでもお友だちができて、不安ながらも一歩を踏み出す。これから毎日、いよいよ社会に慣れて、新しいことを覚える。笑い声を聞けるだけで、爺はほっとする。

 私も諸々とやらなきゃいけないのだが、さまざまな事情で思い通りに展開しない。HPも手直しを進めてるが、講演と研修はどう違うのか、伝え方を絞り込めず足踏みしてる。連絡が欲しい人もいるけど、こうしたときに限って梨のつぶて。いささか疲れたかな。

 そうは言っても元気を出さなきゃ、私の持ち味は活かされないから、大きく深呼吸して問題を整理。できることから地道に作業、それが後になって効いてくる。どのような展開になっても、対応できるようにしておかなきゃ、困るのは他の誰でもなく自分だから。

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2007年4月 9日 (月)

人を選ぶには

 統一地方選ということで、私が暮らす狭山市でも埼玉県議選。ところが立候補者の顔もわからない。調べておかない自分の手落ちだが、広報も届いたのかどうか覚えてない。他の地区では無投票で当選が決まるケースも。国政と比べると盛り上がりに欠ける。

 これが知事選ともなれば、いささか雰囲気も違うし、市議選ならば身近なのに、そんなことを考えるのは当事者意識の欠如。棄権するよりマシと、散歩がてらに妻と投票所の小学校へ。取り敢えず権利は行使したが、スッキリしない気分は拭えない。

 正直に言って立候補者も少なく、日常との関わりも見えにくいから、スルーする人が増えるのもわかるような気がする。立候補者にすれば地盤を固めるのが先決、遠い将来を見据えて政治を語るのは後回し。選ぶ側が意識しなきゃ、現状は変わらないのに。

 よく考えてみると、これは政治に限ったことではない。判断に迷うときは、平気でスルーしてるけど、それは棄権するのと同じ。誰かがチャンスを掴んでる。スルーを繰り返してると、いつの間にかどこかへ流される。不平不満を呟いても、後の祭りになるだけ。

 それがイヤなら、自分がどうしたいかをハッキリさせ、何を選ぶかを決めなきゃならない。眼鏡にかなう人がいなくとも、一番近い人と繋がって、関わりの中で影響を及ぼせば良い。能書きを垂れるより、最初の一歩を踏み出す。何にでも当てはまる気がする。

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2007年4月 8日 (日)

公園を歩いて

 桜のきれいな稲荷山公園を観てから、遠回りして智光山公園へ。私たち夫婦は、ここで散歩するのが好き。どうしてなのかを考えると、自然を採り入れながら手入れが行き届いてるから。他の公園は人工的なものが多かったり、自然なまま放置されてたり。

 智光山公園を散策すると、数カ所で年長の人たちが、熱心に作業する光景と出会う。除草したり、伐採したり、もちろん清掃もこまめ。犬を連れてる人もリードを手放さず、行き交うときには手元に引き寄せる。一人ひとりが市民の森として大切に扱ってる。

 半周を歩いたところでベンチに座り、妻が持参したお握りを頬張る。枝垂れ桜が目の前、日の光が柔らかく、お昼前なのに平らげてしまった。ゴミ箱はないから、卵の殻やらサランラップやら、当たり前のように持ち帰る。きれいな場所は、そう簡単に汚せない。

 近隣の街と比べて、狭山市民の品位が高いとは思えないから、やはり公園を管理する意識の違い。随分と昔にヨセミテ国立公園を訪れたとき、同じような印象を抱いた。ありのままの自然では、私には手強すぎる。人の手がやさしく加えられて丁度良い。

 こうした匙加減がわかってくるのが、歳を重ねてきた知恵に違いないが、翻って自分自身を問い直してみると、声高に正論を振りかざしてないか。皆にそれぞれ可能性が秘められ、素晴らしいところがたくさんあるのだから、それを素直に認めることが大事。

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2007年4月 7日 (土)

小僧寿し

 妻が友だちと昭和記念公園へ、少し遅いお花見みたい。お昼をどうしようかな、面倒なので近くの小僧寿し。久し振りだったけど、寿司は江戸時代のファーストフードと思い出す。ネタは冷凍で、さして旨くもないけど、ひとりで食べるなら充分かな。

 ぼやぼやしてたら、私も出かける時刻。新宿で電子出版の打ち合わせ。正直に言ってフィーは安いが、過去のコンテンツを埋めさせるより、新しい形で世に送り出したい。紹介してくれる人を信用してるので、細かいところはスルーして、ご縁を大切にしよう。

 初対面の人は実直そうだが、コンテンツ事業を手広く営む。さまざまな展開が予測され、それはそれでこれからの楽しみ。諸々と雑談を含めて3時間、それでも近頃では短いほう。自分自身の内側から溢れる言葉を、抑えきれないようなエナジーを感じる。

 帰宅すると、やはり妻は疲れていて、夕食は簡単に煮込み饂飩。それでも食卓を囲む相手がいると、一つひとつの素材の味がするから不思議。電車で座れても、肩胛骨が痛むらしく、TVを観ながらさすってると、そのときだけは凌げるみたい。痛むのだろうな。

 穏やかな時間も、加速する時間も、私にとってはどちらも大切。周囲の景色が移っていくようだが、私は大地に足をつけながら、振り回されないように、振り落とされないように、悔いの少ない決断を繰り返す。お呼びが掛かるうちが花、精一杯にやってみよう。

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2007年4月 6日 (金)

豚しゃぶ

 今晩は豚しゃぶ、40代の頃に先輩のコンサルタントが、ご馳走してくれると豚しゃぶが出てきたときには、牛じゃないのかと思ったりしたけど、近頃は豚のあっさりした甘みのほうが、身体にやさしいような気がしてる。もしかしたら、これも歳のせいなのかな。

 若い頃には小鳥じゃないと、箸も付けなかった葉物の野菜。それが今では美味しいんだよね。水菜に長葱、レタスまで、鍋の底まですくい取り、豆腐や湿地と一緒に頂く。全体に食の嗜好が軽くなってるみたいだが、相変わらず甘味は好物で、黒砂糖を舐めたり。

 芭蕉が説いた不易流行は、時代のことだけじゃなく、人の身体にも当てはまるのかな。変わるもの、変わらないもの、それは何に根ざしてるのだろう。ものの見方や考え方にしても、若い頃と比べたら随分と違う気もするが、その実どうなんだろう。

 自分では柔らか頭と思っていても、人と話したりすると、意外に頑固と気づかされたりする。懐は深くなってるはずだけど、ケチな了見が頭を擡げたり。格好悪いけど、人生は螺旋階段だから行きつ戻りつ、エスカレーターで頂上へ登るわけにいかないやね。

 それでいて凝り性だから、気になるとさあ大変、回り道とわかっていても、そこで作業が始まっちゃう。ストンと腹に落ちるまで、ディテールにこだわっちゃう。でも、これからたくさんの人と会えば、また変わっていくよね。成長するに決まってる。

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2007年4月 5日 (木)

お疲れさま

 今日は新規事業の打ち合わせ、と言っても構想の段階で、これからどのような形になるのか、誰と誰がどう絡むのか、具体化されてないところが多い。その一方で期待が高く、どのようなスタンスが最適なのか、応える力があるかも含めて、私としては戸惑う。

 人生を賭するくらいの意気込みも伝わってくるし、評価されてるのも素直に嬉しい。コンセプトの方向もおもしろいし、実に魅力的な誘いなのだが、本気で関わるとなれば大仕事。スケジューリングも含めて捉え直し、裏付けが明らかでないと乗りにくい。

 そんなこともあってか、少し喋りすぎたかも。レジメを準備してくれたのに、その周辺をウロウロして、なかなか本題へ踏み込めなかったのは私のせい。友人をひとり紹介してくれたのだが、初対面のその人にすれば、煙に巻かれたような印象だったかな。

 いろいろと宿題を与えて別れたけど、私からもレポートを提出しなきゃいけないかも。小手先で対応できることじゃないので、腰を据えて考えないと失礼。相手の本気に真剣勝負、それが私の持ち味だから、そこのところはきちんと守っておかないと。

 今日も午後1時から6時間、私も随分と疲れたけど、同席した2人はクタクタに違いない。今までのことも整理して、話が前へ進むような形にして、それをヒントに考えてもらわないと、堂々巡りをさせてしまうかも。ちょっぴり気の毒だったと反省中。

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2007年4月 4日 (水)

仰ぎ見れば空

 朝日新聞の記事で、自殺ゼロキャンペーンを展開しようとする人を紹介。徳島にいたときに、ヘブンズパスポートという企画で、全国15万人を巻き込んだ実績を持つ。ボランティアとはひと味違う発想に興味を抱き、連絡したら会ってくれるとのこと。

 柔らかな雨をすり抜けながら、渋谷駅からしばらく歩き、ビルの一室で二人きり。この人も私より二回り下の辰年、先月の初めにも同い年の若い人と会い、感性の鋭さに驚かされたばかり。ちょっと話を聞くだけのつもりが、気づいたら5時間経っていた。

 一つひとつの話が新鮮なのは、ものの見方考え方がポジティブ、そのうえ既存の枠組みに捕らわれてない。だからといって自由奔放なわけでなく、目の前の相手を必死に理解しようとする。実績を見ると煌びやか、20代の前半から海外からも高い評価を受ける。

 お互いの自己紹介や、これから何をやりたいか、どんな風に広げたいか。そんなことを話していただけなのに、仲間になったような感覚。具体的にどう走るかは、コミュニケーションを積み重ねてからだけど、私の心の中にはすでに深く食い込んでる。

 すでに日も暮れて、夜空には星もないが、渋谷まで歩いてると、疲れてるはずの足取りが軽い。凄い人って、たくさんいるな。背中を丸めてると気づかないが、胸を張って前へ進むと、あちらこちらで声を掛けられる。またひとつ、新しい可能性が開く。

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2007年4月 3日 (火)

風に吹かれて

 所沢に用事があったので、航空公園に寄り道。桜の並木道を散策すると、日本人に生まれてきて良かったと思う。薄曇りなら穏やかに、晴れていれば鮮やかに、桜は私を包み込む。すでに葉桜も目立ち、刹那的だからこそ美しい。花は桜木、人は武士。

 そんなこと言ったって、実際にはしぶとく生きる。二枚腰、三枚腰が身上だから、よけいに潔さに憧れるのか。はらはらと風に舞う桜の花びらは、後を嗣げよと伝えてるみたい。でも、私が似てるのは、踏まれても根を生やす雑草、花は開かずとも実を結ぶ。

 春は一瞬に過ぎ、真夏の太陽に照りつけられ、黄金色に染まる秋を迎え、冬の寒風に吹かれて、それでも絶えることなく生命を燃やす。人の目には雑草にしか映らないが、一寸の虫が五分の魂を育むには必要不可欠。大切なのは、いつもそこに在り続けること。

 桜は桜の使命を果たし、華やかに里を染める。雑草は雑草の領分を守り、生命の営みを支える。どちらも自然の中で、持ち味を活かし、それぞれの天命に従う。桜は桜で在ることを疑わず、雑草は雑草で在ることを疑わない。人だけが疑心暗鬼に悩み迷う。

 すっきりと空へ向かい、一本に伸びていけば良い。自らの生命を燃やし尽くし、叶えられないことは次世代に託す。よけいなことを考えるから、袋小路を漂い出口を見いだせない。光在るうちに光の中を歩み、ひたすらに励めば、それで充分に役割を果たせる。

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2007年4月 2日 (月)

日本人の宗教観

 日本人はどこが凄いのか、特質はいろいろあるが、その中でも一番に挙げられるのが、人の話をよく聞く姿勢。自己主張する前に、相手の立場を理解しようとする。七人の話を同時に聞いた聖徳太子の時代から、衆知を集めて和を説くのが日本人のスタイル。二元論で世界を捉えない。

 お正月に神社を詣で、クリスマスを楽しみ、葬式はお寺に頼む。日本人には何の不思議もないが、これは極めて稀な宗教観。仏教が伝来し国家鎮護の役割を担っても、八百万の神々を崇める姿勢を保つ。国家神道の時代に廃仏毀釈を唱えても、お寺を大切にする風潮は消えない。

 人によっても時代によっても異なるが、日本人にとっての宗教は、基本的に文化であって哲学ではない。その典型がキリスト教の伝来、西洋の技術と科学を学ぶために、信長は布教を受け入れたが、影響力の大きさに驚き、後になって家康が弾圧するが、南蛮寺などの発想は日本流。

 内村鑑三の『代表的日本人』には日蓮が描かれてる。異教徒であることよりも生き方に共感し、人物として認めるのが日本流。何を信じているかでなく、どう生きてるかを問うてる。こうした発想の原点には、常に人間を中心にした思考があり、厳しいまでの当事者意識が脈々と流れてる。

 神仏という言葉があるけど、日本人の宗教観は、人智を超えた存在は須く崇め奉る。自らが一歩退いて、謙虚に対応するのを、自然に身につけてる。一神教ではないが、無宗教というのとも違う。他人が信じる神を、自分が信じる神と、同じように敬う。私には、それが素晴らしいと思える。

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2007年4月 1日 (日)

改めてスタート

 新しい年度に切り替わり、私も初心に戻る良い機会。このところ数多くの出会いがあって、共通するのは人を育てるテーマ。いつの間にか50代も半ばを迎え、次世代へ伝える役割を担ってるということなのか。できることをきちんとやらなきゃ、この世の中に私の居場所を見つけられない。

 そうは言っても、どのような人に育てるのか。老若男女、価値観は十人十色。私が理想とするのは、自分の頭で考え、自分の心で動ける人。主義主張や立場は違っても、お互いが自立していれば、話し合うことでより良い方向を見いだせる。ひとつの情報に接しても、正誤を自己責任で判断できる。

 私たちは、どこから来てどこへ向かおうとしてるのか。それを知るためには、歴史を紐解かねばならない。善し悪しは別として、私たちは日本の風土に育まれ、日本人の意識に影響を及ぼされてる。国際化が進むほど、日本人としてのアイデンティティを問われ、遺伝子が色濃く表される。

 情報技術の加速的な進歩と、規制緩和がもたらした環境の急激な変化で、私たちは不安に襲われているが、こうした時代こそ原点に立ち戻り、自分が何を成すべきか、何ができるのか、確かめることが大事。身の丈に合わせて暮らさないと、贅を尽くしても息苦しくなる

 だからといって日本を美化するつもりもないし、今の時代を一方的に批判するつもりもない。自然体で自分の持ち味を掘り下げれば、幸せへ至る最短路を示せないか。試行錯誤を繰り返しながら、最適な方法を追い求めていきたい。どちらにしても毎日が勉強、その姿勢は変わらない。

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