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2007年3月31日 (土)

誰が教えるの

 政府の教育再生会議は学校再生分科会で、道徳を教科に格上げするように提言する方針を決めた。すでに道徳の時間は実施されてるが、熱心に指導されてないと現状認識。教科にすることでテキストが定まり、道徳心や規範意識の根底を伝えられるという発想。教科であれば評価も想定される。

 再生会議を担当する山谷首相補佐官は、道徳は心の在り方なので、評価できるかどうかは論議が必要と慎重。伊吹文部科学大臣も、中央教育審議会などでの検討が大事として、価値観や思いを評定するのが妥当かを問い直す。羮に懲りて膾を吹く、道徳教育の根幹が揺らいでいく。

 子どもに社会のルールを教えようとするなら、親が規範を示すのが一番。親が本を読んでれば、子どもは真似して本を開く。親が年長者を敬えば、子どももお年寄りを大切にする。親が横断歩道を利用せず道を横切れば、子どもは危ないと思わずに車にはねられる。当たり前のことじゃないか。

 道徳の時間で何を教えるのか、今どき二宮金次郎か、ワシントンと桜の木なのか。皆が仲良く、弱い人を助けましょう。そう教えられても、高齢者が病院から追い立てられるのを見て、教えられたことが正しいと素直に納得できるとは思わない。教科にしたところで、要領の良い子が高得点になるだけ。

 どのような人物像が日本人の理想なのか、そのアウトラインを示さないと、善し悪しを判断することもできない。それを最初に学ぶのは、子どもでなく大人たち。自らの生き方が、日本の理想に対して恥じないか。それよりも前に、理想的日本人像を掲げられるのか否か。

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