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2007年2月28日 (水)

急にどうしたの

 民主党は格差是正緊急措置法案を、今国会に提出する予定と報じられてる。最低賃金を時給1,000円に引き上げ、パート労働法では短時間労働を理由とする差別的な取り扱いを禁止する。全パートを対象に同一価値労働・同一賃金を実現させ、非正規社員を優先的に採用するよう事業主に努力義務を課す。

 社会保障では、政府が決定した諸々の手当ての廃止を復活させ、社会的弱者を救済する方向を打ち出してる。民主党が主張する格差是正の内容が具体的にわかるが、惜しむらくは原資をどこに求めるかが報じられていない。とりわけ社会保障については、そこが明らかにならねば空理空論。

 一方で厚生労働省は、偽装請負の解消に向けて、受け入れ企業に対して直接雇用するよう指導。偽装請負で働いた期間も派遣契約に含めるとするため、企業の側としては人件費の固定化を強いられるだけでなく、待遇の改善も迫られるから、かなり負担が大きくなると予測される。

 こうした流れを、統一地方選から参院選へのパフォーマンスと見るのは、少し穿ってるのだろうか。労働環境の改善は必要不可欠と思うが、企業経営者の努力だけで果たされるのだろうか。90年代からの経済政策を検証し、改めるべきは改め、根本から捉え直さねば絵に描いた餅になる。

 規制緩和とグローバル・スタンダードで、企業に国際的な競争力を求めた結果、幅広い分野で再編成が推し進められてる。そのプロセスで人件費も流動化され、非正規社員が一挙に増えてる。その構造を放置したままで、改革が実現できるとは思えないのは、浅学非才な私だけだろうか。

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2007年2月27日 (火)

どう働けるのか

 派遣社員など非正社員で構成する労働組合「全国ユニオン」は、派遣労働者の75%を占める登録型派遣を原則禁止するように、日本人材派遣協会に要求するだけでなく、厚生労働省に法改正を働きかける方針を固めた。登録型派遣は、派遣会社に登録し、仕事が決まるたび派遣会社と雇用契約を結ぶ。

 最近では日雇い派遣など、極端に期間が短いケースもあり、ワーキング・プアなる言葉も聞こえる。派遣社員が脚光を浴びたのは、年功序列や終身雇用に縛られず、自由に働くスタイルが支持されたからだが、いつの間にか正社員の門戸は閉ざされ、流動化する労働市場の源泉になってる。

 企業が方針を切り換えるなり、法令が改正するなり、派遣社員が正社員になる道が開かれたとして、疑問が残るのは働く側の意識。ひとつの組織に骨を埋める覚悟で、就職するだけの決意はあるのだろうか。憲法で職業選択の自由は保障されてるから、企業を辞める人を引き留める手段はない。

 日本の企業が発展した背景には終身雇用があり、その場所で長期に渡り成長しようとする働き手がいた。正直に言って間尺に合わないこともあるが、安心して働ける環境を優先し、組織の一員として貢献することを優先させてきた。その前提を崩したのは、働く側の意識の変化だったのも事実。

 自由に働き、自由に休み、それで高収入を得たいなら、それに見合うだけの成果を導くだけでなく、舞台も自分で準備しなければならない。その辺りの厳しさを働く側が自覚しなければ、制度を改めたところで問題は解決しない。こうしたことも含めて、議論を深めるのが大事じゃなかろうか。

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2007年2月26日 (月)

違うんじゃない

 伊吹文部科学大臣が、「大和民族が日本の国を統治してきたことは歴史的に間違いない事実」と講演し、教育基本法の前文に「公共の精神を尊び」という文言が加わったことにも触れ、「日本がこれまで個人の立場を重視しすぎた」「人権が過ぎれば、日本社会は人権メタボリック症候群になる」と発言。

 ちょっと待ってよ、大和民族って何なのさ。日本人がどこから来たかは諸説あるけれど、文献が遺されてる時代になってから、大陸や朝鮮半島から多くの帰化人が渡来してる。大和朝廷そのものも、最初から日本全体を支配してたわけでなく、畿内から版図を広げていったのも歴史的事実。

 大和民族は日本人と言い間違えたと聞き流すにしても、聞き捨てならないのは人権メタボリック症候群。公共の精神を尊ぶことが、個人の人権を軽視することに繋がるなら、その場合の公共とは何を指すのか。人権も公共も同じように重んじられ、並立するのが民主主義社会の常識じゃないか。

 この発言を素直に聞くと、公共とは権力が意図するルール。社会的弱者を切り捨てても、国家の秩序を維持することが大事。戦前の教育へ逆行するような印象。傍若無人な振る舞いを見過ごすのは、人権を尊重するとは言わないことくらい、文部科学大臣を務めるほどの人物ならわかってるよね。

 人権とは、人が人として生きるための権利。どのような立場に置かれても、社会から軽んじてはならないもの。公共とは、お互いの人権を守るためのルール。一人ひとりが気持ち良く暮らせるために、それぞれを思いやって手を差し延べ合う。国のために民衆を犠牲にすることじゃない。

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2007年2月25日 (日)

偽装請負が急増

 厚生労働省が偽装請負に絡んで、人材派遣会社などを文書指導した件数は、06年4月から12月までの9ヶ月間で1,403件。05年度は616件だから単純計算すると300%。当たり前のことながら、大手製造業者への文書指導も急増。それだけ現場で働く人たちが締め付けられてる実情。

 企業の側に立てば、環境問題などコスト負担は大きくなり、規制緩和で国際的な競争力を求められ、とりわけ価格競争に対応せざるを得なければ、人件費を圧縮する他には利益を生み出す余地がない。大手さえそうなら、中小零細はなおさら、いかに人件費を削るかがサバイバルへの至上命題。

 労働者の側に立てば、どれだけ働いても報われない。間尺に合わないと知りながら、生きるためには雇われるのが先決。不安定な条件で、口を閉ざして就業しなきゃ、明日は路頭に迷う不安。将来設計など遠い夢、刹那的に生きるしか道はない。働き方が多様化してるなど考えられない。

 それならスキルやノウハウを身に付け、人材としての市場価値を高めよと、企業は労働者に要請するけど、いつ、どこで学べば良いのか、その費用はどう捻出するのか。そうなりゃ否が応でも一攫千金を狙うしかない。その結果、増えるのは起業家ばかり。企業のコア人材は枯渇していく。

 目先の利益を考えず、百年の計を立てるように説くのは簡単。でも、目先の利益がなきゃ、百年どころか明日が危ない。アメリカン・グローバルに追従したあげくの果てに、日本の屋台船が大きく揺さぶられてる。この責任を誰が取るのか、成長神話でいつまでも欺けるのか。

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2007年2月24日 (土)

12人の無罪

 鹿児島県議選での選挙違反事件で、被告人全員に無罪の判決。物的証拠は何もなく、自白調書だけが頼りの起訴で、それ自体が脅迫的な取り調べを窺わせ、犯罪の事実そのものが照明されないというのだから、無罪は妥当な判決だろうが、どうして起訴まで持ち込めたか不思議。それと同時に恐ろしい。

 容疑の内容が買収であり、それも多額でないから、元々が立件は難しく、捜査員が自白に頼る背景はわかる。それでも最初から犯罪があったと決めつけ、強圧的な態度で容疑者に臨むのは、官憲時代の名残としか思えない。どのようなプロセスで犯罪と断定したのか、その辺りは藪の中。

 この事件については、明らかに警察および検察の勇み足。しかし同じような事件で、贈収賄が疑われたとき、容疑者は間違いなく否認する。組織的かつ継続的なものなら、さまざまな証拠も集められるだろうが、そうでなければ口裏を合わせられる。疑わしきを罰せなければ、不正は正々堂々と罷り通る。

 選挙での買収は禁止され、誰もが間違ってると知ってる。しかし実際に、票は売買されてる。それを一つひとつ潰すには、警察および検察の力だけでは間に合わない。功を焦ると冤罪に繋がり、穏やかに運ぼうとすれば、ぬらりくらりと言い逃れられる。頼みの綱は一人ひとりの国民の意識。

 お金で買えるものと、買えないものの識別を、私たちがきちんとわきまえなければ、こうした不幸な事態は、これからも引き起こされるに違いない。警察と検察を横暴と批判するのは簡単だが、そう思い込ませる土壌があるのも事実。他人事と見過ごさず、自らに問い直すことが大事。

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2007年2月23日 (金)

何が問題なのか

 小型ガス湯沸かし器による死亡事故で、松下電器産業でも86年以降に27件、48人の死亡が確認されたと、日本ガス石油機器工業会の調査で明らかになった。松下を含めた大半のメーカーは、製品に起因する事故ではない理由から、事故を公表しなかったと報じられてる。

 ストーブやコンロなども含めたガス器具による一酸化炭素中毒死は、86年以降で129件、199人。内訳は松下とパロマが39件、ノーリツとリンナイが16件、死者の数は松下が66人、パロマが58人、ノーリツが28人、リンナイが23人。メーカー数は14社。なるほど、ガス器具には危険が潜んでる。

 わからないのは、だからどうなのか。たとえば交通事故は毎日発生し、死亡事故も決して少なくないが、明らかに製品に欠陥がある場合は別として、そうでなければどこの車かなど、誰も問題にしていない。どれだけ優秀な製品でも、使い方を誤ったら重大事故に繋がると、誰もが知ってるから。

 ガスだって同じじゃないか。ひと昔前までは、ガスタンクだって爆発した。エネルギー資源として重要だけど、危険も孕んでるから慎重に扱った。電気だって粗雑に扱えば、漏電して火災を引き起こすのは常識。ガス器具だけをターゲットにして、ネガティブキャンペーンを張る意味はない。

 松下は石油温風器の一酸化炭素中毒死事故では、製品に欠陥があったとしてリコールし、かなり長期的な告知活動を展開したのは周知の事実。起業としての責任感がないとは思えない。何もかも企業を悪者にして糾弾するのは、問題そのものをすり替えた発想じゃないか。

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2007年2月22日 (木)

裸の王様

 関西テレビの社長が、自民党本部で開かれた通信・放送産業高度化小委員会で再発防止策を説明し、謝罪したそうな。委員の質問に、捏造に関わった人物らを刑事告発する可能性を検討すると答えた。かなり厳しく追及されたらしいが、どうして国会でなく自民党本部なのか。そこからすでに怪しい。

 確かに自民党は政権与党で、放送を管轄する総務大臣も自民党員。処分を軽減するなら効率的な選択かもしれないが、関西テレビが説明責任を負うのは、あくまでも国民であると忘れてならない。いかにメディアであろうと、自局で流した映像で幕は引けない。国会で答弁するのが筋じゃないか。

 そんな基本がわからないから、関係者の刑事告発など、恥の上塗りを平気で考える。やったのは誰であろうと、やらせたのは関西テレビの社長。どうしてそんな事態を引き起こしたのか、プロセスの検証に本気で取り組もうとしないから、問題解決策も自浄能力がない印象を与える。

 外部の専門家を企画編集の段階で監修させるというが、専門家を決定する基準をどこに置くのか、どの範囲まで関わらせるのか。実験を伴うロケ収録に社員を立ち会わせれば、辻褄合わせの放映は防ぎきれるのか。小手先の弁解でお茶を濁そうとしても、既得権の上に胡座を掻いた体質は問われる。

 視聴率を高めれば、スポンサー収入は増やせる。それは民間企業の経済原則。それを否定するつもりは毛頭ない。しかし視聴率を高めるためには、何をやっても許されるということじゃない。釈迦に説法に聞こえるが、その辺りを考えてから説明しなきゃ、国民の耳に言葉は届かない。

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2007年2月21日 (水)

内閣支持率って

 朝日新聞の世論調査では、安倍内閣の支持率は37%、不支持率は40%。63%の高支持率で発足した安倍内閣が、半年も待たずに不支持率が上回った。自民党支持率は29%、民主党支持率は13%、無党派層が51%。政党政治に対する関心が薄れ、夏の参院選も予断を許さないということか。

 率直に言って、だからどうなの? 電話口で問われた人も、それほど深く考えてない。一昨年の衆院選で小泉自民党に投票した人が、平気で安倍内閣は支持できないと言う。だからといって民主党にも期待せず、それでは社民党か、共産党か、国民新党か。皆パッとしないから棄権かな。

 どれだけ低い投票率でも首長や議員は選ばれ、その人たちが日本のルールを決めていく。どれだけ不合理でも、不公正でも、決められたことを守らなければ罰せられる。自分たちの利益代表を持たなければ、どんどん暮らしにくくなっていく。それをわきまえたうえで旗幟鮮明にするのが大事。

 今の政治家が気に入らないのなら、誰にやってほしいのか。タレントへの人気投票でなく、身近に思い当たる人がいるのか。自分で立候補しろとは言わないが、無責任な意思表明を続ければ、自分で自分の首を絞めるのは明らか。誰が言ってることが納得できるのか、自分の頭で考えなきゃ。

 政治家はダメとか、役人はダメとか、言うのは簡単だけど、私たち一人ひとりも当事者。日本の国を背負わざるを得ない。次世代に引き継がねばならない。その形を想像することから始め、選挙権を行使していかないと、柩の蓋を閉じるときに悔やむことになる。政治と真正面から向き合おう。

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2007年2月20日 (火)

人生論とか

 音楽CDやテープなどオーディオレコードの6年の生産額は、前年より4%減の3,515億円、8年連続の減少だが、98年には6,074億円あったから、当時と比べれば40%減。インターネットでの音楽配信が伸びてるので、音楽そのものへのニーズが薄くなってるとは断言できないが……。

 私が若い頃は演歌が全盛、フォークソングもそうだが、メロディと共に詞が重要視された。それがいつの頃なのか、メロディと双璧を成すのはリズムへと。肉体的な感覚へウエイトが移るに連れ、世の中が刹那的になったのは気のせいか。理路整然としたロジックは、煙たがられるコミュニケーション。

 インターネットを筆頭にして、人と人が直接触れ合わずとも、生活を営む環境が整えば、蛸壺文化が勢いを増していく。音楽は受動的に感覚を共有でき、飽きたらすぐに屑籠へ捨てられる。リアルとバーチャルが並立するというより、バーチャルがリアルを呑み込んでいく印象。

 今までツールと思い込んでたものが、実は私たちを支配してるかも。筋道立てられた言葉より、強烈なインパクトのほうが、はるかに人へ影響を及ぼす。汗水垂らす仕事は厭われ、知恵と才覚で一攫千金を狙い、虎視眈々と隙を窺う人が増える。そこに媚薬を嗅がせれば、踊りだすのも目に見えてる。

 人生論とか言えば、黴が生えてる感じだが、そろそろ一人ひとりが、真剣に考えても良いのじゃないか。いかに生きて、どう死んでいくのか。自分自身のことだから、自分で決めなきゃ後悔する。音楽は心を癒してくれるが、現実を変えてくれない。その辺りがわかってるのかな。

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2007年2月19日 (月)

大丸と松坂屋

 03年に西武とそごうが統合しミレニアムリティリングが誕生し、阪急阪神HDの発足に伴い百貨店も統合を目指してるが、今度は大阪の大丸と名古屋の松坂屋という老舗が統合を検討。実現すれば百貨店業界では高島屋を抜き最大手になる。それぞれが棲み分けられてるので、重複する地域は少ない。

 この背景にあるのはスーパー大手を中心とするSCの躍進、全国の百貨店売上高は06年まで9年連続で前年を割ってる。百貨店ならではの品揃えを期待できない消費者が、SCだけでなく専門店や通販に分散してるので、単独での成長戦略を策定できない環境にあるということか。

 それにしても大丸は創業1717年、京都伏見の呉服店、大文字屋が前身。松坂屋は1611年、名古屋のいとう呉服店が前身というからさらに古い。地域の発展と共に成長し、近代では夢の売場を実現したけれど、外商戦略も含めて、その延長線上では差別化を図れなかった。

 近年の百貨店は高級化が基本戦略、しかしそれにはコストが掛かる。統合により仕入、物流などを合理化して、コストを吸収するのは説得力がある。問題は消費者へのコンセプト。おそらく屋号を遺したまま独自色を打ち出すのだろうが、流通を共有してどこまで可能なのかも課題になるだろう。

 百貨店というコンセプトそのものが、時代にどれだけの訴求力があるのか。新しい文化を創造するとしたら、どこまでの範囲がターゲットになり、採算分岐点はどこに置かれるのか。根本的な問題解決を図らなければ、この流れは加速するような気がする。それは、SCにしても同じこと。

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2007年2月18日 (日)

不快感が先

 外資系ファンドのスティール・パートナーズ・ジャパンなる会社が、ビール業界3位のサッポロHDに対して買収提案。この会社は明星食品にTOBを仕掛け、日清食品を引きずり出し、数十億円の利益を稼いでる。村上ファンドの阪神への買収提案のほうが、わかりやすかったような気さえする。

 株式を上場し公開してれば、こうした事態はいくらでも想定できるが、買収して何をやりたいのか、資産を食い潰すのか。それとも買収など口実で、株価を引き上げ売り逃げたいのか。どちらにしてもマネーゲーム。現場で働く人たちも、ビールを愛する人たちも、蚊帳の外で企業が弄ばれる。

 業界1位、2位のアサヒかキリンが白馬の騎士になり、どちらかと経営統合したなら、少なくとも消費者にプラスなのか。量の拡大がそのまま質の向上へ繋がるのか。経営内容については、さまざまな意見はあるだろうが、今まで築いてきた歴史や精神は、消えてしまって惜しくないのか。

 人が生み出すものには、それぞれの思いが宿ってる。たとえトップでなくとも、培ってきたノウハウやスキルがあり、他には侵されない独自の理念がある。それを札束で横面を張るような振る舞いは、日本人の感覚としては到底許せるものじゃない。それでも尻馬に乗って、ビール会社の株価は上がる。

 資本主義と民主主義が握手できるのは、多様な価値を認め合って、少数派も生き延びられるから。その根本を否定して、消費者の選択肢を狭めるのは、私たちにとっても明るい未来と思えない。こうした非道が罷り通る現実を、経済の発展と捉える限り、大多数の人は幸せになれない。

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2007年2月17日 (土)

育てる時代

 楽天が発表した6年12月期の連結決算で、営業利益は前年比16%減の291億円、株式上場後初めての減益。今年創業10周年を迎える楽天にとって、新たな成長戦略を問われるが、三木谷社長はこれまでの拡大路線から、事業を育てる時代へ入ったと位置付けてる。この辺りの嗅覚は流石である。

 売上高は過去最高で、前年比56%増の2,032億円、楽天市場の売上は1.5倍、その決済に関わるクレジット部門の売上は1.7倍、基幹となる部分はこれからも成長を見込める。伸び悩んでるのはポータルメディア部門だが、ここでも辛うじて黒字を確保。要するに、成長のカーブが鈍化しただけ。

 しかし一方では、既存企業の買収だけでは、限界が訪れる象徴のような気もする。今までは時代の潮流に押されてきたが、これからは人材を育て、事業を育て、新たな潮流を生み出さねばならない。それをわかってる人だけに、三木谷社長が次にどのような手を打つか、否が応でも注目せざるを得ない。

 諸々の企業の不祥事が頻発するのは、さまざまな要因があるにせよ、クオリティの劣化は明らかなところ。その根底にあるのが人材の質。知識量は増えたかもしれないが、人としての力は身につけてないから、状況の変化に対応して組織を守れない。その重要性をわからない経営者も多い。

 事業を育てるためには、人を育てるのが基本。人は教えられなければ育たない。学校教育に根本的な疑問を投げかけられてる時代に、社会人となってからの教育を放棄すれば、その組織に未来がないのは明々白々。近視眼的に経営を捉えずに、人を教え育てることで百年の計を立てるべき。

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2007年2月16日 (金)

極まれり

 天下り規制策について安倍総理は、押しつけ的な斡旋による再就職の根絶を強調してるが、これに対して民主党の長妻議員が、官庁が企業に天下りを要請した事例はないという政府からの答弁書を持ち出した。答弁書が事実に基づくなら、安倍総理の言葉は宙に浮いてしまう。

 長妻議員によると99年から03年までに3,027人が天下り、それにも関わらず事例がないという政府の答弁書に、渡辺行政改革担当大臣は定義が確定してないので調べようがないと発言。こういうのを恥の上塗りと呼ぶ。答弁書を作成したお役人は、自らの利権を守ろうと必死だったのかな。

 文部科学省の調査ではイジメによる自殺はないと、騒がれたのは私たちの記憶に新しい。誰の目にも明らかな事実を隠蔽し、知らぬ存ぜぬで通ると思う役人も役人だが、それを見過ごすどころか正当化する政治家が、大臣の椅子に座ってるのだから世も末か。国会は劇を演ずる舞台じゃない。

 どうして天下りが批判されるのか、それは癒着に繋がり、公正な競争を阻害するから。官庁を辞めた人が民間企業に再就職しても、そこに利権が絡まなきゃ誰も何も言わない。官庁の外郭団体へ転籍し、その都度に高額な退職金。そのシステムを見直すことが、公費の削減に直結することも大事。

 そもそも同期のひとりだけが次官になったからと、どうして他の人は官庁を出るのか。一般人には理解できない。優秀な人なら官庁に残り、次官をサポートするのが常識。そこにメスを入れない限り、チグハグな答弁書が乱発され、国会を空転に巻き込み、さらに税金を浪費する。

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2007年2月15日 (木)

軽すぎないか

 福井県敦賀市の民間廃棄物最終処理場に、全国最大規模の廃棄物を違法搬入、容疑者は福井地検に書類送検されたと報じられてる。廃棄物の量は110万立方メートルで許容量の13倍、漏れ出す汚水が河川に流入し、県からの改善命令にも従わなかったという。新年度からの対策に102億円を投じる。

 容疑者の会社は経営破綻を来してるというが、途中のプロセスも含めて処分が軽すぎる。確かに廃棄物の問題は重要で、誰かが引き受けざるを得ないが、ほとんどの処理業者はルールに従ってる。そうすると環境対策などにコストがかかり、儲けが薄くなるのが悩みの種。この傾向は強まってる。

 その一方で、違法業者が後を絶たないのも事実。廃棄物を出す側は、目の前から見えなくなれば安心する。人里離れた山奥に捨てたら、誰にも迷惑を及ぼさないと勘違い。ところがどっこい、自然は循環し繋がっていく。私たちも自然の一部だから、緩慢に殺されていくということだ。

 言ってしまえば違法な廃棄は、自然を破壊し人を殺す。それは個人が家電を裏山に捨てても同じ。環境に悪い影響を及ぼし、巡り巡って自分の首を絞める。それだけの罪を犯したら、相応しいだけの罰を受けるのが、人と人が営む社会のルール。財産を没収され、生涯を牢で過ごしても不思議じゃない。

 容疑者は50代半ばを筆頭に6人と報じられてるが、この人たちがやり直せるようではいけない。割に合わないと知らしめ、真似する人が現れないように、厳罰に処するのが妥当じゃないか。社会を壊す人たちを甘やかし、善男善女を苦しめる。この国はどこか螺旋が緩んでる。

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2007年2月14日 (水)

少しは変わるかな

 政府はパートの正社員化を促すパート労働法改正案と、求人時の年齢制限を禁止する雇用対策法改正案を閣議決定。パートタイマーの厚生年金加入は、諸刃の剣の要素を含み、働く側の満足を得るには、企業は相当の負担増を強いられる。制度を導入するだけでは期待感も薄まる。

 企業がパートタイマーや契約社員を増やすのは、働き方が多様になったからでなく、固定的な人件費を削減し流動化させるのが狙い。安い労働力を当てにしてたのに、それが制限されるとなれば、一人ひとりを個人事業種にして請け負わせるかも。それでも働かなきゃ、庶民は食べていけない。

 求人時の年齢制限を禁止すれば、その項目が募集広告から消えるだけ。男女雇用機会均等法でも同じだけれど、組織内の構成比率まで口出ししなきゃ、欲しい人材を採用するのは企業の勝手。名目上ではチャンスを与えられても、働かせてもらえなければ実効性は薄い。それとも何か手はあるのか。

 正社員を減らすことで経営を立て直しても、一枚岩になれない組織では、内部告発をセーブする意識を持たない。経営者は常に薄氷を踏みながら、やり直すチャンスも与えられず、辞任せざるを得ないのが実情。悪いことをやっちゃいけないが、世間はバッシングしたら知らん顔。

 皆で一緒に幸せになろうと思わなきゃ、何をどう変えたところで、それぞれが自分のことしか考えない。旧来の仕組みが良かったとも思わないが、少なくとも安心して暮らせる人は今より多かった。味方を増やすことをテーマに、シフトを切り換えなきゃ、日本の地盤が崩れていきそう。

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2007年2月13日 (火)

東国原ツアー

 宮崎県の官製談合汚職事件で、宮崎地検は前知事の安藤被告を追起訴。他の被告は容疑を認めてるが安藤被告は否認、往生際が悪い印象を免れない。その一方で新知事の東国原氏は、就任以来休まず働いてる。メディアでへの露出も多く、その経済効果は1週間で165億円、PR効果も高い。

 宮崎県民は賢明な選択をしたと、つくづく思う。昨年の知事および県庁幹部の逮捕、年が明けても鳥インフルエンザ、東国原知事以外では、宮崎県のイメージは暗く澱んだものになっていた。政治手腕を問う声もあるが、逆境を切り換えて宮崎県にスポットライトを浴びせたのは優れた政治力。

 贅沢な知事公舎にしても、そこで暮らせば良いよ。そこを観光スポットにして、公務に支障を来さない範囲で、観光客が知事と話せたら最高。それができなくとも、長野県の田中前知事がやったように、人寄せパンダになっても構わないじゃないか。今だからこそ宮崎県にきれいなお金を落とせる。

 高千穂峡に日南海岸、温泉も豊富だし、宮崎県は癒される場所。地鶏と冷や汁、焼酎など、名産品も数え切れない。そこに付加価値としての東国原知事、組み合わせればバリエーションも豊富。東京へ出張しなくとも、メディアが取材に訪れる。宮崎県に舞台を移して、全国へ発信するのが肝心。

 私がブレインなら、進言するけどな。今が旬なんだから、形を整えておけば、持続的な経済効果を期待できる。リピーターが増えれば、東国原知事のオプションを外しても、宮崎県の魅力はきちんと伝わるよ。風が吹いてるときに仕掛けなきゃ、観光立県のテーマを実現できないよ。

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2007年2月12日 (月)

一歩前進か

 国土交通省が公共事業に対して国民に意識調査、5,700人を対象に実施したところ、およそ8割が必要性を認めながら悪い印象を抱いてる。税金を無駄に遣ってると思う人は82%、談合などの不正があると思う人は86%、政治家や役所が勝手にやってると思う人は80%……。

 これに対して53,000人の職員を対象に、説明責任に関する意識調査を実施。回答数は19,000人というから回答率は36%、少し低いような感じ。省としての課題を複数回答で得ると、幅広い層との情報交換がないが最多の52%、次いで公共事業全体に対する国民の理解不足が48%。

 国民の反応は、報道に対する素直な気持ちの表れで、それが度重なることも相まって、不透明な印象を色濃く宿してる。これに対して国土交通省は、公共事業そのものに問題はないが、周知徹底する努力に欠けているとの認識。調査から得た結論も、公共事業のPRをテーマとした行動計画。

 違うんだよね。国民が求めてるのは、決定までのプロセスを透明にすること。優先順位の基準を明らかにすること。予算と使途を具体的に説明すること。その辺りを硝子張りにしないと、いくら広報に注ぎ込んだところで、風景のように映像が流れ去っていく。その経緯まで疑問視される。

 それでも今までは自らの正義を確信し、国民の声など耳を貸さなかったのに、意識調査を始めるだけ一歩前進か。国民負担率が限界に来てる今、税金の使途は省内にとどまらず、広く論議されるのは当たり前。橋が必要か否かでなく、橋と老人医療とどちらを優先すべきかが問われてる。

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2007年2月11日 (日)

ブランドの力

 関西テレビが総務省に提出した調査報告書を受け、管総務大臣が痛烈な批判をしたのは、極めて正常な反応。どこが取材し制作したにせよ、それは関西テレビの内部事情。視聴者は関西テレビやフジテレビを信頼して、情報を確かなものとして受けとめる。それがわからないメディアでは困る。

 どのような製品でも、細部まで一貫して自社工場で生産する企業は少ない。国内の協力企業だけでなく、海外まで部品を発注し、すべてを点検した後に自社のブランドを刻印。どこかに不良箇所を発見されても、発注先に責任を転嫁せず、ブランドとしての責任を負うのは常識。

 たとえば本の内容がデタラメで、それを制作したのが編集プロダクションでも、問われるのは著者と出版社。一度でもこうした問題を起こした著者は、マトモな出版社からは相手にされない。きちんと弁明し謝罪しない出版社は、何を出しても読者から認めてもらえない。

 組織が大きくなって、管理が行き届かないとしても、それは言い訳にしか聞こえない。情報を扱う企業が、その真贋を見抜けなければ、存在理由を根本から失うのは明らか。コストと時間を削減すれば、ブランドの力で利益は増幅するが、どこかで破綻を来すのは当たり前じゃないか。

 出版や放送、新聞などのメディアは、社会に対して強い影響力を及ぼす。それだけに無償でも情報を提供したい人は多く、それを利用すればメディアは濡れ手で粟の大儲け。大衆はメディアを信用して踊らされる。でもね、いつまでも欺かれてると考えたら、甘過ぎやしませんか。

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2007年2月10日 (土)

70歳まで働ける

 阪急百貨店が定年退職者の再雇用について、上限を現行の65歳から70歳に引き上げる構想を発表。昨年4月に施行された高年齢者雇用安定法では、企業に65歳までの雇用確保を義務づけてるが、これは社会保険庁の失態を含めた年金政策のツケを回したもの。企業もすんなりと受け入れられない。

 阪急百貨店にしても、基本的には退職時の4割の時間給で雇用。ただし能力がある人はフルタイムで5〜7割の給与を支払う。能力だけでなく健康にも個人差はあるし、それはそれで合理的なのかもしれない。何しろ働く側が、賃金よりも働ける環境を必要としてるのだから。

 私も50代半ばだけれど、人生はこれから始まる気分。諸先輩にしても、60代はまだまだ元気、70代になると人によって、それが実情のように思われる。本当のことを言えば、子育てが終わってると見なすのも旧い常識。私と同年代で小学生の父親は少なくない。60代でも子育て真っ盛り。

 今の時代では、自分でもいくつまで生きるかわからない。働けるかどうかの個人差も大きいし、すっかり疲れて意欲を失う人もいる。その辺りをフレキシブルに考えて、働きたくて働ける人には年金を払わずに、働く環境を整えて与えることのほうが大事。若手だけが労働力とは限らない。

 知識や経験を積んだからって、必ずしも人の上に立ちたいとも思わない。ひと回りもふた回りも年下の人にも、素直に仕えられる人がほとんど。思い込みで切り捨てるより、試しに使ってみたほうが、日本という国のためにもプラスじゃないか。老人と呼ぶほど枯れてない。

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2007年2月 9日 (金)

長野県のダム

 田中前知事が脱ダム宣言を発表した長野県、現在の村井知事に代わって再びダム建設を表明。山間部が多く、河川も多い地域だから、治水は大きなテーマとわかる。だけどその理由が、国土交通省からの補助金を活用するというのは、いささか引っ掛かる。どこを経由するにせよ元々は税金。

 本当にダムは必要なのか、それとも目的はダム建設で、地元の建設業界を潤わせ、経済を活性化するのが狙いか。それならそれで構わないが、ダム建設で自然環境を破壊し、圧倒的多数の長野県民にマイナスをもたらさないか。次世代への影響は懸念されないのか。その辺りは見えない。

 予定されるのは穴あきダムと呼ばれる構造で、通常は水の流れを堰き止めず、増水時だけに穴を塞ぐという。田中前知事が中止したときは、利水も目的としたダムだったけど、それに比べると環境への負荷は少ないという。日本で完成してるのは、島根県の益田川ダムだけらしい。

 地方自治が恐いのは、首長が代わると流れも変わること。それによって人が集まったり、離れたり、街の風景も違ったものになる。風光明媚な土地が数多く遺されるのは、旅人にとっては嬉しい限りだけど、そこに暮らす人にとっては利便性が必要になる。その兼ね合いも微妙で流動的。

 ダムを建設するなら、そのプロセスを透明にして、利権を貪る人を許してはならない。時代の流れは公明正大を求めてるから、少しでも不正の匂いを嗅ぎつけたら、日本中からバッシングの嵐が渦巻く。賢明な村井知事なら、言うまでもなくわかっていて、たとえ一円でも私腹を肥やさないだろう。

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2007年2月 8日 (木)

JALの本気

 日本航空が7年度からの中期経営計画を発表、4300人を削減して人件費を500億円圧縮。さらに不採算の10路線を廃止、10年度に880億円の利益を目指し、それまでに配当できなければ社長が辞任。西松社長は自らの役員報酬を960万円と部長クラスへ、これは上場企業の代表取締役としては異例。

 業績悪化には諸々の原因があるけど、航空業界が日本の基幹産業のひとつであり、国際的にも重要なアクセス手段であるのは疑いようもない。政策との絡みもあるから、単純に民間の競争論理を持ち込めないところもある。一番心配なのは、大幅な人員削減で安全が保てるや否や。

 それにしても自らの役員報酬を大きく返上し、退路を断った姿勢は経営トップとして立派。ここまでやられたら、不平不満を抱いても口に出せない。全社一丸となって結果をもたらし、西松社長の決意を形にしたいと受けとめるだろう。経営幹部がこれに倣えば、士気はますます高まるに違いない。

 どんな業種業態でも、経営トップは結果責任を問われる。どのような理由があろうとも、成果を導けなければ言い訳できない。辞任というケジメの付け方もあるが、ヨソへ行けば高収入を得られる立場なのに、あえて火中の栗を拾う経営トップは、正直に言ってそうはいないだろう。

 逆境に追い詰められたときこそ真価が問われる。日本航空には反省すべきところも多く、改善のテーマは山積してるのは事実だが、社会にとって必要な企業であるのも間違いない。背水の陣を敷いたからには、次は攻めるしかないのだから、誰の目にも明らかな姿を示してほしい。

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2007年2月 7日 (水)

誰と闘い続けるのか

 アメリカがテロとの闘いで費やしたのは、第二次世界大戦に次いで史上二番目の巨額。今年10月からの8年度予算で国防・国土安全補償費は66兆5千億円、さらにイラクを中心としたテロとの闘いでは、今年度補正予算も含めて29兆4千億円。いかに大国といえども潤うのは軍事産業だけ。

 中間選挙で圧勝した民主党を筆頭に、世論は戦争終結を願っており、イギリスではブレア首相が追い詰められ、イラクでの戦後処理に疑問が投げかけられてる。日米安全保障条約を踏まえて、日本政府は一貫してアメリカの政策を支持してるが、テロとの闘いは本当に平和への路線なのだろうか。

 確かにニューヨークでのビル破壊はセンセーショナルで、人として許されない犯罪として受けとめたから、世界中の人たちがテロの撲滅を心から願った。しかし、それがイラクへ攻め入る口実となり、その国の元首を処刑する理由となるかは不鮮明。ベトナムの構図とよく似てる気がする。

 核兵器の開発が危険と指摘するなら、大国から核兵器を廃絶するのが筋。被爆国日本の政府が、核の傘の下で守られてると、当たり前のように言ってもらっては困る。原子力の平和利用と核兵器の開発は根本的に違うと、国際的に説得力を持つ意見を主張できるのは日本だけ。

 自国の正義だけが唯一の正義ではない。お互いの正義を尊重し、何よりも命を大切にしなければ、国際平和など絵に描いた餅。人が死んで、財産が失われ、アメリカは何を得たのか。中近東のすべての国を従え、アメリカが語る正義を押しつけなければ、戦火はやまないのだろうか。

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2007年2月 6日 (火)

物騒な世の中

 白昼の西麻布で車中の男を射殺、黒いヘルメットの二人組が逃走。まるで映画の1シーンのようだけど、月曜日の午前10時に発生した事件。被害者は暴力団組員で、裏社会の抗争なのかもしれない。ひと昔前はこの種の事件が多発し、巻き込まれて殺される市民もいた。

 犯罪が増えれば警察は忙しくなり、細かいところまで目が行き届かない。加えてモラルの低下、一般社会が乱れたら、取り締まる警察内部にも影響を及ぼす。全国で不祥事が続いてるのも事実。日本が安全な国と思ってるのは、すでに遠い神話の時代の幻影なのか。

 不法滞在の外国人にも、どのように対応するかを決めないと、犯罪の温床になりかねない。罪に相応しい罰を与えることも大事だが、そのまえに入国の手続きから、現実と照らし合わせ見直さないと。覚醒剤や銃器については問答無用、日本から一掃するくらいの決意が必要。

 犯罪を取り締まるのは警察の仕事だが、それは市民の委嘱を受けての前提。肝心要の市民がモラルを失い、善悪の分別がつかなけりゃ、どこから犯罪が生まれるかわからない。自分だけは許される。見つからなければ構わない。そんな感覚が強まれば、社会はどんどん緩んでいく。

 皆が笑顔で穏やかに暮らすこと、それが一番大事と思わなきゃ、世の中はどんどん住みにくくなる。他人を蹴落としても、自分だけが贅沢三昧できれば、痛痒を感じない人たちは、いつどこで刺されても不思議じゃないけど、巻き添えを食わされる善良な市民は堪ったもんじゃない。

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2007年2月 5日 (月)

一勝一敗なのか

 統一地方選と参院選の前哨戦と位置付けられたのが、愛知県知事選と北九州市長選。自民対民主の構図にもなり、結果は愛知県知事には自民党推薦が当選、北九州市長には民主党推薦が当選。柳沢大臣の失言問題など、外野席からの野次も多かったが、終わってみれば選挙前の予測に近い。

 そうは言っても愛知県知事選では、楽勝ムードの現役が苦戦する。地下鉄の談合事件の影響と、現政権に対する支持率の低下が背景にあるのは確か。北九州市長選では、福岡市長選、宮崎県知事選に続いて、自民党推薦候補が敗れたことになる。保守系支持の強い基盤だけに、今後に影響を及ぼしそう。

 自民党を支持するというより、今の世の中の基本構造を、大きくは変えてほしくないのが国民のホンネか。政治家たちが襟を正せば、自民党への支持は根強い。愛知県知事選の勝因も、景気が上向いてるのが追い風。庶民の懐が暖かくなる期待感を、どのように演出するかが課題かな。

 一方の民主党は、北九州市長選では、前衆議院議員という強い候補者。新人同士の闘いで敗れたら後がない。愛知県知事選も善戦したとはいえ、自民党の違いをアピールしきれなかった。生活維新とか抽象的な言葉でなく、民主党のアイデンティティを知らしめることが急務のような気がする。

 どの政党にしても、国民にしても、問題点は発見され、それを解決する道筋を描けるか、それぞれに突きつけられてる。私たち選ぶ側にすれば、誰に一票を投じれば、自分たちが幸せに近づけるのか。政治は法律をつくり、生活環境を変える権力を持ってると、改めて考えることが求められてる。

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2007年2月 4日 (日)

存在感を示せ

 民主党は元代表の岡田克也議員を本部長として、政治資金規正法の改正案を、今国会に提出するよう準備を進めてると報じられた。事務所費などの経常経費にも領収書の添付を義務づけて、使途の透明度を高めるのが狙い。自民党が迷走してるだけに、国民の支持を得られるタイムリーな政策。

 ところが領収書の添付をどこまで求めるか、党所属の国会議員らにアンケートを求め、そのうえで決めたいというから腰砕け。そんなもの、すべてに決まってるじゃないか。1円単位で明らかにするからこそ、国民の信頼を得られる。どんなに高額な経費でも、納得できるものなら認めるさ。

 できることなら中央だけでなく、地方でも民主党に所属する議員は、1円単位で議員報酬以外の使い道を明らかにすれば、それで自民党とどこが違うのか鮮明になる。自民党出身者も多いこともあり、政策だけでは峻別できないが、姿勢を明らかに示せば別の話になる。

 言ってしまえば大チャンス、それを活かすか殺すか、逡巡してるようでは勝ち目がない。自民党がいくら失点を重ねても、それでは民主党に託そうかと、投票所へ向かうモチベーションを刺激されない。今月半ばに成案を得たいとしてるが、その内容が民主党の可能性を占うような気がしてる。

 格差社会や国民負担率の悪化など、政治不信の原因はいくつもあるが、最大のものは私利私欲に溺れる政治家のイメージ。きれい事を言ったところで、結局は私腹を肥やしたいと思われてるから、選挙へ行きたくない国民が多い。そうではないと断言し、清廉潔白な事実を示すのが最善の策。

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2007年2月 3日 (土)

お客さま社会

 文化審議会は伊吹文部科学大臣に「敬語の指針」を答申、従来の3分類を5分類に改め、実生活に即応する内容へ。私たちが子どもの頃は、人格のない物品に接頭語をつけるのは間違いと教えられたが、サービス業を中心に普通に遣われることから「美化語」なるものも生まれ、いささか違和感を覚える。

 言葉は時代と共に変化するので、新しい用法を組み入れるのは、それはそれと思う反面、敬語が生活の中に馴染んでないのに、どのような基準を持ち出しても、根づかないような気もする。本来の敬語は日本人の繊細な感性、お互いの立場を測りながら、人間関係を円滑にする。

 ところが現状では、敬語はお客さまへ向けられる言葉。尊敬とか謙譲という概念でなく、気持ち良くお金を支払って頂くために、社会でルール化されてるだけ。それが証拠に、学校の生徒は先生に、若者は年長者や老人に、敬語を遣うような習慣がない。先生と生徒の関係など逆転してる。

 言ってしまえば学校の先生は、知識や技術を生徒へ提供するサービス業。お金を払うのが国にしても保護者にしても、生徒は歴としたお客さまという認識。サービスの内容が悪ければ、代価に相応しくないとクレーム。年端のいかない子どもたちが、わかりもせずに権利を主張する。

 自分より長く生きてる人、自分に教えてくれる人に対し、自分の立場を謙虚に受けとめて、感謝するのが昔からの日本人。その感覚を取り戻さずに、敬語を今の時代に馴染ませようとしても、形骸化するだけでなく、本来の美しさまで損なわれる。心から湧き出た言葉にしなければ。

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2007年2月 2日 (金)

政治と金

 自民党旧橋本派のヤミ献金事件で、検察側証人として出廷した元会計責任者が、金銭出納帳を独断で破棄したことを津島雄二議員に報告したと証言。すでに有罪が確定してる証人の発言に説得力を感じるが、今では派閥の長の津島議員は言下に否定、中心人物の橋本氏も鬼籍に入り、またしても藪の中。

 一方で日本有権者婦人同盟は、伊吹文部科学大臣と松岡農林水産大臣の罷免を、安倍総理に対して文書で申し入れる。理由は言うまでもなく事務諸費問題、政治資金制度浄化の法改定も要請。柳沢問題で揺れる国会だが、不透明な金の使途は見識のない人でも権力の中枢に座れるということか。

 こうした問題が生まれるたびに、聞かれるのは政治に金が必要という声。私たちも馴らされて、そういうものかと思ってしまう。でも、論議を重ねるなら国会が舞台、料亭で政党同士が裏取引するなら、選挙なんて権力の横暴を追認するセレモニーに過ぎない。そう思う人が多いから投票率が下がってる。

 ここらで発想を切り換えて、良いことも悪いことも、硝子張りでやってみたら。自民党と共産党が握手しても、今の時代なら訝らない。既得権の交渉以外なら、国民は納得してくれる。人目を憚りやることは、基本的に後ろめたさがある。それを政治的手法という言葉で取り繕わないこと。

 政治家は冠婚葬祭にも欠礼し、政見と実績だけで信を問う。国会では意見だけを闘わせ、最も合理的で公正なものを採択。早い話、学級会レベルにしたら。高尚でなくとも、シンプルでわかりやすければ良い。それで、具体的にどのくらいのお金が必要か、正々堂々と主張すれば。

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2007年2月 1日 (木)

微妙な問題

 法務大臣の諮問機関である法制審議会刑事法部会では、犯罪被害者や遺族が被害者参加人として刑事裁判に加わり、法廷で被告に直接質問できるなどの「被害者参加制度」の要綱案をまとめた。今国会での成立を目指すが、施行は9年の裁判員制度導入期前後の見込み。

 元々は被害者団体の署名運動から始まり、5年度に閣議決定した「犯罪被害者等基本計画」に明記され、世論の後押しも受けて早い段階での要綱案となった。確かに殺人や誘拐、性的犯罪など、被害者感情と量刑の不一致は、さまざまな事件で数多く指摘されてる。罪が軽すぎないかという声も囁かれる。

 しかし新しい裁判員制度の導入も絡めて、裁判そのものが心情に流されないか。殺人被害者の遺族なら、どのような事情があろうとも、加害者に死刑を求刑したいのは人情。強姦の被害者であれば、加害者を一生牢獄に閉じこめてほしい。その心情に添うことが、果たして社会正義に適うのか。

 正直に言って今の裁判制度には、さまざまな問題があると思う。量刑にしても死刑でなければ無期懲役だが、実際は最長で15年、再犯の確率が高いケースでも野放しにせざるを得ない。一方で犯罪者の増加に、刑務所が対応できない実情もある。この辺りの整合性を考えることが必要。

 それと同時に学校だけでなく、社会人も含めた教育を捉え直し、人として生きるモラルを確立しなければ、イタチごっこを繰り返すのも事実。一時的な処方箋としては厳罰化もやむを得ないが、抜本的な解決策にはならない。加害者の立場を必要以上に守る似非人道主義は問題外。

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