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2007年2月24日 (土)

12人の無罪

 鹿児島県議選での選挙違反事件で、被告人全員に無罪の判決。物的証拠は何もなく、自白調書だけが頼りの起訴で、それ自体が脅迫的な取り調べを窺わせ、犯罪の事実そのものが照明されないというのだから、無罪は妥当な判決だろうが、どうして起訴まで持ち込めたか不思議。それと同時に恐ろしい。

 容疑の内容が買収であり、それも多額でないから、元々が立件は難しく、捜査員が自白に頼る背景はわかる。それでも最初から犯罪があったと決めつけ、強圧的な態度で容疑者に臨むのは、官憲時代の名残としか思えない。どのようなプロセスで犯罪と断定したのか、その辺りは藪の中。

 この事件については、明らかに警察および検察の勇み足。しかし同じような事件で、贈収賄が疑われたとき、容疑者は間違いなく否認する。組織的かつ継続的なものなら、さまざまな証拠も集められるだろうが、そうでなければ口裏を合わせられる。疑わしきを罰せなければ、不正は正々堂々と罷り通る。

 選挙での買収は禁止され、誰もが間違ってると知ってる。しかし実際に、票は売買されてる。それを一つひとつ潰すには、警察および検察の力だけでは間に合わない。功を焦ると冤罪に繋がり、穏やかに運ぼうとすれば、ぬらりくらりと言い逃れられる。頼みの綱は一人ひとりの国民の意識。

 お金で買えるものと、買えないものの識別を、私たちがきちんとわきまえなければ、こうした不幸な事態は、これからも引き起こされるに違いない。警察と検察を横暴と批判するのは簡単だが、そう思い込ませる土壌があるのも事実。他人事と見過ごさず、自らに問い直すことが大事。

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