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2007年1月31日 (水)

浜の真砂は尽きるとも

 架空の投資話で健康食品会社リッチランドの会長らを逮捕、全国1万人の会員から500億円を集めたというが、98年頃からの話というから継続的な詐欺行為。かなり巧みに装われてたから、たくさんの人が長年に渡り欺かれたのか。それにしても、この手の事件はいつになってもなくならない。

 沈没船を引き揚げるから、出資金が1年で2倍になると持ちかけ、振り込まれた金額に応じて、健康食品や化粧品を配送すれば、どこから見ても通信販売として成り立つ。文書化された証拠がなければ、詐欺罪として立件するのも難しいだろう。話だけ聞いてると、騙された人ものんびりしてる。

 この背景にあるのは、頑張った人が報われない社会。汗水垂らして働いても、儲け話に敏感な人たちが、一瞬にして稼いだ額に追いつかない。本当のところは別として、20代の社長たちのリッチな生活をTV映像で見せつけられ、ひと山当てたいと思うのも不思議じゃない。

 その背中を押すように、老後の不安は高まってくる。病気にもなれないし、年金だって信用できず、自分で何とかしようにも、働き口は見つからない。有利な配当を得られるなら、清水の舞台から飛び降りるつもりで、定期預金を解約する気持ちもわかる。老いてから野垂れ死にたくない。

 楽して稼げる風潮を煽ってるのは、政府もメディアも同じ穴の狢。自称起業家のフリーターが巷に溢れ、多重債務者も行き場を失い、経営者は安い労働力を漁ってる。真面目に働く普通の人が、穏やかに暮らせる世の中にしなければ、盗人の種はますます増殖する。

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2007年1月30日 (火)

荒んだ心

 内閣府の調査によると、DV被害者の約5割が、加害者である配偶者と別れた後も、付きまといや電話、メールなどに悩まされ、自立の妨げになってるという。昨年末には徳島県で、接近禁止命令を受けてた夫が、妻を捜し出し殺害する事件も起きてる。こうしたデータは氷山の一角。

 実際にこの調査でも、対象者の6割は裁判所へ保護申し立てをしてない。精度を知らない人もいたけど、相手の反応が恐いから、誰にも頼らず逃げようとする。子どもを抱えてれば、働きたくとも思うように働けず、経済的に切迫せざるを得ない。殴られて、蹴られて、そのうえ飢えさせられる。

 DVとは別にストーカーがある。自分の気持ちを伝えるのは自由だが、押しつけるとなれば犯罪。男と女は身体の構造が違う。男が軽く小突いたつもりでも、女が受ける衝撃は大きい。女性を尊重し、男性が傅くのは、合理的で公正なバランス。男は自らの暴力に自覚的であらねばならない。

 女性は心も身体も壊れやすいから、大切に扱わなきゃいけない。私たちはそう教えられて育った。ところが核家族、少子化になって、「ウチのボクちゃん」が増えてきた。ママにおねだりすれば、ワガママが通る。気に入らなきゃ暴れだし、欲しい物を手に入れながら、身体だけ大人になっていく。

 その本性を見破れなかったからと、どれだけ女性を責められるのか。DVが深刻化するのは、女性が改善しようと努力を重ね、子どもが産まれたら変わると期待し、ますます泥沼に沈んでいく。日本中の男たちを再教育しなければ、この国は暗闇を抜け出せない。そこまで思ってしまう。

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2007年1月29日 (月)

鳥インフルエンザ

 岡山県高梁市で鳥インフルエンザの疑い、今年になって宮崎県清武町、日向市と続いてるだけに、不安を覚えずにはいられない。鶏卵や鶏肉を食べても、人には感染しないと言うが、正体がわからないだけに不気味。私たち以上に深刻なのは養鶏業者、原因も突き止められずにすべてを失う。

 問題になってる高原病性鳥インフルエンザは、1997年に香港で大流行し、そのときは幼児も含め18人が死んだ。ヨーロッパ、アジア、アメリカと、地域を問わずに発生し、日本では2004年に山口県の養鶏場で6千羽死亡。同じ年に京都府の浅田農産で発生したときは、報告が遅れて社会問題に。

 25万羽の鶏を失った浅田農産は、世間からの批判に経営者が自殺、倒産にまで追い込まれてる。これを契機に養鶏業者も自治体も対応が迅速になり、パニックを引き起こさないのは評価されるべき。世界中の科学者が、遺伝子レベルの研究を進めてるが、決め手になるような対応策は未だない。

 基本的には地球規模で、生態系が崩れてるからなのか。日本の自然も外来種に荒らされ、有効な対策も持たずに放置された状態。ワシントン条約に限らず、外来種の輸入は動物園だけにしたら。ルールを厳しくして、違反者には実刑を科す。ペットを捨てた人も留置場に入れるか、高額な罰金が妥当。

 このくらいしないと、自由を履き違えてる輩が多いから、これから先にどんな状況に見舞われるかわからない。人と動物が共生するのが理想だけど、人の生活を侵されたら駆逐するしかない。最後のところは命と命、人として生きる限りは、人の命を最優先に考えたい。

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2007年1月28日 (日)

バッシング

 先日、爆笑問題のTV番組で、芸能レポーターを免許制にする議論。遊びと言ったらそれまでだが、TVのワイドショーが普及させた覗き見主義、視聴者のニーズがあれば、何を電波に乗せても良いのかという話。持ちつ持たれつという意見もあったが、そんなのは公然としたヤラセじゃないか。

 芸能人のプライバシーを暴くのが許されるなら、それはしだいにエスカレートして、犯罪者にもプライバシーは認められず、そのうち一般人との境界線も消える。今のところ決めてるのはTV局や芸能レポーター。傍若無人が許されるのは、視聴者という錦の御旗があるから。

 視聴者が望む番組を提供する。同じ論理で『あるある〜』も制作された。視聴者が手軽にできる新しいダイエット情報を欲しがるから、納豆で痩せるという情報を提供しただけ。売れなくなった女優が誰と寝たのか、それを知りたくて本を買う人は、深く考えずに踊らされてしまう。

 お互いに納得ずくの三文芝居なのに、不正が発覚すると匿名のメール。TV局がやったことは許されないが、だからといって尻馬に乗り、叩かれてる相手をさらに叩くのは、如何なものだろうか。とりわけインターネットが普及してから、匿名で無茶を言う輩が増えてるような気がする。

 それだけ社会全体に不平不満が燻って、不祥事が発覚すればここぞとばかり、皆が一斉に爆発させるのだろうが、それじゃあまりに刹那的。批判をするなら実名で、相手からの反論も受けて立ち、お互いにすり合わせなきゃ、建設的な意見にならない。そう考えるのは、私だけなのだろうか。

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2007年1月27日 (土)

常識は変わる

 離婚後300日以内に産まれた子は、前夫の子とするのが民法772条だが、長勢法務大臣が見直しの必要を認める発言。ひと昔前なら、結婚したら添い遂げるのが常識。離婚したからとすぐに再婚しなかったから、それほど不都合を生じなかったというわけ。ところが昨今は事情が違う。

 子どもを産むのは、結婚した後というのも覆され、今は1/4ができちゃった婚。SEXがタブー視されなくなったこともあり、結婚という形式が社会的評価と結びつかなくなったこともあり、男と女は自由に繋がり、そしてあっさり別れる。善し悪しは別として、社会と個人は切り分けられてる。

 そうは言っても日本で暮らす限りは、日本の法令に従わざるを得ない。前夫の子として届け出て、今の夫と養子縁組するのが、最もスピーディな解決策だが、戸籍は汚れるし、子どもに対して説明できない。今の夫に対して強制認知を求める裁判もできるが、戸籍がないまま育ってる子も増えてる。

 さまざまな意見があるにしても、産まれてくる子どものことを考えたら、民法改正の必要性は理解できる。でも、その前にどうしても疑問は残る。離婚にしても、再婚にしても、簡単すぎやしないか。避妊せずにSEXすれば、妊娠する可能性があると、本当にわかっていらっしゃるのか。

 私のような古い人間には、男と女の関係は命のやり取り、覚悟がなければ踏み込めない。どうしてもうまくいかなければ別れるしかないが、それは自分の中のひとつの命を断たれる思い。そう簡単に回復できるものじゃない。別れてすぐに再婚する発想が、どうにも腑に落ちない。

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2007年1月26日 (金)

どこへ消える

 財務省は07年度の国民負担率が39.7%と、過去最高になると発表した。国民負担率とは、所得に対する税や社会保険料の割合。北欧諸国は公費率だが、それだけ社会福祉や公共サービスが充実、国民も納得してる。それに比べて日本は、ますます高齢者など社会的弱者に皺寄せ。

 その一方で、安倍首相の肝煎りで始まった教育再生会議が第一次報告書を提出。現状への対応策が列挙されてるが、根本的なところは問われない。どうして今のような世の中になったのか、教師や保護者が自己中心主義なら、子どもはそれを真似て価値観を形づくるのは当たり前。

 要するに、有利なポジションを得れば、既得権を満喫できる社会。個性云々と説いても、お役人や政治家になれば、濡れ手の泡の現実がるのだから、ズルしても潜り込もうとするのが人情。それができなきゃルールを誤魔化して、少しでも良い思いをしようと画策。そんなの、皆がわかってる。

 国民負担率が高くとも、それが公共のために必要なら、自分たちが安心して暮らせるためなら、誰も文句など言わないさ。事務所経費に領収書は要らないって、それは法律が間違ってるだろ。法律は誰が決めたのか、とぼけたって衆人環視。そういうのを日本語では、お手盛りって呼ぶんだよ。

 税金や社会保険料は年貢じゃないし、政治家やお役人はお殿様じゃない。そこが、北欧諸国と日本の違い。国会議員は忙しいからって、中小企業の社長の年収を超えちゃいけない。公務員の平均年収は、間違っても民間ベースを下回らなきゃ。公に関するすべての収支は硝子張りで当たり前。

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2007年1月25日 (木)

冤罪の恐ろしさ

 富山県で無実の男性が強姦罪で起訴され、およそ3年間の実刑を受けた後で、真犯人が登場した事件は、警察の杜撰な捜査が原因と明らかだが、他人事ではない恐怖を感じる。日本では起訴された事件のほとんどが有罪、裁判は量刑を決めるのが実情らしい。警察の取り調べが極めて重要。

 理屈を言ってしまえば、一つひとつの事件に対し、きめ細かな捜査が前提。だけどその一方で犯罪は頻発し、警察としては解決しなきゃならない。ある程度の見込みがつけば、容疑者を追い込んで、自白を導き出せば一件落着。現場は研究室じゃないから、勘と経験も大事な財産にせざるを得ない。

 裁判所は裁判所で、処理すべき案件が山積。警察に対する信頼が強いほど、基本的な起訴内容について疑わない。弁護側もその点は同じ。憎むべき犯罪を根絶し、犯人に相当の罰を与える。社会正義を貫く意志は、誰よりも強い人が集まってる。無実の人を陥れる気持ちなど微塵もない。

 冤罪を受けた人の立場になれば、無実が証明されて済む問題じゃない。まして強姦罪であれば、職場を追われ、人間関係も絶たれる。履歴も虚偽記載できなかったから、生きることさえ容易じゃなく、謝罪されても失ったものは戻らない。金銭的補償で贖えるほど軽くない。

 正直に言って悩ましい問題、人権を尊重するのが基本だけど、警察が相手にしてるのは、ひと癖もふた癖もある輩ばかり。言い逃れなのか正当な主張なのか、思い込んだら目も曇る。証拠をどれだけ公開できるのか、そうした問題も孕んでるから、そう簡単に解決できないように思う。

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2007年1月24日 (水)

どこか変だよ

 雪国のゴルフ場が、一番寒いこの季節に賑わってる。暖冬の影響でプレーできるからだが、一方でスキー場は雪乞いの儀式。昨年はまったく反対で、ゴルフ場は春になってもクローズ。世界中が異常気象で、自然には逆らえないから、なったらなったように対応するしかないのか。

 本当のことを言ってしまえば、原因は私たちの生活にあると、誰もが気づいてるけど、何せ世界中の人に関わること。自分ひとりがどうしようと、大勢に影響を及ぼさない。皆が同じように考えて、自分で自分の首を絞める。これは頻発する企業の不祥事や政界の金脈も同じ。

 新聞やTVを見ていても、同じような事件が続くと、いつの間にか感性が摩滅。何を信じて良いのやら、わからなくなったら目を閉じ、耳を塞ぎ、口を噤む。誰かが何とかしてくれるはずだから、自分は目の前のことを楽しんで、問題が解決されるのを待ってれば良い。

 確かに贅沢はできないし、暮らしにくくなったような気がする。それでも朝、昼、晩とご飯を食べられるし、屋根のある場所で雨風を凌げる。今までだって、どうにかなってきたのだから、これからだって何とかなるさ。ほとんどの人が流れに身を任せて、お気楽に漂ってる。

 でも、気づいたときは丸裸、そうなっても知らないよ。人が社会で生きる意味を、自然と共生しないとダメな理由を、そろそろ真面目に考えなきゃ。自分ひとりだけ良いポジションを取ろうとしても、大地が崩れたら一蓮托生で奈落の底。温かいからって、浮かれてる場合じゃないでしょ。

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2007年1月23日 (火)

東国原知事に期待

 宮崎県知事にそのまんま東氏が当選、政治家への志が強いことから離婚し、知事選への出馬と同時に所属事務所も辞め、背水の陣で闘った思いが伝わった。全国区の有名タレントでありながら、芸能人を呼ぶパフォーマンスも封印。地道に本気で訴えた理念が、宮崎県の人へ届いたのだろう。

 当初は泡沫候補と目され、本命は中央官庁出身の2人。ところが自民党の分裂も追い風にまり、泡沫候補はいつの間にか大本命へ。それより選挙民の心に響いたのは、宮崎市内で開かれた討論会で、東氏ひとりのマニフェストだけが、具体的な数字を盛り込んでいた事実。

 政治家になりたくて早稲田大学に再入学し、勉強したことも背景にあるけど、何より凄いのはすべてを捨て、本気で宮崎県の再生に取り組もうとしてること。そうは言っても議会も役所も保守層の強い地盤、田中氏が長野県知事に当選したときと同じように苦戦が予想される。

 それでも当確後のTVインタビューで、笑顔を見せない凛々しい姿に、強い頼もしさが伝わって、この人なら宮崎県から日本を変えてくれるかもしれないと感じた。政治には素人でも、中央とのパイプは太くて多い。宮崎県に人を呼ぶアイデアは、頭の中から溢れ出すに違いない。

 地方自治が問われる今だからこそ、これからの宮崎県政から目を離せない。宮崎県だけでなく日本全体の未来が、浮き彫りにされていくような印象さえ抱く。素人の目から見て常識が通るようにならなければ、地方自治の再生はあり得ない。東国原英夫知事に熱いエールを贈りたい。

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2007年1月22日 (月)

納豆ダイエット

 フジテレビ系列の関西放送の人気番組で放映した納豆ダイエットが、数多くのデータを捏造して制作され効果がないと叩かれてる。納豆にイソフラボンが含まれてるのは周知の事実、ダイエット効果はいざ知らず、栄養価の高い健康食品なのは間違いない。食べたからって身体に害を及ぼさない。

 だからといって怪しげな情報を、公共の電波に乗せた見識は疑われる。提供する側はバラエティのつもりでも、受け取る側は大真面目な情報。だから翌日から全国で納豆が売り切れ、小売店もメーカーも目をシロクロ。今さらながらにYVの影響力の凄まじさを見せつけられる。

 でも、率直な印象としては氷山の一角、TV局が制作会社に依頼して、それがさらに下請けに回される。限られた予算の中で視聴率を取らなきゃ、次の仕事をもらえない立場なら、一番大事なのは視聴者の関心を引くこと。センセーショナルなテーマで、裏付けは二の次、三の次もわかるような気がする。

 申し訳ないけど、踊らされる視聴者も視聴者。どのような情報でも、必ず正しいとは限らない。それぞれを判断し取捨選択するのは個々人の責任。インターネットの書き込みでも、活字になった本でも、間違ってることはたくさんある。TVだって鵜呑みにするのは危険、そのくらいは学習してほしい。

 当たり前の話だけど、何をやるにしても、お湯を掛けて3分間で手に入るのは、それなりのものでしかないし、リスクが潜んでるかもしれない。誰かが言っていたからとか、何かに書いてあったとか、責任を転嫁しようとしても、自分の人生を他人は背負ってくれない。当たり前だよね。

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2007年1月21日 (日)

大丈夫なの

 不二家の事件で次々と杜撰な管理が暴露されてるが、大阪のユニバーサルスタジオや東京ディズニーランドでも、期限切れの材料を使用してることが発覚、健康被害は出ていないとの発表だが、食べてしまった人は不快感が甦る。こんな状況じゃ、何を食べれば安心できるのか。

 私たち素人は、見た目だけでしか判断できない。それも今までの経験値だけ、生鮮食品にしても、上手にコーティングされたら、見破る自信などまったくない。生産地や原材料を明記するように義務づけられたのは、まだ記憶に新しいけど、それでスーパー店頭の文字情報はガラッと変わった。

 まして加工品となると、原材料がわかったところで、使われたときの状態など皆目見当が付かない。古いのか新しいのか、細菌が含まれてるかどうか、耳にしたことがあるメーカーが製造したなら、安全な品質管理がされていると信じてる。工場など調べずとも、暗黙の了解のはず。

 保健所などの公的機関もあるが、すべての食品工場をチェックするなど、現実問題としては不可能だから、どうしても後手に回ることになる。決められたルールを守るのが前提、それをやってなきゃ何が起こるかわからない。報道されてるのが氷山の一角なら、私たちに打つ手はない。

 だからといって自給自足の生活へ、戻れる人なんているわけがない。生産農家の人だって、魚も食べれば肉も食べ、加工品だって口にしてる。極めて基本的な信頼を保つには、経済原則だけで仕事を進めないこと。何をやって良いのか、何をやっちゃダメなのか、一人ひとりがもう一度問い直したい。

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2007年1月20日 (土)

大人の都合

 伊吹文部科学大臣が、公立小中学校の完全週休2日制について、検討する考えを明らかにした。導入する際にもさまざまな疑問が発せられてたけど、子どもの自主性を育てたいという大義名分が通り、その実は教職員が世間並みに土日を休みたいといったところ。だから夏休みも減らなかった。

 子どもにしてみれば、土曜に登校と決まれば従うし、休日ならそれにも従う。素直な気持ちでルールを守ろうと考えてるから、自分の理屈を押しつけようとしない。そのように見えたとしたら、それは親の意見を代弁してるだけ。いつだって、教職員や保護者に振り回されてる。

 そもそも義務教育の目的とは何か、根っこのところを問い直さず、声の大きい人の意見に左右されるから、肝心要の日本の未来まで迷走する。小中学校は高校の予備校ではないし、知識の習得だけが学習ではない。偏差値の高い高校への進学を、唯一の目的にするのが間違ってる。

 中学校を卒業した段階で、社会人として生きられる基礎的な力を身につける。そのための知識であり技術であり、ものの見方考え方を求めれば、それ以上に学びたい人が高校なり専門学校なり、それぞれの判断で進めば良い。人との付き合い方や、常識やマナーを覚えるのが大切。

 社会人としての生活習慣を身につけるなら、夏休みも長すぎやしないか。児童の体力もあるから、学年が進むに連れて短くし、中学3年生なら1週間もあれば充分。そんな考え方もある。教育を改革するなら、そのくらい自由な発想で、子どもたちに次世代を担わせることに主眼を置かなきゃ。

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2007年1月19日 (金)

史上最高の税収

 東京都の税収が4兆6千億円、バブル末期の91年度を超えて、史上最高額と報じられてる。ちなみにこの額はベルギーの国家予算と同じくらい、タイの国家予算の2倍というから驚きだ。東京都には大企業の本社が集中し、業績が好調に推移してることから、法人事業税や法人住民税が伸びてる。

 東京都も努力を重ね、差し押さえ品のインターネットでの競売などで、徴税率も向上して98%、不公平感を拭い去ってる。政府の税制改正では、都税の一部を地方に配分する案も浮上してるが、数多くの自治体で不祥事が頻発してる実情を踏まえると、すんなりと決まるとは思えない。

 それにしても景気の良い話だが、庶民感覚とずれてるのは、税制そのものに問題があるからか。国税も同じだけど、お役人が潤う国は後進国。お手盛りを許さずに格差を解消し、弱い人が生きられる社会にするのが肝心。税収が増えて喜ぶのは、そこに暮らす人が笑顔になってから。

 私たちもそろそろ政治家や官僚を偉い人と思わずに、自分たちが納めた税金がどのように使われてるか、ブラックボックスにしない努力を求められてる。誰かが何かをしてくれる。長い間そんなふうに考えてきたが、黙っていると税金は湯水のように浪費されかねない。

 東京都に暮らす人が潤うなら、日本全国どこに住んでも、それぞれに分かち合いたい。東京都のお金を地方へ回すのでなく、東京都と同じような環境を整えるのに、シフトを切り換えることが大事。本気で村おこし、街おこしと取り組み、人が集まる魅力を生み出さなきゃ。

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2007年1月18日 (木)

労働分配率

 賛否両論渦巻いたホワイトカラー・エグゼンプション法案は、安倍首相の最終決断で国会への提出を見送られる。だからといって白紙に戻ったわけでなく、国民の理解を得たうえで、参院選が終わった後には提出されるだろう。それまでにどこまで議論を深められるか。

 このテーマに対しては、経済界でも労使が真っ向から対立。15日の経団連と連合のトップ会談でも鮮明だったが、春闘という形の条件交渉は護送船団方式が通用した時代の遺物、すでに無理があるような気がする。儲かってる企業も、儲かってない企業も、一律の賃上げは考えにくい。

 だからといって経営側が主張する競争力の論理も、どこまで行っても際限なく続き、内部留保を増やしたい気持ちはわかるが、働く側に対する説得力としては抽象的。売上でなく利益にシフトするなら、労働分配率なり人権比率なり、成果に対する分け前を明らかにしたほうがわかりやすい。

 どんな仕事でも、環境を整え仕組みを創った人が、優先的に権利を主張できる。社長の収入が社員より高いのは、責任の重さや仕事の質だけでなく、誰が最初に仕事を形づくったか。そうは言っても無限の権利ではなく、社会的に、そして組織内で合意できる範囲。株主だって基本は同じ。

 お互いに権利だけを主張するのでなく、自分の都合だけを考えるのでなく、相手を尊重して意見を交換すれば、収まるところに収まらないだろうか。社員証が定年までのパスポートの時代は、とうの昔に終わってるのだから、事実を直視したうえでの解決策を模索したほうが賢明。

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2007年1月17日 (水)

もの作りの誇り

 三菱ふそうで、またもリコール。2002年に横浜で起きた事故を切っ掛けに、2004年にリコールが行われたけど、名門三菱の名は地に墜ちた。ようやく復活の兆しが見え始めた矢先、当時に交換したハブに亀裂が生じて、僅か3年で再び三菱のブランドが問い直される。

 今回のケースは手続きより、設計および製造の能力への疑問。トラックの大型化や積載量の問題もあるが、想定した範囲の強度を持ち得なかった。コストの問題も絡めると、充分に実験を繰り返したかも疑問。与えられた時間と予算では、見切り発車せざるを得なかったのか。

 これは三菱ふそうだけでなく、自動車業界だけでもなく、製造業全体に問われてるような気がする。設計書が正しければ、その通りの物ができるのは、今までの日本の常識だったけど、それが今でも通用するのだろうか。外注の技術レベルは、従来のように保たれているのだろうか。

 市場原理を理由として、製造の時間と予算を削り取り、それが創意工夫の限界を越えたら、どこかで粗雑になるのは想像できる。海外に外注する一つひとつの部品は、どこまで機能をチェックできるのだろうか。安かろう悪かろうに目を瞑っていないだろうか。疑問は次々に湧き起こる。

 日本人の凄さは、確率でもの作りをしないこと。徹底的に精度を極め、万が一の不良品も見逃さず、仕上げた結果に胸を張っていた。その事実の積み重ねが、日本人に対する尊敬と勝算の源泉。今もなお同じように、自分の仕事に誇りを持つ人は、どれだけいるのだろうか。

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2007年1月16日 (火)

不二家の教訓

 不二家の藤井社長が辞任を表明、会見の席で企業体質に重大な問題と、天に唾を吐くような発言。裸の王様にされた無念さは、痛いほどよくわかるけど、でも、それを言っちゃオシマイ。痩せても涸れても組織の最高責任者として、全体を指揮してたのは自分なのだから。

 雪印乳業のときもそうだったが、先人が築いた信用に胡座を掻き、市場や社会での存在理由を疑いもせず、社内的な数値目標だけを座標軸にしていたのか原因。一般より厳しい社内基準を課しながら、それが守られなかっただけでなく、最低限の基準さえ守れなかったのはどうしてか。

 簡単に言ってしまえば、立派な創業精神や経営理念を、企業文化にまとめられず、社内で価値観を共有できなかった。何のためにそうするのか。不二家にとってどのような意味を持つのか。そこを語り合うことなく、社員の倫理観に責任を転嫁するのは本末転倒。

 上層部にとって常識でも、噛んで含んで教えなきゃ伝わらない。現場は数値目標の達成に心を奪われて、苦しくなったら平気で嘘をつく。知名度が高い大手企業ほど、経営が危機感を訴えても、社員は昨日の延長線上に明日が訪れると思い込む。今日のノルマを果たせば、後は野となれ山となれ。

 不二家という企業にとっても、ここは正念場。小手先で誤魔化そうとしたり、数値だけで生き残ろうとしたら、間違いなく消滅への道をたどる。自らの根拠を問い直し、最初の場所から築き直す。再生の道はそれしかない。他人事と思えない経営者は、すぐにまで組織を捉え直すこと。

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2007年1月15日 (月)

企業の生命線

 『中小企業白書』によると、2001〜2004年の平均で、中小企業は年間29万社が廃業、そのうち25%が後継者の不在。高度経済成長期に創業し、経営者が高齢化するケースが増えてる。こうした実情を受けて、大手銀行を中心にM&Aを推進し、経営活動の存続を働きかけてるという。

 経営が成り立たず廃業するのは、資本主義社会の掟だから、やむを得ない感もあるけど、後継者がいないという理由は、正直に言って経営者の問題と思ってしまう。どこで次世代に任せるのか、自分のレベルを基準にしたら、いつまで経ってもバトンを渡せない。

 山本五十六は、「やってみて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かない」と語った。自分が元気なときに、長期的な視野に立ち、人材を育てチャンスを与える。そのプロセスで業績が下がろうと、任せたことに堪えなきゃ、企業の存続そのものが危うくなる。決して対岸の火事じゃない。

 最も問われるのは、伝えるべき企業文化があるのか。それを受け継ぐ人の器量を測れるか。経済原則だけなら、M&Aも選択肢のひとつだけど、経営者はそれで悔いは残らないのか。人は誰でも老いる。その事実に真正面から向かい合えば、経営者の最優先課題は後継者の育成とわかる。

 お湯を掛けて3分間で人は育たない。育てようとしなければ人は育たない。目先の利益を追うのも大事だが、いつの時代にも企業は人なり。人に時間とお金を費やさなければ、どれほど大きな企業にも明日はない。手遅れにならないうちに、何をなすべきかを問い直すこと。

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2007年1月14日 (日)

DVの果てに

 渋谷で起きたバラバラ殺人事件、かなり異常な現象だけど、その背景に潜むのは、この世代に共通する心象風景。引き金になったのがDVというのも、象徴的なように思えてしまう。男も女も想像力に欠けていて、自分本位に考える人が多いような気がする。穿った見方だろうか。

 夫から暴力を受け、外に愛人がいるとわかっても、妻が別れようとしなかったのは、人から結婚の失敗を非難されたくなかったから。豊かな生活に未練があったというより、どんな犠牲を支払ってでも、幸福な妻を演じて人から賞賛されたかった。その形を崩されるのだけは堪えられなかった。

 それを知ってか知らないでか、夫はさらに幼児性思考。DVは容認されることで、さらにエスカレートする。鉄間が抵抗できないとわかると、他の女性に色目をつかい、あげくの果てに離婚を切り出す。相手の人格を無視して、玩具と扱ってきたのだから、どうしても自業自得のように映ってしまう。

 経済的な繁栄を追い求め、物質的な豊かさが幸福と、勘違いしてる人が増えてる。でも、心に風が吹き抜ける淋しさは、人の温もりでしか癒せない。お互いの身体が冷えてたら、抱きしめてもさらに凍えるだけ。ひとりで生きる強さもなければ、無理心中も予測される結末。

 こうした猟奇的な展開は、私たち一人ひとりに、何が大切なのかを問い直させ、自分たちの暮らしを見つめ直させるものなのか。死んで花実が咲くものか、自分で自分の心を殺しても同じ。もっと素直になれたら、きっと楽になれて、悲惨な事件を招かなかっただろうに。

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2007年1月13日 (土)

覇権への意思か

 安倍首相がNATOの理事会で演説し、自衛隊の海外派遣を積極的に推進すると表明。あくまでも憲法を遵守し、平和協力や復興支援の活動を指してるが、平和を維持するために武力を行使するのが国際的な軍事同盟の常識。最前線に出なくとも、戦争への協力はいくらでもできる。

 欧米諸国はテロ対策に躍起だが、その背景には宗教的対立がある。キリスト教国家でもなく、回教国家でもなく、共産主義国家でもない日本は、中立的な立場から調整の役割を担えるのに、どうして短絡的に欧米諸国に追従するのか。欧米諸国を先進国とする従来の枠組みに捕らわれてるのか。

 日本は経済的に豊かで、人材のレベルも高く、それだけに旗幟鮮明するよう求める精力はある。しかしその一方で、脅威に感じる精力もあるのは事実。何が正義で、何が悪なのか、パワーバランスだけでは律せられない。テロをテロと呼ぶのは欧米諸国で、アラブ諸国の捉え方はまた違う。

 安倍首相は、日本をどこへ導こうとしてるのか。日米安保の傘の下で、冷戦時代を切り抜けてきたけれど、それを総括するならば、日米安保そのものはどのように見直し、位置付けようとしてるのか。肝心要のところは国民の議論を尽くさず、危険な方向へ流れているように思えてならない。

 正直に言って日本が、世界を指導しなくて良い。できるだけ数多くの国と協調し、日本で暮らす私たちが平和に暮らせれば充分。事情のわからない海外まで自衛隊を派遣して、紛争に巻き込まれるなど御免蒙りたい。武力を用いない外交が、日本の持ち味じゃないのか。

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2007年1月12日 (金)

老舗の暖簾

 ペコちゃん、ポコちゃんで親しまれる不二家が、期限切れの牛乳を使用したシュークリームを販売、アップルパイにも期限切れのリンゴ加工品使用。これが発覚したのは、昨年の9月に発足した構造改革
チーム「2010推進プロジェクト」の調査によるというから、話は少しばかり複雑な様相。

 昨年の秋には経営陣も知っていたが、雪印乳業の二の舞になると恐れ、好評を差し控えていたが、口にとは立てられない結果を招いた。今さらのように謝罪して、洋菓子の販売を自粛してるが、消費者からの反発は避けられない。老舗の暖簾に胡座を掻いたと指摘されても仕方ない。

 こうした事態を招かないようにするのが最善だが、起きてしまった場合には、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。経営陣の潔い態度が、消費者の理解と共感に繋がり、老舗の暖簾が有効に機能する。外部からすっぱ抜かれた後では、何をやっても見苦しい印象しか与えない。

 不二家という暖簾で商売してるのだから、レストランも休業するのが筋というもの。そのうえで社内の仕事の流れを全面的に捉え直し、結果を明らかにして決意表明。一時的な業績の悪化を避けようとすれば、企業そのものの存続が危うくなる。今が正念場、経営陣は腹を括るしかない。

 老舗と呼ばれる企業にとって最大の財産は、言うまでもなく長年培ってきた信用であり、それは決して一代で築けるものではない。先人たちが知恵と汗を注ぎ込んで、ようやく地歩を固めてきたのに、目先の利益に目が眩み台無しにする。経済原則だけでは、企業の繁栄は約束されない。

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2007年1月11日 (木)

仕切り直したら

 伊吹文部科学大臣の政治団体が、議員会館を事務所にしながら、4700万円を事務所費用として処理し、このうち1200万円を会食費に当てたと判明。昨年末には佐田行政改革大臣が、不適切な会計処理を理由に閣僚辞任。玉虫色の決着をつけたばかり、伊吹大臣の進退も問われそう。

 閣僚では松岡農林水産大臣も、資金管理団体を議員会館に設置しながら、3000万円前後の事務所費を支出。松岡大臣はNPO法人の口利きでも、歯切れの悪い説明をしてた。自民党では魚住議員や衛藤議員も、それぞれ疑惑を受ける会計問題が発覚。どんなに取り繕おうとダーティなイメージ。

 自民党を解体すると総裁に就いた小泉氏が、旧い体質を根本的に改革してると、日本人は痛みに堪えながらも期待を寄せていた。しかしその裏では相変わらずの自民党、金権体質にメスは入れられなかったということか。安倍政権では、臭いモノに蓋するには軽すぎるのか。

 内閣を発足する前の段階で、調査が不充分だった。小泉政権が支持されたのは、スキャンダルで辞任した閣僚がなく、李下に冠を正さなかったところは大きい。挙党一致で立ち上げた安倍政権だから、派閥の論理に引き戻された。この際、すべてを捉え直して、安倍首相のリーダシップを発揮してほしい。

 衆議院を解散するという選択肢もあるが、選挙で国民に信を問うのは時期尚早。膿を出し尽くして、誰が利権にしがみついてるのか、明らかにするのが最優先課題。民主党にも同じような問題が潜んでるような気がするし、投票してはいけない人を暴き出してほしい。

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2007年1月10日 (水)

他山の石なのか

 渋谷での惨殺事件、兄が妹を殺すだけでもおぞましいのに、さらに死体を切断するなど狂気の沙汰。どのような理由があったにしても、人がやるべきことじゃない。私たちの想像力が及ばないからか、闇の部分を突き止めようと、連日のように報道されてるが、正直に言って理解する必要はない。

 この男、警察の取り調べに対して、最初は犯行を否認して、逃れられないとなると被害者から詰られたと言い訳し、あげくの果てに母親への言葉づかいが許せなかったと、どこまでも自己保身、悪いのは殺された被害者で、行き過ぎたにしても自分は間違ってないかのように主張。

 当たり前の話だが、たとえ親兄弟でも、人が人を殺しちゃならない。男が女に手を挙げたら、どんな理由があろうとも、その時点で男が悪い。まして死体を損壊するなど、自分の感情をコントロールできず、野放しにできない存在と証明してる。思い通りにならないと八つ当たりするのは幼児以下。

 恐ろしいのは、こうした事件を耳にしても、麻痺するほど頻発してること。世界中を敵にしても、守るべきは身内なのに、夫を殺し、妻を殺し、父を殺し、母を殺し、娘を殺し、息子を殺し、それがどれほど罪深いことなのか、想像力が壊れてるとしか思えない。人は人がいなければ生きられない。

 お金儲けが上手なのも、学校の勉強ができるのも、それはそれで結構なことだけど、もっと大事なことがあると、本気で教えていかなきゃ、とんでもない事態を招きかねない。親が子に何を伝えるのか、私たちが次世代に何を語るのか、他人事じゃなく考えることが大事。

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2007年1月 9日 (火)

ABL協会って

 経済産業省が3月までに、ABL(アセット・ベースト・レンディング)協会を発足させるという。ABLとは在庫などの動産や売掛債権を担保とした融資で、実施主体になるのがみずほ銀行、動産担保を引き受けるのがドン・キホーテ、動産や売掛債務を評価するのがアメリカのゴードン・ブラザーズ。

 少し調べてみたら、商工中金や地方銀行などで、すでにABLは実施されてる。これまでの経営者の個人保証や不動産に頼る融資と比べ、ビジネスの流れの中で実施されるのは合理的。融資利率や利益率にもよるけれど、成果を導きやすい環境を整えるに違いない。期待感が増してくる。

 注目されるのは、動産や売掛債務に対する評価。ここが高く設定されるなら、融資を受ける企業の裁量権は大きくなり、焦げついた場合にも商品は投げ売りされない。逆の場合もあるから、市場全体を守るためには、ある程度高めの設定が望まれる。あくまでも目的は企業の成長と発展。

 融資を受ける企業としては、一番の課題となるのが営業力。資金を調達して優れた商品やサービスを生み出しても、倉庫に眠らせたままでは一円にもならない。プライスダウンに頼れば利息さえ支払えない。本気で売る意欲がなければ、この制度を導入しても焼け石に水。

 経済産業省の枠組みを見ても、成否を問われるのは個々の企業。実施の主体も民間企業だから、審査の段階から甘くはない。それでも成長への可能性を掘り起こすセーフティネットとして、経済界全体の活性化に寄与するように思う。活かすも殺すも、経営者が営業力をどう捉えるか。

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2007年1月 8日 (月)

諸刃の剣かな

 ホワイトカラー・エグゼンプションは、一定の年収を超える会社員に、自由裁量を認めながら時間拘束から解き放つ一面もあるが、現状では残業代ゼロ法案と報じられ、そこばかりにスポットライトが当たってる。自民党の中川幹事長が述べるように、説明責任が充分に果たされてないのは事実。

 その一方で労働諸団体や評論家の反応が、被害者意識丸出しなのも気になる。私は25歳で係長になり、仕事の内容も営業職や編集職だったので、時間外手当てなるものを支給されたことがない。打ち合わせや会議で、終電時刻ギリギリになっても、それはやり方が悪いからと考えてきた。

 過労死の問題を絡めるが、それは仕事の配分のミスマッチング。特定の個人に負荷が集中し、そこに誰も気づかないとしたら、双方のコミュニケーションがとれてない。一人で仕事を抱え込むのはフリーランス、組織の一員なら全体で共有し、効率的に処理するのが基本じゃないか。

 経営者も目先の数字に捕らわれず、長期的な視野に立ち組織の活性を考えるべき。正社員を減らして人材の流動化を促し、人件費を浮かすことで得た利益は、短期的に組織を潤すかもしれないが、社会に根づいて地歩を築く結果をもたらさない。それぞれの立場は違っても、お互いに人と人の関係。

 労使対決という旧い構図でなく、ひとつの文化を共有する成員として、働き方や組織の目的を、徹底的に論議するチャンス。頭ごなしにダメと決めつけず、強硬に押し切ろうとせず、どこで理解と共感を得られるのか、双方の意見を交換し、お互いにプラスになるよう努めること。

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2007年1月 7日 (日)

和製検索サイト

 安倍総理が本部長を務める政府の知的財産戦略本部と経済産業省は、著作権法の年内改正を目指す方針を固め、現行では認められてない検索サーバーの国内設置を可能にするよう働きかける。日本で当たり前になってるグーグルやヤフーも、検索サーバーをアメリカに置いてるのが実情。

 確かに検索サイトへの情報提供くらいでは、著作権を侵害される恐れはないし、さまざまな分野でコンテンツが溢れてるから、それを絞り込めるだけ著作権者にはプラス。その先の無断転用や盗用とは別問題だから、コンテンツを提供する私の立場からも積極的に支持できる。

 問題は何をキーワードにして、情報収集のプログラムを組むのか。先行する検索サイトと同じなら、差別化できずに頓挫しかねない。日本語の奥行きを理解する事業者が、柔軟に対応してくれたらおもしろい。できることならSEO対策では、検索順位に影響を及ぼさないものが良い。

 日本国内に照準を合わせ、狭く深く絞り込めるサイトなら、リアルにも役立ちそうで、中小企業も含めた経済の活性も期待できる。こうした環境を整えるなら、その一方で著作権の保護も強化されねばならない。どんなに小さなコンテンツにも、それぞれにお金と時間と知恵が費やされてる。

 可能性を広げるだけでなく、きちんとルールを確立し、違反すれば罰則を与える。当たり前のことを当たり前にやることで、日本にインターネットが根づいていく。そのチェックは民間に委ねず、官民一体となって取り組まなきゃ、良質なコンテンツが姿を消さざるを得ない。

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2007年1月 6日 (土)

目標に対する合意

 与党内でも慎重論を唱えるホワイトカラー・エグゼンプションだが、柳沢厚生労働大臣は5日の閣議後に、次期国会での法案提出を明言。時間でなく成果で評価され、報酬を得るのが筋という考え。昨年末の労働政策審議会でも、この法案の妥当性を承認されている。

 元々は欧米諸国で導入されてる制度だが、基本的に個別な契約関係が明らかにされてる。日本では厚生労働省のサービス残業撤廃の方針で、労働者の申告による時間外手当支給が600億円を超え、この状況を受けて2005年6月に日本経済団体連合会が提言。2006年6月にはアメリカ政府からも提言。

 労働諸団体は、時間外労働の合法化と慢性化を招き、過労死にも繋がりかねないと強く反発。実質的な賃金カットという側面もあり、対象車の拡大を懸念する声も挙がってる。噛み合わない最大のポイントは、経営者が働き方を変えるよう迫ってるのに、労働者は従来の延長線上から発想してるから。

 経営者側が狡いのは、労働分配率と目標の合意を避けてる。字義通りに受け取れば、報酬に見合う成果を達成すれば、1日8時間も働くことはない。言ってしまえば会社という場を貸し与え、一人ひとりがフリーランス、そう考えればわかりやすくなる。でも、そういうことでもないような。

 日本の労働環境では、チームプレーが主流、それが日本企業の強み。この枠組みの中での制度導入は労働強化、そうしないためにはマネジメントの形、考え方を変えるしかない。企業内教育を怠って、安易に法案に乗っかれば、組織は間違いなく弱体化して元も子も失う。

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2007年1月 5日 (金)

M&A過去最高額

 昨年、日本企業が海外企業に対して仕掛けたM&Aは、前年の2.5倍、5兆2360億円に達し、過去最高額と報じられてる。M&Aというと外資系企業が日本企業に対して仕掛けるイメージが強いが、ソフトバンクがボーダフォンの日本法人を買収するなど大型のM&Aが増えてる。

 株式を市場に上場すれば、企業価値が数値として表され、売買が成立するわけだから、M&Aの可能性は常に存在する。今年の5月からは海外企業が株式交換で日本企業を買収する三角合併が解禁されるため、国内でのM&Aはさらに加速されると予測する声もある。

 これに対応するために、国内企業同士のM&Aも増えるかもしれない。国際間の流れであり、一定のルールに基づいてるのだから、現実として受け入れざるを得ないのも事実。しかし勘違いしてならないのは、企業経営はマネーゲームの目的でも手段でもないこと。そこに関わるたくさんの人がいる。

 大切なのはM&Aの後、組織を再構築すること。人間はロボットじゃないから、どのような環境でも同じ能力を発揮できるわけじゃない。組織に関わる一人ひとりが共有できる価値を創出し、文化として根づかせなければ、長期的なモチベーションを刺激できず、コア人材を確保できない。

 まして資源の乏しい日本企業が、国際的に高く評価されるのは、さまざまな分野での人間の力。その視点を捨象して、経済原則だけで企業を運営しようとしても、長期的スパンでは競争力を失い淘汰される。お金がお金として機能するのは、あくまでも人が支えてるから。それを忘れちゃいけない。

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2007年1月 4日 (木)

流石にトヨタ

 トヨタ自動車が飲酒運転防止装置を、2009年度にも実用化して乗用車に搭載する方針。運転前にハンドルを握ると、手の平の汗をセンサーで感知し、血液中のアルコール濃度を測定。一定量を超えるとエンジンが掛からないというから、飲酒運転撲滅には絶大の効果。

 それだけでなく、たとえ発進できたとしても、車内カメラで運転手の瞳孔を観察し、焦点が定まってるかをチェック。ハンドル操作では蛇行運転を確認。複数の情報から危険と見なせば、自動的に減速して停止する仕組み。これならアルコール濃度に反映されなくても、飲酒運転はできなきなる。

 すでに欧米のメーカーが開発してるのは、装置に息を吹き込むことで酒気を感知すれば、エンジンが掛からなくするものだが、運転手以外の呼気でも承認してしまうから、確信犯には通用しない。トヨタの技術が実用化されると、日本国内だけでなくぐろーばる・スタンダード。

 実用化した際には、公用車に標準装備するだけでなく、すべての車に装備を義務づけるべき。最初は乗用車だけでも、生産コストが見合えばトラックにも搭載される。すべてのドライバーは社会的責任を果たすため、それぞれが負担を引き受けるべき。悲しい報道を自らの手で断つこと。

 その結果、トヨタが大儲けしても、理に適ってる。社会が必要とする技術を開発し、その恩恵にあずかるのだから、利益をもたらすのは資本主義社会の鉄則。他のメーカーも競争して、さらに優れた技術を提供すれば、不公平感は拭い去られる。日本企業として、正しい成長の姿。

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2007年1月 3日 (水)

インフラの基本

 日本航空は業績低迷を理由に、国内路線の再編や人件費削減などを予定。開港したばかりの神戸空港が、ここでも対象になってるが、神戸の中心地・三宮までは、伊丹空港から便利なのだから、そもそも必要性があったのか改めて問われる。最近開港した空港は、どこも苦戦してるよう。

 空港に限らず道路や鉄道は、インフラの軸として重要だから、経済原則だけで捉えてはならない。でもその前に、それがなければ本当に困るのか、従来のものよりどれだけ利便性が高いのか、維持コストを賄える見通しは立つのか、きちんと考えて計画してるとは思えない。

 単純に言ってしまえば、一般道で充分に用が足りるのに、高速道を建設する理由はない。少しくらい遠回りすれば、渡る橋があるのなら、敢えて新しい橋を架けることはない。箱物にしても、頭ごなしに否定するのでなく、どのように利用するのか青写真を描けてるかどうかが重要。

 それが政治家や官僚と財界の思惑で、税金を注ぎ込もうとするから、話が厄介になり不透明になる。地方を切り捨てたらいけないが、地方にお金を回して、その場凌ぎで潤わせても、根本的な問題を解決できない。空港も道路も鉄道も橋も、建設するのを自己目的化したら無意味。

 私利私欲は問題外だが、インフラの整備の基本は必要最低限。代替設備があるのかないのか、それではどれだけ不便なのか、一歩も歩きたくないと言い始めたら、どれだけ税金を注ぎ込んでも間に合うわけがない。見栄や面子は棚の上に置き、必要性を本気で検討するのが最初の作業。

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2007年1月 2日 (火)

どう仕掛けるのか

 大阪信用金庫がまとめた今年の業況予測調査で、業績は好転しそうだが景気回復を実感できる状況でないと、取引先の中小企業1577社の経営者から回答。業績予測で良くなると回答した企業は23%、逆に悪くなると回答した企業は18%、景気拡大を実感してるのは4%、実感してないのが57%。

 比較的好況感があるのは、地価上昇で取引が活性化してる不動産業や建設業。苦しいと感じてるのは大型店舗に客足を奪われる小売業や飲食業。原油や鉄鋼など原材料のコスト増を危ぶむ声も多く、利益予想も減少が増加を上回る。大阪での調査結果だが、全国レベルではさらに厳しいだろう。

 課題になるのは、こうした現実の中で、どのように生き延びていくのか。自社の持ち味はどこにあるのか、それは市場で優位性を保てるのか、顧客に伝えるためにはどのような演出が必要で、そのためにどれだけのコストを掛けられるのか。座して待つだけでは、小は大に呑み込まれざるを得ない。

 自社の力だけでは及ばなければ、誰とどう繋がるのか、どこで合意を得られるのか。真剣に問い直さなければ、昨日の延長線上に明日は訪れない。経営者が決断のタイミングを遅らせれば、実効の確率は低くなるだけ。仕掛けられるときに仕掛けなければ手遅れになる。

 変化の激しい次代は、チャンスにも恵まれてる。活かすも殺すも、経営者の腹ひとつ。自らを取り巻く環境を嘆いても、問題はひとつも解決できない。アグレッシブにビジョンを掲げ、誰よりも経営者が未来を信じなければ、人を巻き込み動かせない。扉を開く鍵は間違いなくある。

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2007年1月 1日 (月)

人を育てる決意

 2007年を迎えて、私のテーマは人を育てること。今まで培った知識と経験をすべて費やし、ない智恵を絞り尽くして、さまざまな場面で人に影響を及ぼしたいと願ってる。そのための準備も整って、後は舞台を待つだけの気持ち。どうすれば人は育つのか、皆が幸せへ迎えるのか。

 人が生きるには、経済原則が礎になる。より良く働く人が、より多く稼ぐのは、資本主義社会の鉄則だから、それを否定しようとは思わない。しかし、より良く働くとは、どのようなことなのか。より良く働いた人が、本当に報われるルールになってるのか。その辺りから考えていきたい。

 正直に言って今の社会では、基準が曖昧になってるだけでなく、すべてを自助努力に委ねる傾向が強まってる。確かに放っておいても、賢い人は働き方を覚えて、成果を導くに違いない。だけど大多数の人たちは、教えられて初めて気づく。小さなことでも、人生を切り換えるチャンスになる。

 公正な社会が実現すれば、力を発揮できると考える人は多い、しかし残念ながら、どこから見ても公正な社会を、私たち人間は経験していない。どこかしら歪んでいて、理不尽な現実を押しつけられ、それでも納得できる人生を送る人もいれば、毎日を嘆いて後悔する人もいる。

 世の中が間違ってるなら、正さなきゃならないが、それは批評することじゃない。一人ひとりが力を付け、影響力を及ぼし、自らの頭で考え、自らの足で動くことで、少しずつ世の中は変化する。どんな大きな組織でも、それを形づくるのは個々人、人を育てなければ何も動かない。

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