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2006年12月11日 (月)

自立する時代

 しばらく休んでいたけど、師走になったこともあって、世間はやはり騒がしい。政治や経済の大きな流れを見てると、ますます個人の自立を求められ、横並びの繁栄を望めそうもない。格差社会の問題点を指摘されながら、格差を助長する傾向は強まってる。富国強兵という言葉が現実味を帯びてくる。

 格差の基準になるのは経済原則、富を集めた人は優遇され、そうでない人は排除される。そのプロセスでルール違反していても、罰則は軽微で財産を没収されたりしない。ほとぼりが冷めたら、蓄積した富をベースにして、何度でも勝負を仕掛けられる。富がなければチャレンジもできない。

 明らかにアメリカを模した社会へ移行してるのだけど、日本人の大半が選挙で支持してるのなら、それも仕方がないのだろう。皆が自分は成功者になり、豊かな老後を過ごせると信じ、ジャパニーズ・ドリームの実現へ清き一票を投じてる。穏やかに暮らすより、勝利を目指して闘いたい。

 それならそれで腹を決めること。泣き言を口に出しても、誰も手を差し延べてくれない。今までの成功法則が、これからも通用するとは限らない。昨日の延長線上に明日を描けなければ、アドバンテージと思っていたものが足枷になることも。優秀な大学を卒業しても、それで人生は保証されない。

 これは企業や組織も同じ。過去の実績に胡座を掻いてると、根元から崩れ去る危機が訪れる。富裕層だからといって、ウカウカ油断してたら、尻の毛まで抜かれかねない。皆が皆で闘い合って、血を流した果てに、本当に幸せは見えるのだろうか。私たちは、それを望んでいるのだろうか。

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