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2006年11月12日 (日)

生命の実感

 爆笑問題のバラエティ番組で、高木美保が義務教育に農業の時間を採り入れるように提案。賛成、反対それぞれに意見を交わすのだが、反対意見は説得力がなく、今の子どもたちに一番欠けてるのは、生命に対する実感のように思った。下手をすると野菜や果物だって、工場で製造すると考えちゃう。

 核家族化が進んでるから、同居する親族の死を経験する子は減ってる。マンションに暮らしていればペットも飼えないから、犬や猫が死ぬのも当事者としては体験しない。常に死は映像の向こう側にあるから、通夜や葬儀に参列しても悲しみを共有できない。これが都市に暮らす現実。

 それでも生きるには困らず、極端なケースでは部屋から一歩も出ず、インターネットとディリバリーで暮らしていける。そうなると他者とのコミュニケーションも、自分の意識の中で想像力を膨らませ、都合の良い方向へ解釈する傾向が強まる。想定外の反応に驚くほど弱い。

 そのように考えると種を蒔き、苗を植え、日々の天気にやきもきしながら、育てたり枯らしたり、生命を育てる経験は尊い。苦労するからこそ収穫の喜びも大きい。体験学習でなく、年間の授業に組み込むのが味噌。虫や農薬についても学ぶから、胡瓜一本の大切さが身に染みる。

 本当のことを言えば、子どもたちより先に大人たち。店頭に並ぶまでがブラックボックスなのに、想像力が働かなくなった人に、魚がどこで捕れ、米がどのように実るのか、言葉でなく身体で理解してほしい。土を触り、水に馴染み、生命の中で活かされることを知れば、ものの値打ちがわかってくる。

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