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2006年11月28日 (火)

暴力の限界

 イラク戦争が長引いて、アメリカ軍が太平洋戦争に参戦してからの日数を上回ったという。ベトナム戦争は8年5ヶ月、アフガニスタンでは5年、それに次ぐ長さと報じられてるが、イスラエルとパレスチナの紛争に対しても、アメリカは強い影響力を及ぼしてる。

 湾岸戦争を経て、イラク戦争で独裁者と呼ばれるフセイン氏を捕らえ、裁判によって死刑を確定させたけど、これもイラク人による裁判というのは形だけで、アメリカの強権が背景にあると誰もがわかってる。だからイラク国内はまとまらず、民族の対立が激化してる。

 ベトナムでもアフガニスタンでも、アメリカの正義は独裁者からの民衆の解放。イスラエルの場合は少し複雑だが、基本的な理屈は同じで、世界中がアメリカになびくのが、最大多数の幸福と信じてる。価値観が異なる人は反省し、アメリカから学ばねばならない。そうでなければ殲滅する。

 そうした脅しに屈しないから、イラクへの大規模攻撃の際には、ほとんど失われなかったアメリカ軍兵士の命が、占領後になって3千人近く奪われてる。フセイン氏の正義を認めるかどうかは別として、否定するならイラク国民の手で行うしかない。他国が口を挟むべき問題ではない。

 それぞれの国や民族の主張は異なり、利害は必ずしも一致しない。だからといって暴力で従わせるのは、それこそ民主的なルールに反するのでは。武力で対決すれば、強い側も弱い側も殺される。憎悪の連鎖は断ち切られることなく、命はますます軽くなっていく。

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