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2006年9月16日 (土)

砂を噛む幕切れ

 地下鉄サリン事件などの首謀者、オウム真理教元代表の松本智津夫被告に対し、最高裁は弁護側の特別抗告を棄却し、一審判決の死刑が確定した。形の上でも異常だが、新興宗教の教祖として登場し、政界進出まで目論んだ人物としては、往生際が悪すぎる最後の場面となった。

 松本被告の引き起こした事件については、弁解の余地なく極刑が妥当とするのは、衆目の一致するところに違いない。それでも被告人に弁論の機会を与え、社会的背景を探りながら、事実を明らかにするプロセスで、問題を共有するのが民主主義の基本。社会的に認められずとも自分自身の正義はある。

 ところが松本被告は法廷でも意味不明の言動を繰り返し、弁護団とも意思疎通を図れずに、ついには控訴趣意書さえ作成できず。初公判から10年、明らかに狙いは裁判の遅延。どんな形でも生き延びようと、松本被告は自らのエゴを優先し、社会どころか教団信徒さえ裏切った。

 こうした教祖を崇め続け、教団を解散しない信徒たちも異常。教義が正しかろうと間違ってようと、誤った結果を導いた事実と向かい合うなら、自らの生き方を真摯に問い直し、白紙の状態からやり直すのが本道。煩悩に捕らわれて解脱できないのは、宗教の精神の根本に反する。

 殺人事件の弁護に際し、心神喪失を訴えるのも、私には理解できない。まともな精神状態なら、人は人を殺さない。狂気に支配されてるからこそ、想像もできない重大事を引き起こす。薬物やアルコールを使用していても、それを選んだのは本人の意志。責任を免れる理由にはならない。

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