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2006年9月 5日 (火)

日本の常識を疑え

 9月4日午前10時から東京地裁で、26回を予定されている堀江貴文被告の初公判。マネーライフ社買収の際の偽計取引と風説の流布、連結決算での53億円の粉飾による有価証券報告書の虚偽記載、これが争点となる起訴事実だが、堀江氏は全面的に無罪を主張してる。

 正直に言うと事実関係は藪の中だけど、代表取締役の役職にいる以上、知らなかったでは済まされない。たとえ宮内氏や他の幹部と対等の関係で、蚊帳の外に置かれていたとしても、責任を引き受けるのが組織の掟。少なくとも株価操作の錬金術は、堀江氏も充分に承知してたはず。

 問題なのは株の売買で利益を得ることで、メディアへの露出を増やし、アドバルーンを掲げ、一躍時代の寵児に躍り出たこと。金さえ掴めば何でもできると、若い世代を中心に幻想を撒き散らした。確かに資金があれば株を取得して、その比率が高まれば経営への発言権も生じる。

 しかしどのような事業でも、お金だけでは動いてない。創業者の思い、働く一人ひとりの知恵と汗、取引先を初めとした関わる人たちが培った歴史、そうしたものすべてが門外漢の思惑で削除される。たとえ合法的でも、日本の産業に及ぼす影響はマイナスじゃないか。

 規制緩和が進み国際化が促されるほど、企業価値は共通言語としての金銭に換算され、投資効果も含めた株価へと反映される。スキルやノウハウや哲学を持たなくとも、お金さえ払えば株を購入できる。値上がった段階で売り抜ければ、企業は何の恩恵も受けず、目端の利く人だけが儲けられる。

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