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2006年9月30日 (土)

恐くないのかな

 厚生労働省によると、中国から輸入された松茸に、基準値をはるかに超える農薬が検出。直ちに健康に影響を及ぼさないというが……。ちなみに昨年の国産松茸は40トン、それに対して輸入松茸は2900トン、中国産は1700トン。そこまでして松茸を賞味しなきゃいけないのかな。

 恐いのはどうやら松茸だけじゃないらしく、先日大分県の椎茸農家から聞いた話では、中国産の椎茸は傘の裏が真っ黒で、そこを削り取って加工食品に使うという。それでも安いから、日本の椎茸農家は押されて、将来の見通しが立たないとこぼしてた。日本の食べ物が年々減っていく。

 日本中の人が腹を空かしてるのだから、国内で生産される量だけでは足りない。どうしても輸入食品に頼らざるを得ない。でも一方では、コンビニやスーパーで賞味期限を切れた加工食品が捨てられ、ゴミの問題は解決されずに先送りされてる。緻密なはずの日本人が、食についてはあまりに杜撰。

 これではいけないと有機農法に取り組んだり、栄養価の高い食材を開発したり、真剣に頑張ってる人たちは日本全国にいる。ところが残念なことに、こうした情報を知ってる人は少なく、その値打ちを理解する人はさらに少ない。今は頑張ってる人たちも、支えられなきゃ踏ん張れない。

 私たちが意識的に、日本の食品を選ぶことから、少しずつ変化が訪れるのではないだろうか。日本の土で育った農産物や、日本の海で捕れた海産物を、私たちは慈しみ味わいたい。子や孫の時代になっても、日本から農業や漁業がなくならないように、私たちが考えるときを迎えてる。

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2006年9月29日 (金)

水が澱むと腐る

 テレビ朝日のプロデューサーが、制作会社を操り架空請求。1億5千万円の申告漏れだとか。これ以外にも別の制作会社から、外注費を装って3億円を捻出させ、とどのつまりは懲戒免職になったが、酒池肉林の乱痴気騒ぎを繰り返し、儲かったのは水商売や風俗営業だけ。

 本人にすれば、どこかで勘違いして、職権として許されると思い込んでた。好きな酒を浴びるほど飲んで、きれいなネエちゃんを侍らせて、この世の天国がいつまでも続くと信じて疑わなかった。それが今じゃ病気療養中、そのうえ退職金さえ失って、家族の中では針のムシロ。

 愚かと言えばそれまでだが、想像できない大金が当たり前のように流れ、それを消費者1人当たりに換算すると、驚くほどの金額は価格に転嫁されない。たとえば日本中の人から1円を恵んでもらえば、総計は1億3千万円近くになる。システムを確立さえすれば、お金は湯水のように涌いてくる。

 TV局の笑いが止まらない裏では、それだけのお金を提供してる人がいる。民間放送ではスポンサーだけど、広告費を削って中小の取引先が成り立つように、お金の使い方を再考したほうが……、と思わせるケースもある。公共放送では国民から取り立てる年貢が重すぎる。

 その一方で私たちも、余暇の使い方を考えなきゃ。心も身体もへとへとだから、TV桟敷で寝転んでビールを飲みたい気持ちもわかるけど、たまには外へ出て土と親しむとか、久し振りに本と親しんでみるとか。水を澱ませているのは、私たちが飼い慣らされた羊だからという一面もある。

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2006年9月28日 (木)

普通の感覚って

 韓国の市民団体がソウル市内で、アメリカ産牛肉の輸入再開についてアンケート。その結果、消費者の92%が韓国産の牛肉を選んだ。理由は美味しいから、国産だから、品質を信用できるから。お隣の国、それも極めて狭い地域の話だが、考えさせられることが多い。

 別に牛肉に限ったことではないが、自国で生産されたものが一番安心。それが当たり前と思うんだけど、日本ではちょっと違ってるような気がする。本場から空輸された食材を有り難がったりするけど、ドラえもんのどこでもドアを使ったわけじゃない。密封された空間で何時間も寝かされてる。

 国内だって遠けりゃ、トラックで運ぶしかない。肉だって魚だって野菜だって、鮮度も味も落ちていく。色々工夫したって、採れたての旨さには敵わないと皆が知ってる。高級食材なら飛行機も使えるけど、毎日食卓に上るような食材なら、外国のものは船で運ばれる。放っておけば腐ってしまう。

 そうならないようにするには、薬品やら防腐剤やらで処理するけど、美味しさまで保証できるわけでなし、安全基準だって絶対視できない。そんなふうに追ってけば、できるだけ日本の食材を食べたいよね。日本の土壌が農薬に汚染されてるとか、それじゃ外国の土壌は汚染されてないのか。

 日本の土に問題があるなら、日本人が解決すれば良いし、そこで暮らしてるんだから、やろうと思えばできる。何よりも日本で生まれた私たちは、子どもや孫も日本で暮らす人のほうが多い。今だけじゃなく先のことも考えたら、韓国の人のほうがはるかにマトモなような気がする。

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2006年9月27日 (水)

新聞の片隅に

 安倍内閣が発足した同じ日、入間市豊岡でひとりの男性が飛び降り自殺。私と妻がよく買い物に行く丸広百貨店の近く。世代の近い団塊の世代ということもあり、ついつい詳細を読んで驚いた。私たちが若い頃にミリオンヒットした『太陽がくれた季節』を唄った「青い三角定規」のメンバー。

 59歳の男の名は高田真理、11日に入間市下藤沢の交差点で、酒気帯びでバイクを運転中に、自転車に乗った女性と人身事故。女性は頭蓋骨折など1ヶ月の重傷で、高田さんは現行犯逮捕されたが、処分保留のまま釈放されてた。「青い三角定規」は、33年振りに再結成、活動する予定だった。

 「青い三角定規」が解散した後に、高田さんは居酒屋を経営してたらしいが、新聞に報じられてたのは無職。華やかなスポットライトを浴びて、それなりのお金を手にしたのだろうが、紆余曲折を経て、再結成には期するところがあったような気がする。それを軽い気持ちで飲酒運転……。

 端から見ると、命まで絶つことはないと思うが、本人にすれば引き起こしたことの重大さ、影響を及ぼす数々のマイナス、昔の仲間に顔を合わすこともできないと思い詰め、逃げるようにマンションから身を投げたに違いない。それでも、やっぱり弱すぎる。そこで踏ん張らなきゃ。

 確かに高田さんが「青い三角定規」のメンバーでなければ、入間で起きた酒気帯びの人身事故が、全国に報じられることはなかっただろう。でも、それだけ注目される人なら、自らの過ちを反省し、飲酒運転の怖さを訴えることもできた。苦しくとも、生きることが大事じゃないか。

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2006年9月26日 (火)

誰の責任なのさ

 財務省によると、今年6月末の国の借金は前年同期比4%増の827兆7948億円、国民1人当たりにすると647万円。この他にも地方の借金が、今年3月末で170兆円。この他に特殊法人の借入金など、国が保証する債務が52兆4275億円。私たちはこれだけの債務を負ってるけど、実感がないのも事実。

 民間企業でも個人でも、これだけの負債を抱えたら、誰かが責任を問われるが、不思議なことに政府も中央官庁も地方自治体も頬被り。それどころか上層部は減給もされず、のうのうと暮らしてる。国民の批判が高まれば、現場の人員を削減し、改革は進んでると誤魔化して……。

 それでも埒が明かなければ、福祉への支出を削り取り、足りなきゃ諸々の増税。酒を飲むのが贅沢だと酒税を上げ、煙草を吸うのは不謹慎と煙草税を上げ、数年先には物を買うのはけしからぬと消費税を上げようと目論んでる。国会議員も国や地方の官僚も、既得権益を手放さないまま。

 どんなに偉い人たちか知らないが、日本の借金を増やし続けた責任を、すべて国民にツケを回すのは虫が良すぎやしませんか。江戸時代じゃあるまいし、領民は活かさず殺さず、年貢をむしり取り、能書き垂れて胡座を掻いてる場合じゃないでしょ。増税する前に家屋敷を処分しろ。

 民間企業の経営者たちは、儲けてる人も確かにいるが、無一文になる人だっている。それぞれがリスクを背負い、そのうえ税金を納めてる。税金は国に差し出したわけじゃなく、国民全体の利益に貢献するよう預けてるだけ。それができなかったのだから、責任をまっとうするのは当たり前。

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2006年9月25日 (月)

酒に溺れるな

 NTVの船越アナが、系列TV局の女性アナに、セクハラを行ったと、降格、降板の処分。宴席の場というから、酒の勢いで理性が働かなかった。周りの人たちも、なぜ制止しなかったのか。よほど目に余ったので表沙汰にされたが、こうした構図は氷山の一角ではないのか。

 酔ったうえでの乱暴狼藉、不埒な行為など、日本人は多すぎる。つい先日も電車内での痴漢行為に、酔って覚えてないとの弁明の先生。相変わらず続く飲酒運転も含め、酒を飲む人が自らを律しなければ、悪いのは酒ということになってしまう。世の中の左党にとっては大迷惑。

 根底にあるのは本人の意識の問題だが、酒席での言動は無礼講と、甘やかす世間の風潮も問い直さなきゃ。若い頃に教えて、自分の酒量の限界や、どのような酔い方をするのかを、本人にわきまえさせるのが基本。それを放っておいて、問題になったとたん槍玉に挙げるのも、如何なもか。

 私は下戸だが、それでも営業職なので、若い頃は飲まされる機会が多かった。当時の先輩たちは、酒飲みの心得から、箸の上げ下ろしまで、酔った頭にとことん刷り込んだ。酒席で暴れ出す若者がいると、必ず先輩が摘み出し説教。ルール違反をとことんたしなめた。

 お酒が好きなら、浴びるほど飲んでも構わない。でも、それを言い訳にして、傍若無人に振る舞うのは、何よりもお酒に対して失礼。それ以上に、穏やかにお酒をたしなみ、マイカーを預けて帰宅する人たちに、ケンカを売ってるのと同じ。少しは考えてくれなくちゃ。

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2006年9月24日 (日)

国際化って!?

 アメリカの金融局が三菱東京UFJ銀行の現地拠点に対し、マネーロンダリングの監視態勢が不充分なことを理由に、行政処分の発動を検討していると報じられた。ニューヨークおよびワシントンでのテロ以来、アメリカはその対策に神経を尖らせてるのは知ってる。

 当たり前の話だが、日本でもマネーロンダリングは禁止され、それを取り締まる法律もあるけど、どちらかと言えば個人情報保護を優先してる。要するに個々の取引の背景について、必要以上に踏み込まない。国際的なテロ組織が、表立って活動してない事情もある。

 たとえ現地拠点といえども、日本の銀行の発想では、危機意識が薄くなるのは、わかるような気がする。マネーロングリングを監視するには、口座名や送金先を特定するだけでなく、それぞれの背景を個別にチェックして、関係図を掌握する必要があるから、個人情報は丸裸にされる。

 終身雇用が約束されなくなってから、個人情報の流出が増えていることも頭痛の種、システムに対する制限を強化しても、管理監督者以上にコンピュータに詳しい人は山ほどいる。それが漏れたら漏れたで大事件、そうは言っても郷に入れば郷に従え、アメリカ当局の指示は無視できない。

 結局はビジネスに対する思考回路そのものを、グローバルスタンダードへ切り換えねば、国際舞台で仕事はできないということか。同じ発想で日本でのビジネスは通用するのか、ちょっと違うような気もするが、全体の流れはそうなってるのだろう。恐ろしや、恐ろしや。

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2006年9月23日 (土)

柔らかなMLM

 仕事がらネットワークビジネスに絡んでる人たちとも、それなりに交流があるけど、私自身は一定の距離を保ち、彼ら彼女らの言動を観察してきた。ほとんどの人たちは、成功へのストーリーに幻想を抱いて、収入の額で自分を語ろうとするから、私にとっては魅力的ではない。

 真面目にMLMと取り組んでる人も、天上天下唯我独尊の傾向が強く、新興宗教のような雰囲気が漂う。理屈としては正しいのかもしれないが、自分だけが正しく他は間違ってるという論法は、私には心地良くない。置かれた状況を考えれば、わかるような気もするのだけれど。

 ところがMLMと長く関わってながら、どのくらい収入を得てるかも語らず、自分が扱う商品に絶大の信頼を寄せながら、それがすべてでない人と出会った。初対面のときから、MLMを展開してると隠さず、だからといって私を取り込もうともせず、だから今でも交流が続いてる。

 その人が特別と考えてたのだけど、若い世代を中心として、無理のない形でMLMと取り組んでる人たちもいると、まったく別なところで聞かされた。収入は驚くほどではないが、自分の仕事に誇りを持ちながら、MLMという島に捕らわれず、バランス良く人間関係を築いてるらしい。

 システムそのものより、プロセスに問題があったのだから、関わる人の意識が変われば、MLMがひとつの働き方になる確率は高い。会社組織が安定した雇用を約束せず、取引先も含めて働く人の期待に応えようとしなければ、ビジネスの構造そのものに変化が訪れるかもしれない。

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2006年9月22日 (金)

意識改革セミナー

 東京都中小企業振興公社で、「やる気のある社員を育てる」というテーマで、意識改革セミナーを展開。ところが参加者は20代が中心、どうすれば意欲を引き出せるか、参加者の立場からアレンジ。どちらにしても大事なのは、「やらされてる」から「やる」への変換。

 従来の会社組織が大きく変化したこともあり、定年まで保証されてると考える人はないが、同時に組織との一体感も薄れてる。議論を交わすトレーニングも欠けているので、提案が受け入れられねばあきらめてしまい、無力感に支配されるケースも少なくない。学校と社会の違いもあいまいな理解。

 そうした状況を踏まえて、最初に考えてもらうのは、どうすれば仕事をおもしろくできるか。そこで求められるのは当事者意識。具体的でわかりやすいケースを示しながら、自分を主体として考えなければ、進もうとする道を歩けないと説く。ゲームはおもしろく、学校の勉強はそうでないのは、なぜか。

 それからグループに分けてディスカッション、私は順番にグループ巡り、発言者が片寄らないように注意し、それぞれに小さなアドバイス。ワークスタディにしても良いのだが、そうすると発表の時間が必要になり、気づきを得ることを目的にこちらを選ぶ。時間が経てば、閉じた口も開く。

 仕事はひとりじゃできないから、周囲を巻き込むことも必要。それにはルールがあり、チェックポイントがある。いつでもうまくいくとは限らず、失敗したときのフォローも大事。自分の頭で考え、自分の足で動き、無理な背伸びをせずに、自分ができることをやり切るのが肝要

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2006年9月21日 (木)

どうなる安倍政権

 第21代の自民党総裁は、下馬評通り安倍晋三氏。対立候補の麻生氏、谷垣氏も善戦したが、総得票の6割を超え圧勝。戦後最年少、52歳の総理大臣の誕生である。父は、官房長官を務めた安倍晋太郎氏、大叔父の佐藤栄作氏、祖父の岸伸介氏は、共に歴代の総理大臣。サラブレッドである。

 小泉政権では党幹事長、官房長官など要職を務め、大胆な政策の推進に貢献した。補佐役としての実績は評価されてるが、問題は、総理大臣として独自色をどこまで打ち出せるか。実際に総裁選での発言を聞いてると、麻生氏や谷垣氏と比べ歯切れが悪い。

 小泉政権は土壇場まで追い詰められ、起死回生の大逆転劇で誕生したから、党内の反対勢力を蹴散らせたけど、安倍政権を支えるのは呉越同舟、それぞれの思惑が見え隠れする。手綱を引き締めれば党内が揺れ、緩めすぎると国民の支持を失う。民主党の代表は、カリスマ的人気を集める小沢一郎氏。

 基本的には小泉政権の方針を引き継ぐといいわれてるが、小泉氏への批判をどのように受けとめ、安倍政権としてどう展開してくか。まったく予断を許さない。取り敢えずは来週初めの組閣および党内人事、そこで間違えると一気に支持を失うことさえ……。固唾を呑んで見守るしかない。

 私たち庶民としては、先行きに不安がなく、毎日暮らしやすいのが一番。トリッキーな政策に心惑わされず、必要な改革は断固として推し進め、不公平感のない社会を実現してほしい。それができるなら自民党でも民主党でも、こだわらずに支持したいのがホンネ。

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2006年9月20日 (水)

横紙破りの現実

 ロシアの天然資源省は、シェルが中心になり日本の三井物産や三菱商事も出資する石油・天然ガス開発プロジェクト「サハリン2」に対し、環境法違反を理由に事業中止を決定した。そうなのかと思ってたら、事業中止は計画を取り止めることではないというからややこしい。

 ロシアの狙いは自国企業の出資比率を高め、権益を拡大したいのは明らか。この國はソ連邦の時代から、終戦間際に日ソ不可侵条約を破って、樺太、千島列島を領土にした前歴がある。他国企業に土を耕させ、種を蒔かせ、収穫の時期を見計らいのこのこと現れる。言っちゃ悪いが常套手段。

 私は日本に軍隊は要らないと考えてるが、在日米軍の傍若無人な要求や、今回のロシアの横紙破りなど、舐められてる現実を突きつけられると、憲法を改正し正規軍を保有する主張にも、一理あると思わざるを得ない。交渉のテーブルで武器をちらつかせる國ばかり。

 その一方で考えるのは、日本は外国に頼らず暮らすことはできないか。武力を背景とせず話し合える國とだけ付き合うことはできないか。土地を有効に活用し、賄えるものはできるだけ自国で賄い、外を羨まず、足りるを知る。そうした意識へ切り換えないと、日本人は幸せになれないような気がする。

 明治時代以来、欧米へのキャッチアップが、唯一の目標だったから、そう簡単に新しい価値を創り出せないが、それでも従来の発想に捕らわれてると、国土の狭さと天然資源の少なさは、どのようにしても克服できない課題。そろそろ別の視点から、日本の可能性を探り出さなきゃ。

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2006年9月19日 (火)

どうして話せないの

 さいたま市北区で54歳の男性が、わが子を意志で殴り殺し、首吊り自殺。私が生まれた街で、私と同い年の男が、「申し訳ない」と書き遺し苦渋の決断。親が子を殺し、子が親を殺し、それが日常茶飯事。とりわけ親が子を殺すのは、育てたプロセスの全否定。

 私もひとり娘の親だから、コミュニケーションの難しさはわかってる。良かれと思ってやったことでも、娘には伝わらず、心の傷になってることもある。そのときは軽い気持ちで放った言葉が、娘に突き刺さり、後で悔やんだこともある。私の目には、30歳を迎え二児の母となった娘は危なっかしい。

 高度経済成長の影響を受け、若い人たちは生まれたときから満たされてる。必要なものは欲しいという前に準備され、手厚く保護され成人してる。それだけに打たれ弱く、硝子のように繊細。いきなり怒鳴りつければ萎縮して、自分の殻の中に閉じ籠もるだけ。私たちがそうさせてしまった。

 それでも時間を掛けて語りかけ、話す言葉に耳を傾ければ、少しずつだけど成熟していく。これは私の娘だけでなく、さまざまな場面で出会う若い人たちに共通し、自分の頭で考え、自分の足で歩くようになると、大きな可能性を花開かせていく。あきらめなければ、いくらでも何とかなる。

 あえて死者に鞭打てば、殺すくらいなら親子の縁を切り、冷たい世間に放り出せ。子どもがどう育とうと、親としては責任を免れない。忸怩たる思いを胸に抱き、悔やみながら日々を過ごし、それでも子どもに未来を託すのが親の務め。無理心中は楽になる逃げ道。

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2006年9月18日 (月)

ペットは家族か玩具か

 飼い主から犬や猫を引き取り殺処分するのに、従来の無料から有料へ切り換える自治体が増えてるという。今年も10増えて現在は53の自治体が有料、全体の半数を超える。野良犬などの捕獲も含め、そのうち9割以上、全国で年間36万匹が殺されてる。山などへの放棄も後を絶たない。

 一方では食事や住環境だけでなく、あらゆる場面で人と同じサービスが提供され、ペットをわが子のように愛する人も増えてる。共に暮らすことで、癒されてる人がいるのは事実。生まれてから死ぬまで面倒を見て、飼うマナーも近隣に迷惑を及ぼさない。そうした人たちも決して少なくない。

 どちらにしても忘れてならないのは、生命の宿る人とは異なるもの。人の社会で共生するなら、そこに悪い影響を及ぼさないようにして、飼い主が最後まで責任を持つのがルール。飼い主にとっては家族でも、それを苦手とする人もいれば、アレルギーなどの症状を起こす人もいる。

 まして遊び気分で飼って、気紛れで捨てるなど、生命に対する冒涜であり、決して許されない行為。犬や猫に限らず生き物を飼うには、関わり続ける覚悟を求められる。目に見えないことでも、現実に起こってることはたくさんある。捨てた生き物は、保護を失い死ぬしかない。

 人が生きるだけでも大変なのに、ペットを飼うのは他の生命を抱え込むこと。それが自分にできるのか、問い直すことが必要不可欠。代金さえ支払えば、お店はペットを売ってくれるが、それから後はすべて飼い主の責任。犬や猫を嫌う人もいる世の中で、最後の最後まで庇いきれるか。

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2006年9月17日 (日)

羮に懲りて膾を吹く

 兵庫県では男女6歳以上の混浴を禁止する条例があるそうだが、公営浴場の家族風呂も混浴として禁止するように指導。兵庫県によれば家族であるかどうかは自己申告であり、その判断を合理的に下せない以上、風紀を保てない施設は求められないとの見解。お役人根性丸出し。

 たとえ夫婦でなくとも、男と女が裸で風呂にはいるくらいで、何かが起こるわけじゃない。県下には風俗店も数多く営業して、そこでは怪しい行為を繰り返してるのは、誰もが知ってるどころか県が許可してる。ラブホテルにしても、建ってるだけで教育に悪いと言えば悪い。

 インターネットにアクセスすれば、未成年でもアダルトサイトを閲覧できる時代に、仲の良い男女が別料金を払い、一緒に風呂を楽しむくらいで目くじらを立てる必要があるのか。本物の家族なら微笑ましい風景。幼子を夫婦が世話して、どこが風紀を乱すのか。

 そんなところで重箱の隅を突くより、教育の現場でやることがあるだろう。社会秩序を乱す者を取り締まるのが先だろう。家族風呂を楽しむような人は穏健な市民、県の命令に反してまで自己主張しないかもしれないが、そこでお役人風を吹かすことに何の意味がある。

 確かに全国で公務員の不祥事が相次ぎ、神経質になってるのはよくわかる。モラルを見直したいとの良心が、小さな芽を摘みたかったのかもしれない。だけどやっぱり順番がおかしいし、家族風呂を禁止する説得力に欠ける。権力を行使するなら、もう少しバランス感覚を磨いてからにしてほしい。

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2006年9月16日 (土)

砂を噛む幕切れ

 地下鉄サリン事件などの首謀者、オウム真理教元代表の松本智津夫被告に対し、最高裁は弁護側の特別抗告を棄却し、一審判決の死刑が確定した。形の上でも異常だが、新興宗教の教祖として登場し、政界進出まで目論んだ人物としては、往生際が悪すぎる最後の場面となった。

 松本被告の引き起こした事件については、弁解の余地なく極刑が妥当とするのは、衆目の一致するところに違いない。それでも被告人に弁論の機会を与え、社会的背景を探りながら、事実を明らかにするプロセスで、問題を共有するのが民主主義の基本。社会的に認められずとも自分自身の正義はある。

 ところが松本被告は法廷でも意味不明の言動を繰り返し、弁護団とも意思疎通を図れずに、ついには控訴趣意書さえ作成できず。初公判から10年、明らかに狙いは裁判の遅延。どんな形でも生き延びようと、松本被告は自らのエゴを優先し、社会どころか教団信徒さえ裏切った。

 こうした教祖を崇め続け、教団を解散しない信徒たちも異常。教義が正しかろうと間違ってようと、誤った結果を導いた事実と向かい合うなら、自らの生き方を真摯に問い直し、白紙の状態からやり直すのが本道。煩悩に捕らわれて解脱できないのは、宗教の精神の根本に反する。

 殺人事件の弁護に際し、心神喪失を訴えるのも、私には理解できない。まともな精神状態なら、人は人を殺さない。狂気に支配されてるからこそ、想像もできない重大事を引き起こす。薬物やアルコールを使用していても、それを選んだのは本人の意志。責任を免れる理由にはならない。

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2006年9月15日 (金)

モラル・ハザード

 月刊紙『高校生新聞』が、全国6千人の高校生にアンケートした結果、ほぼ半数が友人同士の飲酒や電車内の携帯電話を、悪いと考えてないとわかった。編集部では、教師や親など身近な大人の影響が大きく、手本となる大人が減ってることが原因と分析してる。

 未成熟で自分勝手な大人が目立つのは確かだが、私が子どもの頃だって、電車内で煙草を吸ってたり酒を飲んでたり、無軌道な大人は少なくなかった。それに比べたら、友人の家に集まっての酒盛りや電車内の化粧のほうが、他人に迷惑を掛けないのかもしれない。

 携帯電話については、近くに心臓を患ってる人がいたら、傷害に近いことになるけれど、それを確かめようがなければ、気楽に友人と話すだけの感覚だから、罪悪感がないのだろう。いつの時代でも皆の冷ややかな視線がなければ、それはモラルの許容範囲と認知されてしまう。

 まして競争社会で、新しい商品やサービスを売り込む側は、メリットを強調してデメリットを小さく表記する。お金を支払って手に入れた側は、メリットだけを享受しようとするから、どうしてもバランス感覚を失う。客観的な立場から公正に判断する環境がない。

 若い人たちに、真面目に努力すれば報われると説いても、そうでない成功者たちをクローズアップして、その基準を収入の多寡だけに求めれば、説得力がないのは当たり前。大人の価値観の写し絵が子どもたちの価値観。何が大事かを大人たちが問い直さなきゃ、この先一歩も前へ進まない。

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2006年9月14日 (木)

よくわからない

 自民党の総裁選を待たず、民主党の小沢代表の続投が決まり、菅氏と鳩山氏も留任するという。それはそれで良いのだけど、自由民主党と民主党と、政党名だけでなくよく似てる。小沢氏も鳩山氏もかつては自民党の顔だったこともあり、国会中継など観てると、皆が同じ政党にさえ思えてくる。

 ひと昔前なら自民党と社会党、対立軸は鮮明だった。目指す社会が違うから、政策については明らかに比較できる。でも、ソビエト連邦が崩壊して、共産主義社会の実験は、国家レベルではうまくいかず、専制主義に逆戻りする危険性さえ孕んでると、皆がわかっちゃった。

 タテマエでは二大政党の模索だけど、社会党や民社党では勝てないと、自民党の派閥抗争の煽りを受けた人たちと、小異を捨て大同についたのが民主党。公明党は支持母体との創価学会と繋がって、共産党は理念を硬直化させてるから、今までの社会党、民社党支持者は民主党へ流れざるを得ない。

 人が生きていけば、考えも変わるし、立つ基盤も移っていく。自民党へ入党したからって、生涯ひと筋に歩むこともない。でもね、その都度に大義名分を明らかにしなきゃ、政治家は国民からの信頼を得られないんじゃないかな。私は選挙へ行くけど、今のところ支持政党はない。

 若い人たちが選挙に行かないのは困ったことだけど、行かせるだけのパフォーマンスが見えないのも事実。自民党で不祥事が発覚すれば、民主党でも同じようなことがあり、さらにグレーゾーンは広がって、国会議員や地方議員が誰の代表かわからなくなっていく。

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2006年9月13日 (水)

今こそ地産地消

 地産地消という言葉がある。地域で生産された農産物や水産物を、その地域で消費するという意味。元々は1980年代に農林水産省が提言し、地域の食生活の改善などを意図してたが、近年では昔からの食生活を見直そうとの色彩が濃い。食糧自給率40%という日本への問題提起かな。

 この背景には、食土不二という考え方もある。これは生まれ育った土地で採れたものを食べるのが、人の健康に最も良い影響を及ぼすというもの。季節ごとの自然の恵みは、身体の欲するところと調和して、自然治癒力を高めると説く人もいる。医食同源と似たような発想である。

 難しいことを考えなくとも、農水産物は腐るものだから、早く食べなきゃいけないのは当たり前。遠くから運ばれる農水産物は、腐らないように処理するから、人体に悪い影響を及ぼすのも仕方ない。経済効率を優先するか、それとも健康な生活を重視するか、ここが思案のしどころ。

 あまり厳密に考えすぎると、食べられないものが増えるから、日本人は日本の農水産物を食べると、ザックリ考えたほうが良い。少しくらい値段が高くとも、どこでどう栽培したか見えない野菜より、日本の農家が丹精込めた野菜を食べたい。それを提供してもらうには、私たちの覚悟も問われる。

 農業や漁業は、私たちの生命を支える基幹産業。そこで働く人たちが報われなければ、次世代を担う人たちは現れない。農水産物が工場で産み出されるイメージでは、一つひとつの食材の有り難さも身に染みない。私たちは生命を摂取することで、自らの生命を保つと忘れちゃいけない。

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2006年9月12日 (火)

他人事じゃない

 ふとしたご縁で、西多摩新聞社の社主と会い、西多摩新聞社発行、ユック舎発売の『定年漂流』(西田小夜子著)という本を頂いた。小説という形をとってるが、ネタはすべて取材した事実に基づいてるらしい。淡々とした文章だが、テーマのせいもあってか引き込まれる。

 正直に言って、ここに登場する男ども女どものように、極端にむ鈍感な人は珍しいような気がして、かなりデフォルメされてると読んでたが、周辺を調べれば調べるほど、定年を境に生きる気力を失う人は多いようだ。それ以前に、私には当たり前と思えることが、当たり前になっていないらしい。

 とりわけ身に詰まされるのは、男の横柄さを女が堪え忍び、それに気づかないまま歳月を重ね、共に過ごす時間が長引くことで、夫婦の関係が破綻するストーリー。自分では妻をフォローしてるつもりだけど、果たして基準ラインを超えてるかどうか、胸を張れるほどの自信はない。

 著者の西田さんは西多摩地区で、定年塾というNPOを立ち上げ、夫婦それぞれが自立して新しい関係を築けるよう、講演や執筆も含めて大車輪の活躍ということだが、こうした試みは全国各地で展開されたほうが良い。定年塾どころか、30代以上を対象とした「大人塾」が必要かも。

 人は気づきさえすれば、何度でもやり直せる。経済的には豊かになったが、大人としての自立と成熟を、どこかに置き忘れた人が多い今、企業でも地方自治体でも、本気で大人を大人にしていかなきゃ、近い将来の日本は心の漂流者で溢れそう。まず自らを問い直すことから始めなきゃ。

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2006年9月11日 (月)

懲戒免職は当たり前

 飲酒運転で横断歩道を渡っていた夫婦をはねて、男性を意識不明の重体に陥らせた姫路市職員が、懲戒解雇の処分を受けることになった。青森県で51歳の消防署員、大阪市で52歳の市バス運転手、公務員だけでなく会社員も含めて、ここ数日間の報道だけ眺めても、飲酒運転の事故が多発してる。

 共通するのは皆が善良で、真面目な人ばかり。お酒を飲んでもハンドルを握らなければ……、事故を引き起こした本人たちが一番悔やんでるに違いない。いつも平気だから、ちょっとくらいなら、固いことを言わずに差しつ差されつ。これだけ事故が多発していても、今夜も飲酒運転してる人はいる。

 お酒は元々は特別な飲み物で、祝い事などがなければ振る舞われなかった。日常でないから酔うのも許され、奇矯な言動も大目に見られた。そこのところだけが独り歩きして、日本人は酒飲みに対して寛大だが、酒を飲めば意識が薄れる事実を忘れていないか。酔うために酒を飲んでるんでしょ。

 そこをわきまえていれば、運転せざるを得ない状況では、絶対に酒を飲まない。飲むも飲まないも個人の意志だから、飲酒運転に対し厳罰で処するのは、極めて健全な社会の予防策。公務員だけでなく民間でも、事故を引き起こしたか否かに関わらず、飲酒運転はすべて懲戒解雇にすれば良い。

 発覚したら懲戒解雇とわかっていて、飲酒運転するのは家族への裏切り、周囲に対する明らかな迷惑行為。そこまで求めなければ、飲酒運転は撲滅できない。楽しいお酒なら、最後まで楽しく飲めるように、どこで飲めば良いかくらい考えられなきゃ、一滴のお酒も断つことだ。

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2006年9月10日 (日)

切れる原因なんて

 文部科学省は来年度の概算要求に1億5千万円を盛り込み、切れる子の原因を探るために定点観測を実施する方針。食事や生活習慣、家庭環境など追跡するそうだが、調べなくったってわかってることはたくさんある。民間や学界の研究成果もあるのに、どうしてそうしたものを活かさないのか。

 普通に考えて第一の原因は、ガマンしなくて済む世の中になったこと。欲しいモノはすぐに与えられて、ひと昔前なら家族と共有してた電話まで、今では小学生が携帯を持つ時代。夜中に喉が渇いてもコンビニは24時間開いていて、世帯の収入はダブルインカムだから、たいていのことはお金で解決。

 それに加えて先生や親を軽く見てる。これは大人たちの問題。教育現場の荒廃や制度の不備もあるけど、それ以上に歳を重ねても成熟してない人が多すぎる。飲酒運転やわいせつ行為、ちょっと考えれば子どもにもわかる不祥事を起こし、毅然とした態度をとれない大人を、子どもは見透かしてる。

 食事についても言及されるだろうが、バランスが悪いのは皆が知ってる。ファーストフードや加工食品、たまに食べるなら良いのだが、主客逆転した食卓で餌を補給されるだけ。自然の食材を用いて、母親が手作りして、一家団欒の風景が、いつの間にか忘れられてないか。

 男も女も働く時代なら、社会で子どもを育てる工夫も必要。権利ばかりを主張せず、他人に世話してもらったら感謝して、無償の奉仕でお互いに補い合わねば、問題を解決できるわけがない。いつの時代にも親たちは、子どもを中心に生活を設計し、次世代に希望を託してきた。

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2006年9月 9日 (土)

老け込んじゃいられない

 厚生労働省が公表した人口動態統計によると、05年度に40歳以上の母親が出産したのは約2万人。これは1958年以来47年振りとのこと。35歳以上になると17万4千人で、前年より4千人以上増えてる。少子化と言われてるけど、ライフスタイルが変わってきたのかもしれない。

 私は23歳で結婚し、24歳でひとり娘が誕生。娘も23歳で結婚し、25歳で長女を産んでるから、私は40代でお爺ちゃんになってる。ひと昔前なら少し早いくらいだが、周囲を見回すと私と同年代のお爺ちゃんはあまりいない。それどころか孫と同い年の娘がいる人も……。

 女性の社会進出が当たり前になったせいか、初対面の人と会って驚かされることも多い。皆が若くて美しい。20代後半かと思ったら、10年読み違えるなど日常茶飯事。肌の色艶も良いのは、栄養状態ばかりでなく、スキンケアの知識も技術も向上したからだろう。

 年寄りは年寄りで、元気に活躍する人が多い。今日名刺交換した人も、70代半ばと聞いたが、現役バリバリで、隠居生活などまったく考えてない。確かに個人差はあるけど、全般的に若返ってるような気がする。善し悪しは別として、皆が長寿社会にシフトしてるような現象。

 それだけに自分の身を慈しんで、健康に気を配っていけば、私もまだまだ活躍できそう。大事なのは自分を年寄りと思わないこと。若い人との間に一線を引いたら、心が身体を引っ張って老け込む。いつまでも自らをチャレンジャーと位置付け、先を見据えて生きることが肝要。

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2006年9月 8日 (金)

ちゃんとしろよ

 厚生労働省が来年度から「養育費相談・支援センター」をスタートさせる。離婚したシングルマザーで、養育費を受け取ってる人は2割に満たなく、母子家庭の厳しい経済状況の要因ということから、弁護士や専門の相談員を登用して、個別の問題解決を図るのが目的。

 結婚したら死ぬまで添い遂げるのが理想だけど、男と女の間には深くて暗い河も流れてる。DVや借金など、結婚生活を継続できないケースもあり、幸せになれないのなら別れたほうが正解。03年度の調査では、全国の母子家庭は122万5千世帯、その80%が離婚によるもの。

 母子家庭の平均年収は212万円、養育費について取り決めをしてる人は34%いるが、実際に受け取れる人は18%。取り決めてない人は、相手に支払う能力や意思がない理由が48%。相手と関わりたくない理由が21%、交渉がまとまらない理由が10%。簡単に言えば、男が逃げている。

 明石家さんま師匠が大竹しのぶさんと離婚したのは周知の事実だが、それでもさんま師匠に悪評が断たず、別れた家族とも交流できるのは、やるべきことをきちんとやってるから。男と女が別れたら、男は自分が悪者になって、言いたいことを口に出さず、責任をまっとうするのが当たり前。

 自分の子どもが居るなら、たとえ別れていたって、血反吐を吐いて働けよ。自分の身を切り刻まれても、女房子どもを食わすのが、いつの時代にも変わらぬ男の甲斐性。三行半を突きつけられたからと、責任がご破算になるわけじゃない。一度は好きになった女と愛しいわが子を、男なら泣かせるな。

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2006年9月 7日 (木)

NHKの受信料

 NHKの受信料の支払拒否、保留件数は、7月末で115万件。ピーク時の昨年11月末、128万件に比べると減ってるが、ほとぼりが冷めた頃に不祥事が発覚し、在日米軍基地や大手企業、ホテルなどで受信料を支払ってない実態も明らかになり、こうした傾向はしばらく続きそう。

 これに対して総務省では、NHK経営院開会核を推し進める一方で、受信料の値下げや支払いの義務化を含んだ法案を、来年1月に始まる通常国会に提出する予定。チャンネルの削減に対しては、NHK側は難色を示してる。今まで通りの組織で、受信料だけ欲しいのだろ。

 そもそも無茶なのは、TVの受信機を購入した段階で、NHKとの受信料支払契約が成立するという発想。NHKは受信料を放送の対価でなく、国民の知る権利を守る公的課金と位置付けてる。NHKの放送を見ようと見まいと、国民の義務としてNHKを支えねばならないという理屈。

 それなら放送内容はもとより経営活動まで、国民の審判を仰ぐのが筋。国会議員や裁判官だって、定期的に国民の信任を受けてる。一方的に受信料を徴収し、何をやってるか知らさないどころか、やりたい放題の限りを尽くし、国民が納得すると思うほうが笑止千万。ふざけるのもたいがいにしろ。

 おまけにインターネットやモバイルなど、情報発信は急速に拡大してる。有料の放送はターゲットを絞り込み、営業努力を積み重ねてる。役員が黒塗りの送迎車を使ってるうちは、NHKの言い分に耳を傾ける人はいない。もう少し謙虚な姿勢で、自らを省みることだ。

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2006年9月 6日 (水)

何を目指してるのか

 利息制限法の上限金利を一本化し、グレーゾーンの撤廃を実現するために、議員立法の「貸金業規制法」を内閣提出法案の「貸金業法」に変え、金利引き下げに留めず、業界の再編までを視野に置く狙いとか。ところがこの法案、現状を容認するザル法にしか思えない。

 たとえば利息制限法の上限を超える場合、任意であると契約書に明記するようになるが、そこで合意して融資を受けたら、後から返還要求はできない。喉から手が出るほど金が欲しい人は、任意であろうとなかろうと、貸金業者の申し出を受け入れざるを得ない。むしろ改悪のシステム。

 そのうえ貸金業者に便宜を図り、少額で短期の利用者に対しては、従来通りの高金利を認める特例を認める。施行後8年間も猶予があり、さらに期限を迎えたときには再検討。言ってしまえば新規顧客に対しては、今までまったく同じやり方で差し支えないと、国がお墨付きを与える。

 それでいて融資額を年収の1/3を超えると融資は禁止され、多重債務者は闇金へ流れるしか道を選べない。善意で受けとめれば、消費者金融を利用したら最後、地獄へ行くしかないと教えてるのか。少なくとも借金苦に喘いでる人たちには、何の救いにもならない法案のような気がする。

 大手貸金業者の経営を圧迫し、TVCMなど流せないほどの影響を与えねば、法案を成立させても意味はない。気軽にキャッシングできると、勘違いしてる人たちの目を覚まさせ、業界全体を衰退させることが必要。議員さんたちは、さぞや多くの献金を受けてるのかと疑いたくなる。

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2006年9月 5日 (火)

日本の常識を疑え

 9月4日午前10時から東京地裁で、26回を予定されている堀江貴文被告の初公判。マネーライフ社買収の際の偽計取引と風説の流布、連結決算での53億円の粉飾による有価証券報告書の虚偽記載、これが争点となる起訴事実だが、堀江氏は全面的に無罪を主張してる。

 正直に言うと事実関係は藪の中だけど、代表取締役の役職にいる以上、知らなかったでは済まされない。たとえ宮内氏や他の幹部と対等の関係で、蚊帳の外に置かれていたとしても、責任を引き受けるのが組織の掟。少なくとも株価操作の錬金術は、堀江氏も充分に承知してたはず。

 問題なのは株の売買で利益を得ることで、メディアへの露出を増やし、アドバルーンを掲げ、一躍時代の寵児に躍り出たこと。金さえ掴めば何でもできると、若い世代を中心に幻想を撒き散らした。確かに資金があれば株を取得して、その比率が高まれば経営への発言権も生じる。

 しかしどのような事業でも、お金だけでは動いてない。創業者の思い、働く一人ひとりの知恵と汗、取引先を初めとした関わる人たちが培った歴史、そうしたものすべてが門外漢の思惑で削除される。たとえ合法的でも、日本の産業に及ぼす影響はマイナスじゃないか。

 規制緩和が進み国際化が促されるほど、企業価値は共通言語としての金銭に換算され、投資効果も含めた株価へと反映される。スキルやノウハウや哲学を持たなくとも、お金さえ払えば株を購入できる。値上がった段階で売り抜ければ、企業は何の恩恵も受けず、目端の利く人だけが儲けられる。

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2006年9月 4日 (月)

本当に好況なのか

 財務省によると7月の配当課税額は9338億円、昨年同期は5339億円だから2倍近く。バブル全盛時の90年でも3300億円ということから考えると、景気は完全に回復したどころか、未曾有の好況ということになる。確かに上向いているものの、私たちの生活実感とは違うような気も……。

 これは上場企業が株価対策に配当を増やし、その一方でコストを抑え利益を確保してるのが一因。要するに株主に対する配慮は厚くなったが、中小企業との取引条件は、売上が伸びてるにも関わらず現状維持、あるいは圧縮。つまり企業格差が広がってるということ。

 国内生産に見切りをつけ、中国を筆頭とするアジア諸国へ外注し、利益を確保する企業も相変わらず多い。国際間の競争に勝ち抜き、消費者ニーズを満たすためには、安い労働力に頼らざるを得ない論理も成り立つ。短期的な結果をもたらすなら、効率的で合理的な判断。

 しかし中小企業にツケを回す方法論は、長期的に見れば日本の産業界全体に空洞化を招く。これはすでに農林水産業など一次産業で、経済性を重視した結果、食糧自給率40%の現実を導き、後継者を育成できない危機的状況へ陥ってる姿とよく似てる。

 利益を追求するのは経営の基本であり、組織に関わってる人は分配の恩恵にあずかれる。しかしそれが蛸の足を食うような事態に陥るのか陥らないのか、巨視的な決断を下さなければ、やがては自分で自分の首を絞めることになる。日本全体を豊かにする発想が、今だからこそ求められる。

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2006年9月 3日 (日)

今度は「お手紙商法」

 女性名での迷惑メールは今どき珍しくもないが、手書きでイラストの添えられたハガキだと心を動かされるのか、身に覚えのない差出人からの依頼に応え、わざわざ電話を掛けて面談し、ホテルなどを割引で利用できる50万円の会員権を勧められ、実際に購入した人もいるとか……。

 言ってしまえば新手のデート商法、相手の言葉に惑わされたら、クリーンオフなど考えつかない。会員権なるものも、たいていは価格に相応しいものじゃない。しかしこの辺りの立証は難しく、未成年なら判断能力の不足を訴えることもできるが、成人してたらそれを口にすることも……。

 こうした事件が起こるたびに思うのは、どうして簡単に納得するのか。私のように氏名も住所も公開してると、面談の申込みはそれなりに多いが、初対面の相手には必ず身元と要件を確かめる。少しでも怪しいと感じたら、会う場所は私が指定し、密室に閉じこめられるような状況は避ける。

 売る側の立場なら、相手を口説き落とすために、あらゆる角度から説得を試み、相手からYESを引き出そうとする。そこで合意した結論を、後から覆そうとするのは、基本的にルール違反。NOならその場でハッキリ断ってほしい。もちろん、マトモなビジネスでの話。

 最初からいかがわしいアプローチを疑いもせず、途中で引き返そうともせず、不審を抱いても誰にも相談せず、申し訳ないが甘えちゃいませんか。どのような結果をもたらしても、判断して行動を起こすのは自分の責任。これからの時代には、ますます切実に問われてくる。

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2006年9月 2日 (土)

人を殺すのは簡単か

 稚内やら周南やら、相変わらず物騒な事件が起きてる。たとえ怒鳴り散らしても、血相を変えても、話し合えば理解できるところもあろうに、問答無用で生命を奪う風潮が後を絶たない。そりゃ人間なんて殺すのは簡単、非力な女性や幼児なら刃物さえ必要としない。

 殺した後にどのような世界が展開するのか、想像力はまったく働かないのだろうか。逮捕されてから改悛の情を表しても、一度奪われた生命は二度と戻らない。自分の気持ちを抑えられずに、社会との関わりを考えられずに、スイッチを切るぐらいの手軽さで暴走する。

 これは報道されてるような事件だけが、特殊なものでないように思われる。飽きてしまったペットを平気で捨てる人、遠くの山奥まで電化製品を廃棄しに行く人、隣近所の迷惑を省みず深夜まで騒ぐ人、自分だけの理屈でルールを無視する人、皆同じ穴のムジナじゃないか。

 自分さえ良ければ、他人がどうなっても構わない。それを突き詰めていくと、自分に邪魔なものや不要なものは、削除しても心が痛むどころか、合理的な判断を下したような気さえする。私利私欲に走る人が崇められ、人を騙しても儲けた人が、偉いと賞賛される世の中。

 何が大切なことなのか、本気で問い直さないと、ますます殺伐になってくるような気がする。人が人であることの尊厳を忘れたら、弱肉強食の獣の世界と変わらない。弱い人への慈しみを無視したら、私たちは歴史から何を学んできたのか、先人の血と汗と涙が報われない。

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2006年9月 1日 (金)

夢よもう一度ってか

 16年のオリンピック国内候補地が東京に決定。日本は今まで夏季1回、冬季2回を開催してるが、経済効果やインフラの整備、その後にもたらした影響の大きさなどを考えれば、やはり64年の東京が最も効果的だったに違いない。しかし当時と今では、状況が随分と変わってる。

 長野オリンピックでも、日韓共催ワールドカップでも、開催まではヒートアップ。人も集まり、知名度も高まる。ところが終わったとたんに、波が引くように閑散として、地元の人はツケを支払わされ、立派な施設だけが場違いに遺される。果たして帳尻は合うのか合わないのか。

 確かに東京は開催地を経験してるが、メインスタジアムや選手村、メディアセンターなどは新設する予定。国と民間が負担する思惑だけど、どちらにしても痛むのは庶民の懐。国際都市・東京に新たなメリットがあるのか、石原都知事の名誉欲を満たすだけではないのか。

 当たり前の話だが国内候補地の決定は、世界へ向けてのアピールの段階に過ぎない。8年には隣国中国で開催され、間を置かずにアジアでの開催は、かなり無理を強いられそうな予感。開催経験のない南アメリカから、ブエノスアイレスやリオデジャネイロが名乗りを挙げるらしい。

 20年にはアフリカのケープタウンが食指を動かしてるので、16年のほうがまだ可能性が高いと踏んでるらしいが、それを実現するためにどれだけの運動費を注ぎ込もうというのか。日本という国が進む方向に、オリンピックの開催は必要とされるのか。どうしても疑問を消せない。

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